2 降誕・新・水滸伝
天理の揺らぎ ― 濁世への眼差し
均衡という名の、重い沈黙。
三柱の間に流れるのは、和やかさではない。巨大な宇宙の法が、互いの喉元に刃を突きつけたまま止まっている、一分の隙もない対峙。和合ではなく、極限の緊張が生んだ、奇跡的なまでの平穏。
三つの座が定まり、宇宙の理が完全に固定された、その時。
その絶対零度の静止を、さらなる「高位の意志」が上書きした。
音もなく、予兆もなく。
三清の均衡が作り出した虚の中心に、高上玉皇上帝が姿を現した。
彼がそこに立った瞬間、三柱の激突が生んだ重苦しい圧迫感は、一瞬にして「秩序」という名の服従へと変質した。
天帝の眼差しが、静止した鏡面の雲海を捉える。
足元には、常に変化し続ける祥雲が漂い、一歩ごとに宇宙の真理が形を変えていく。言葉を交わさずとも、その存在自体が道の響きとなり、宇宙の調和を保っていた。
しかし、その静寂は、わずかな「揺らぎ」によって破られた。
元始天尊の深い眼差しが、足元の雲海の切れ間、はるか下界へと向けられる。
そこは、かつて清らかであった地上界。しかし今は、人々の欲望、憎悪、嫉妬……ありとあらゆる邪念がどす黒い渦となり、天を突かんばかりに巻き上がっていた。
道の調和を愛する三清にとって、それは看過しがたい光景であった。
「天帝よ。見られよ、あの濁流を」
宇宙の根源、元始天尊が静かに口を開く。
「かつて我らが清浄な気を注ぎ、万物を育んだ地上は、今や邪念に飲み込まれ、混沌へと逆行しようとしている。このままでは、天理さえも揺るぎかねん」
「我が授けた経典も、説いた戒律も、欲望の渦の前には無力な霧散の如し」
秩序と教えを司る霊宝天尊が、眉をひそめて言葉を重ねる。
「人々は真理を忘れ、目先の利に走り、互いを傷つけ合っている。これでは、教化の甲斐がございませぬ」
「天の運行は無為自然。なれど、あれは自然の理に反する病」
万物の変化を見守る**道徳天尊(太上老君)**が、白髯を撫でながら、憂いを帯びた声で問う。
「放置すれば、天界と地上を繋ぐ均衡は崩れ去り、すべては虚無へと帰すでしょう。天界の主宰たる天帝よ、此度の事態、如何に処されるおつもりか?」
三清の視線は、静かに、しかし重く、中央の玉皇上帝へと注がれた。




