8、買い物イベント
王子は、カロリーナについて考えていた。
(今まで一緒にいて、あれだけ迷惑したのに、人間性が変わるのだろうか?)
きっかけは、多分男爵令嬢の嫌がらせだろう。階段の時から言葉がおかしくなった。あの女生徒は言葉にあらがえないような、不思議な魅力がある。自分の判断も甘くなってしまった。
(自分で確かめた方がいいだろう)
朝、校門の先で王子とベンが立っている。登校してきた、カロリーナに声をかけてきた。
「おはよう」
「おはようございます」
カロリーナは挨拶と軽くお辞儀をするが、露骨に嫌な顔をする。それを王子は、引きつりながらも笑顔で返す。
「少し話がある。歩きながら話そう」
「はい」
「今度の休日、街まで視察に行くのだが、同行してもらえないだろうか」
王子の申し出に、カロリーナは驚いた。今まで王子から誘うことは、一度もなかった。
「あー、その日は買い物をする予定がありまして…。遠慮します」
カロリーナは、二人を置いてさっさと行ってしまう。二人は、ぽつんと残された。
その日は、王子の誕生日プレゼントを買う予定だった。親しくもないのに、本人と行くわけにはいかない。ベンはカロリーナの様子で、すぐに分かった。この時期の令嬢の買い物と言ったら、それだ。もうじき王子の誕生日舞踏会が開かれる。
「多分、王子の誕生日プレゼントを買いに行くんですよ」
「なんだと!?」
王子は赤くなって、ベンを見る。
(多分、付いて行くだろうな)
軽くため息をついて、ベンは思った。
カロリーナは、舞踏会には行くつもりはない。ここで行かなければ、いい興味ないアピールになる。でも、プレゼントぐらいは送っておこうと思ったのだった。
(毎年贈っているし、護衛を付けてくれた件もあるし)監視だろうけど。プレゼントを渡すのは、今回を最後にしてもいい。
休日の日、カロリーナは馬車にサラと乗って、買い物に出かけた。カロリーナは毎年、王子にろくでもないものを送っていた。長寿になると言われている、動物の干物。魔よけの木彫りの置物。仮面舞踏会用の宝石がゴテゴテ付いて重い上に、変な羽飾りのついた悪趣味な仮面など。今年はお詫びに、まともなものを送ってそれで最後にしよう。街に来ると人気の宝飾店に入った。店員が寄ってくる。
「どのようなものをお探しですか?」
「若い男性用で、誕生日のプレゼントを探しています」
「もちろん私のだろうな」
「!」(ぎゃあ)
後ろから変装した王子が声をかけた。カロリーナは、心の叫びが出なくて良かったと思った。王子の変装は帽子に茶色の髪にメガネ。カロリーナの後をつけて、同じ店に入ったのだった。
(これもスチルか)どんな姿でもお似合いです。「そうなんですけど。(バレたら言うしかないよね)ここでお買い物ですか?」
「そうだ」(まともな店に入ったな)王子も、今までもらった物の事を考えていた。
「丁度いいです。お気に召したものがありましたら、それにします」悩む手間が省ける。
「いや、君が選んでくれ」
そう言うと王子はその場を離れて、他の物を見に行ってしまった。店員が、いくつか商品を出してくれた。
「こちらはいかがですか。プレゼントに人気のモチーフです」
(あ~、びっくりした。さて、どれがいいかな)
シルバーのブローチに目を止めた。下向きの剣のモチーフに、横向きのユニコーンの頭が付いている。この国では、ユニコーンは幸運のアイテムとされていた。十字の中心に、長方形の濃い水色の見事な宝石が付いている。
(これいいかも! 自分の目や髪色の宝石は、山のようにプレゼントされてるだろうから。宝石の色やこのデザインがカッコよくて、絶対王子に似合う! 本人にあててみようかな)
「決まったのか?」
「はい! ちょっといいですか?」
