表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

移民

作者: 雉白書屋

「……最近、このあたりも野良犬が増えたな」


 チャールズがぽつりと呟いた。空は黒ずんだ雲が低く垂れこめ 、風に運ばれた湿った土の匂いが鼻の奥に絡みつく。ジョンはちらりとチャールズに目をやり、小さく頷いた。

 ベンは「うん」とも聞こえるような短い咳払いをした。ベンは耳が遠く、ほとんど聞き取れなかったのだ。しかもチャールズは独り言が多い。聞き返すと、不機嫌になることがこれまでたびたびあった。

 二人は丘の上の古い木製のベンチに肩を並べて腰掛けていた。塗装の剥げた板はざらつき、埃っぽく、手で撫でると指先がうっすら汚れる。丘の斜面の向こうには灰色にくすんだ町並みが続き、屋根の列が時の移ろいを黙って受け入れていた。


「……最近、野良が増えた」

「ん? ああ……」


「イミンノエイキョウってやつらしいぞ。おれたちと違って、奴ら基本、放し飼いなんだと」

「そうなのか。けど、飼われていることには変わりないんだろう?」


「そいつらが抜け出して、野良になっているんだとよ」

「ああ……」


「しかも、飼われているやつまで野良の群れに混ざっているらしい」

「なるほどな。荒れてるわけだ。ほら、いつもの公園にも行かなくなったろ。あそこ、野良がうようよしてるからな」


「ああ、まったく迷惑な話だよ」

「……なあ、知ってるか?」


「うん?」

「イミンのやつら、犬でも食うらしいぞ」


「え……冗談だろ?」

「本当さ。そう聞いた」


「全員が……?」

「たぶんな。腹が減ったら、そのへんのをとっ捕まえて食うって話だ」


「おぞましいな……小便ちびりそうだ」

「ひひひ、まったくだ。そんな連中がうろついていると思うと、おちおち寝てもいられん」


「危ないのは野良だけだよな? 飼われているやつは大丈夫だろ?」

「どうだかな。レイの家なんかボロいし、空き家と見分けがつかん。出入り自由だろ」


「まったく厄介だな……」

「ああ、まったくだ……あっ、来たぞ。イミンだ」


「本当だ……こっちにはまだ気づいていないみたいだが……うわ、あいつらゴミを漁っているぞ」

「野良と見分けがつかんな……あっ、こっちへ来るぞ。まずい」


「本当だ、おい、おい!」


 チャールズは膝に手を当て、ゆっくりとベンチから立ち上がった。ひと呼吸おいてから振り返り、「あの野良犬どもめ……」と苦々しげに吐き捨てた。

 ベンは「ん?」と短く声を漏らし、目を細めて野良犬たちのほうを見やる。数匹の野良犬が足を止め、距離を保ったまま、チャールズたちをじっと窺っていた。


「移民がこの国へ一緒に連れてきたんだ。狂犬病のワクチンとか、ちゃんと打っているのかね」


「さあな……。役所は彼らに少し甘いからな」


「少し? 少しだって? 何度苦情を出しても放し飼いをやめさせやしない! びびって強く言えないんだ。そのせいで野良犬が増えて、いつもの公園にも行けなくなったってのに、ここまで来やがって!」


「まあまあ……ほら、首輪が付いてる。飼い犬だよ」


「だからなんだ? 好き勝手に出歩いているなら野良と変わらんだろう! しかも飼い犬が混じっているせいで、駆除もできないらしいじゃないか」


「んなことないさ。やるときはやってくれるだろうよ」


「いいや、あいつらに文句言われるのが嫌で、見て見ぬふりだ。やりたい放題だよ、まったく。集まって騒ぐわ、ゴミはその辺に捨てるわ、勝手に持っていくわ、夜は音楽をガンガンかけてよ」


「えっ、犬が音楽を?」


「移民が!」


「まあまあ……あ、ほら、こいつらにはむしろいいことかもしれん。おれたちが先に死んだとき、仲間に入れてもらうかもしれないだろう?」


「野良犬の仲間にか? どうだか。いじめられはせんかね」


「犬同士はうまくやるさ。最初は反りが合わなくても、そのうち仲良くなるよ。ほら、さっきから見つめ合ってるしな」


 チャールズはふんと鼻を鳴らし、風に煽られた上着の裾を押さえた。


「はあ……まあいい。帰るよ。風が強くなってきた。ほら、帰るぞ。ジョン」


「あいよ。うちもそろそろ帰るかな。三郎、立ちなさい」


 ジョンはチャールズを見上げ、静かに頷いた。


「じゃあな、三郎。もう帰るらしい。イミンには気をつけろよ」

「ああ、お前もな、ジョン」


 二人と二匹は左右に分かれて歩き出した。吹きすさぶ風が、どこかからゴミの匂いを運んでくる。チャールズとジョンは同時に鼻をひくつかせ、一方は顔をしかめ、もう一方はどこか嬉しそうに口元を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