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聚義庁の中で、最初に音を立てたのは、人ではなかった。
灯の芯が、わずかに崩れたのである。
火が一瞬だけ低くなり、
すぐに、元の高さに戻った。
それだけのことだった。
だが、その一瞬に、
この場にいる全員の呼吸が、同じ深さになった。
呉用は、その変化を見逃さなかった。
彼は宋江を見た。
宋江は、まだ何も言わない。
だが、沈黙の質が変わっていた。
それは、閉じた沈黙ではなかった。
開かれる直前の沈黙であった。
李逵が、耐えきれずに顔を上げた。
「兄貴――」
その声は、以前より低かった。
怒りでもなく、焦りでもない。
確認する声だった。
宋江は、すぐには答えなかった。
李逵は、それ以上、何も言わなかった。
彼は知っていた。
兄が沈黙しているときは、
まだ、言葉が“到着していない”のだと。
魯智深が、目を開けた。
ゆっくりと。
その目は、宋江ではなく、
天井の梁を見ていた。
かつて、ここには無数の傷が刻まれていた。
剣の先が触れた跡。
槍が立てかけられた跡。
酒壺がぶつかった跡。
今も傷はある。
だが、それは古い傷であった。
新しい傷が、ない。
魯智深は、それを見ていた。
武松が、外へ目を向けた。
扉は開いている。
誰も閉めなかった。
閉める理由がなかった。
ここは、逃げる場所ではないからだ。
同時に――
まだ、出ていく場所でもなかった。
林冲は、柱に触れていた。
その手は、力を入れていない。
ただ、そこにあるものを確かめるように触れていた。
この柱は、倒れていない。
梁山泊は、倒れていない。
だが――
立っている理由が、まだ、言葉になっていなかった。
そのとき、
宋江の指が、動いた。
ほんのわずかに。
机の上に置かれた手の、
人差し指が、木の表面をなぞった。
音は出なかった。
だが、それは、確かな動きだった。
呉用が、顔を上げた。
彼は知っていた。
これは、合図ではない。
合図よりも前のものだ。
“戻ってきた”のだ。
この男の中に、
かつて、この山を一つにしていたものが。
だが、それは以前と同じ形ではなかった。
以前の宋江は、
皆の中心にいた。
今の宋江は――
中心ではなかった。
中心を、見ている者であった。
違いは、誰にも説明できなかった。
だが、その違いが、
この梁山泊の未来を決めることだけは、
誰もが感じていた。
外で風が止んだ。
木々が、音をやめた。
山が、聞いていた。
ここにいる百八の星が、
再び動き出すのかどうかを。
宋江は、まだ口を開かない。
だが、
沈黙は、もはや空白ではなかった。
それは――
言葉が生まれる直前の、重さを持っていた。




