5、婚約の裏側
翌日からカロリーナに、各家からプレゼントや、釣書、求婚の手紙が届く。釣書は公爵が返却した。
「さすが、腐っても公爵令嬢だわ」権力の力、恐るべし…!
カロリーナは、手紙やプレゼントのカードに目を通すとサラに命令する。
「プレゼントは全部送り返してちょうだい。今後は誰からも受け取らないで」
「かしこまりました」
(さてと、勉強を頑張るか。別に勉強は得意じゃないけど、この世界の事を知るのは楽しいわね)
突然、叔母夫婦が公爵邸にやってきた。叔母も赤い髪で、いつも騒々しい。客観的に見て、自分もこんな感じなのかと、カロリーナは思った。カロリーナも呼ばれたので、応接室で公爵の隣に座った。
「王子と婚約破棄になったから、うちのエドが、カロリーナと結婚してもよくってよ!」
(してもって、何よ)
カロリーナは、叔母の言い方にカチンとくる。叔父はこげ茶色のくせっ毛に口ひげ、いつも叔母の横で汗をかいて、愛想笑いをしている。公爵は、頭が痛そうに言う。
「カロリーナの相手は今決める気はないし、エドと結婚することは絶対にない。お前にあらかじめ言っておく、この公爵家は、カロリーナの代で返爵する」
「!」
カロリーナも初めて聞いたので驚いた。
「なんですって! そんなの許さないわよ、お兄様!! なら、うちのエドが後を継ぐわ。いいでしょ?」
叔母は怒りで震えながらテーブルに手を着いて、身を乗り出した。
「黙れ! お前は家を出た身だ。しかも家を傾けたのは、母とお前の贅沢のせいだ。それを忘れたのか!?」
父が若い頃、祖母と叔母の贅沢で、公爵家は食べる物が買えなくなるほど困窮していた。それを立て直したのが父だ。
贅沢ができなくなったことに怒った祖母は、祖父と離婚して実家の伯爵家に戻る。その後、伯爵家は破産して、祖母は行方不明になった。一説には、家の宝石類を盗んで国外に逃亡したのでは? という事だった。祖母強…
祖母が家を出てから、幼い弟と妹を養子に出した。叔母も男爵家に嫁いだが、男爵家も傾き始める。祖母と叔母の二人がいなくなって、公爵家はすぐに持ち直すことができた。その腕を買われて、父は王宮で財務の仕事に就いた、ということだ。
「これは王室との取り決めだ。この件に口を出すということは、牢屋に入るという事だ。以後、男爵家の者はこの家の出入りを禁止する。男爵家が潰れても、お前たち二人だけの面倒は見る。私達二人に何かあれば、その時点で爵位は返上される。帰れ」
叔母夫婦は、公爵が本気なのが分かって、青ざめて帰って行った。応接室に、公爵とカロリーナは二人で残っていた。
「お父様、そのお話、初めて聞きました」
「今のお前なら話してもいいだろう。王子との婚約は、返爵を条件に取り付けたのだ」
(なるほど!)
この国の公爵家枠は5家あるのだが、1家は破産して空席になっている。うちは今だに4家の末席なのに、どんなウルトラCを使ったのかと思えば、そういうことだったのか。公爵領は良い土地だし、場所もいい。王家は、ゆくゆくはそれが手に入るのだ。婚約破棄はこちらから言いだしたから、その条件が残って破棄できたのかも。
「今でもうちには、それほど余裕があるわけではない。お前さえ暮らしていけたら、後は良いと思ったんだ」
(お父様の潔さ、あっぱれだわ!)「私、お父様の子供で良かった」
カロリーナは公爵の手に、自分の手を乗せた。自分が、王家にも守られているのが分かる。
「そうかい」
公爵はうれしそうに笑った。カロリーナは、公爵にハグをすると応接室を出た。
(あれだけお父様が怒ったのだから、エドはなしね。まあ、叔母さんとは絶対合わないだろうし、一緒に暮らすのもあり得ないわ)
祖母も赤い髪で、贅沢は赤い髪の呪いじゃないかと使用人の間では噂されている。そして、祖母や叔母の話を聞いても、カロリは何とも思わなかった。わし、ヤバい汗。
カロリも贅沢をしていたが、そこは父の管理下なので予算の範囲内だ。前世の記憶が戻ってからは、ため込んだいらないものは全部売り払って、貯金した。
(私は、赤い髪の呪いから、逃れられたわよね?)
祖父が言うには、祖母は元々贅沢をしていた人ではなかった。ただ、公爵家に嫁ぐことが出来た自信から、そのようにふるまうようになったらしい。父に言わせると、元々そういう人間だったのだろうという事だ。祖父は父に爵位を譲ると、今も相変わらず領地経営をしている。
ちなみに、養子に出した二人は、当初から幸せに暮らしているので、父に感謝していた。二人とも今は結婚して、子供もいる。
(うらやましいけど、今は、まずは勉強よ。カロリの成績は底辺だから、挽回せねば)
カロリーナは、こぶしを握って気合を入れた。これで当分は静かだろう。