カロリーナは、ブローチを王子の左胸上に近づける。王子はちょっと驚く。
「これにします!」
「そうか」
すると王子も、同じカットの大きな黄色い宝石が付いたシルバーのブローチを、カロリーナの左胸上にかざした。石を中心に放射線状の彫りがあり、周りを小さい曲線が囲むデザインだ。王子の顔が和らぐ。カロリーナは、きょとんとした。
「?」
「これを、プレゼント用に包んでくれ」
王子は、対応していた店員にブローチを渡す。カロリーナも、出してくれた店員の方にブローチを渡した。
先に商品を受け取った王子は、それをカロリーナに差し出した。カロリーナは驚く。
「私からのプレゼントだ。私のせいで、迷惑をかけた婚約破棄のお詫びと、それから、お願い事があるからだ。この後、少し話をしたい」
(嫌な予感しかしない…)
カロリーナは、プレゼント受け取った。
二人は店の外に出る。広場にある、植え込みのブロックに二人で座わった。
「お願いというのは、誕生日の舞踏会でファーストダンスを踊ってほしい。誰かをファーストダンスに誘えば、最有力候補だと勘違いされるだろう。それを避けたいのだ」
「分かりました。そちらも、勘違いされない態度でお願いしますよ」
「それは、抜かりない。お前は不参加のつもりだっただろうから、終わったら帰ってもいい」
「助かります」(元婚約者だから、私と踊るのは差し支えない。他の人に公平にってことよね。帰ればまた、便宜的なのは分かるだろうし)久しぶりに踊れるからいいか。
カロリーナは、結局ダンス好きだった。
「それと聞きたいことがある。お前はあの階段の件以来、変わってしまった。それは男爵令嬢のせいか? 後輩とも親しくなったし、成績も上がった」
「ええ、まあ」そういうことにしておこう。前世で双子の妹がいたから、年下の扱いはお手の物よ。勉強もそこそこまじめにやってたし「男爵令嬢の姿を見て、反面教師になったというか…」
口元に手を当て、うつ向きがちになり、しおらしく振舞った。
「そうか」
(とりあえず納得したみたい)よし(そうだこの機会に、ヒロインの好感度を聞いておこう)
「王子は、男爵令嬢の事をどう思いますか?」
「そうだな、不思議な令嬢だと思う。彼女を悪く扱えないというか」
(堅物の王子も懐柔するとは! 恐るべしヒロイン属性…。それなら、どんなクソな事をしても、心を入れ替えました、とか言えば許される可能性大。ライバル達が、1/5ヒロインに対して、ヒロインは1人で最強という事!?)
王子は、ぶつぶつ考えているカロリーナの横顔を見る。
(カロリーナは、今まで良い面が出ていなかっただけで、知らない面がたくさんあったという事だな。たとえば、足が速いとか)クッ
「は?」今笑った?
「なんでもない」
王子は思わず、笑いが漏れてしまった。握った手で、口元を少し隠して横を向き、コホンと咳払いをする。
「では、そろそろ行くとしよう」
「視察でしたね」
「ああ」(カロリーナの)目的は終わった。
王子は慌てて、お忍び用の馬車に乗り去って行く。王子を見送るとカロリーナも、「お待たせー」とサラと一緒に馬車まで歩いて行った。
王子の誕生日が近づき、王宮にプレゼントが届き始める。プレゼントは前もって送る者や、直接持ってくる者、舞踏会当日に持参する者もいる。プレゼントにはカードに、目録が書いてあるものもあり、それを見て仕分けされる。それもベンの仕事だ。開封前のプレゼントは、執務室に運んである。
「カロリーナの、プレゼントは来ているか?」
「ああ、ありますよ。今年は小さい箱ですね」
王子は、それをさっと受け取ると、自分の部屋に持って行った。
「?」
部屋で包みを開けると、ユニコーンのブローチが出てきた。王子はそれを見て、思わずニヤッと笑った。
カードには、
『よくお似合いでしたよ』 と書いてあった。