18、断罪イベント
(思いが通じ合うってこんなに素敵なことなのね。まだ夢を見ているみたい。前世でも付き合ったことないから。幸せホルモンが出てるわ~)
朝、カロリーナは起きると、ベッドに座って余韻に浸っていた。
サラに髪をとかしてもらっている時も、ニコニコしていた。
「お嬢様ご機嫌ですね」
「えへへ」
しかし、学園に登校すると朝一から、生徒会室に呼び出され、王子から指示があった。
「イベントボランティアの女生徒達で、衣装をダメにした犯人を捜してほしい」
カロリーナは、普通にその他大勢と一緒に駆り出されていた。王子はいつもと同じ業務口調だった。
(きっと、昨日の事は夢だったのね……。この鬼上司が)
こうしてカロリーナは日常に戻った。
目撃者はいなかったので、不審な動きをしていた者を探すことになった。手分けして1年生に話を聞きに行くが、衣装はオープンクローゼットにかけてあったので、その衣装が被害にあった女生徒の物だと知っていた者はほとんどいなかった。
(無作為とか? これは、植木鉢の時と同じで迷宮入りかもね)
放課後、生徒会の作業用の部屋で聞き込みの報告をまとめていた。ボランティアの女生徒数人と、ユフィアとアリスもいる。そこへ、ノックがする。
「どうぞ」
ドアが開いて、2年生の女生徒が顔を出す。
「ちょっといいですか? 気になることがあって来ました」
「はい。聞かせてください」
カロリーナは、女生徒を椅子に座らせた。同室の1年生が衣装を用意できなくなった話だった。学園では遠方の領地から来る生徒のための寮があり、学園のことを教えることができるので、違う学年同士で同室になることが多い。合わなければ、部屋を変わることもできる。
「キャシーが慌ててたから、どうしたのか聞いたんです」
キャシーの話を聞くと、首都の仕立て屋は高額なので故郷の店で注文したが、家族が祭りの日だと勘違いして、衣装がパーティの後に届く手違いになってしまったそうだ。
『衣装が間に合わないので、手持ちの普段着で参加することにします』
「と言っていました。でも、偶然友達もあんなことになって、結局キャシーも制服で参加してましたね。意中の子がいたので、どうしても参加したかったみたいですけど、その男の子とは上手くいったみたいで、喜んでました」
「あの、私もその話で気になったことが」
アリスが、手を挙げて話す。
「リンダとキャシーは、同じ男の子と踊っていたんです」
リンダは被害にあった女性徒だ。カロリーナとユフィアは顔を見合わせた。
翌日、その男子生徒マークを昼休みに、作業用の部屋に呼び出した。今回はカロリーナと、ユフィアの二人で話を聞く。ユフィアが質問する。
「イベントの日にキャシーとお付き合いすることにしたそうですが、なぜでしょう」
「リンダの衣装がダメになった話は、先にみんな聞いていました。友達があんなことになって、キャシーは自分も制服にしたなんて優しいなと思って」
ユフィアとカロリーナは複雑な顔をして、顔を見合わせる。隣の生徒会室に行く。破れた服は、生徒会が預かっていた。それを見てユフィアは、静かに言う。
「とてもきれいですね」
「ええ、かなりのディテールだわ」
リンダは首都に屋敷がある、裕福な貴族だ。衣装はカロリーナも感嘆する出来栄えだ。普段着で参加した子もいたけど、この日のためにあつらえた物に比べればはるかに劣る。
マークの二人に対する印象は、その時点で特に差がなかった。貴族は、着ている物で優劣が変化する。
今度はリンダを放課後、部屋に呼びだした。ユフィアが質問する。
「キャシーの衣装は見ましたか?」
「いえ、私は出してハンガーにかけましたが、あの子は急にお手洗いに行くと言ってそのまま出て行きました。彼女とは入れ替わりになって、結局騒ぎの時も彼女の服は見ていないです」
次に、放課後残ってもらっていたキャシーを呼んだ。部屋に入ってきたキャシーは、堂々としていた。カロリーナとユフィアは、顔を見合わせてうなずいた。カロリーナが、単刀直入に言う。
「私たちは話を聞いた結果、あなたが犯人だと思っている」
それを聞いて、キャシーは一瞬で顔色が変わった。青ざめたのを見て、二人とも確信した。疑われたことを、リンダが知れば今まで通りにはいかない。キャシーは観念して膝をついた。
「そうです……」
彼女が言うには、自分一人が制服になるのを防ぐためにやってしまったらしい。一番の理由は、意中の相手に、
「服装だけで判断してほしくなかったんです……」
キャシーは泣いたが、器物損壊は犯罪だ。キャシーは退学になった。犯罪を犯した貴族は首都に出入り禁止になり、社交界から追放される。醜聞は、貴族にとってはかなりの痛手だ。
(前世平民だった自分にとっては、それだけが全てじゃないけど)
後日、リンダと父親のポンティア子爵が、公爵邸にお礼を言いに来た。まあ、父に会いたかったのだろうけど。
「王子が用意した衣装もあったにもかかわらず、まさかカロリーナ様が制服で参加してくださるとは! ご配慮に感謝いたします。私、とても感銘を受けました。どうぞこれをお納めください」
子爵は涙を浮かべて大袈裟に話すと、ふたを開けた宝石箱を二人の前に差し出した。緑色の宝石の、ネックレスとイヤリングが入っていた。王子の瞳の色に合わせたのだろう。
「私からもプレゼントです」
リンダからは、普段着用のピンクのかわいらしいドレスをもらった。プレゼント用の場合、ブティックからサイズ確認の申請が屋敷に届く。了解した場合は執事からサイズを連絡するのだ。
公爵はいたく喜んでいたので、カロリーナはプレゼントをありがたく頂戴した。
「素敵なプレゼントをありがとうございます」
学園の昼休み、外の席でアリスとユフィアとカロリーナの女子だけで、リンダからのその後の話を聞いていた。
「あれから、キャシーから謝罪の手紙をもらいました。返事はしていません。
マークからは交際を申し込まれましたが、結局断りました。いろいろあったので、まだ気持ちの整理がつかなくて」
「そうよね」
「複雑ですね」
カロリーナとユフィアが、相づちを打つ。
「でも、みなさんともう一人の友人のクロエが、あの時一緒に制服を着てくれたことで、思い出すたびにすごく救われました。本当にありがとうございました。あれがなかったら、一人で悩んでいたと思います。今はこれで良かったのかなと思います。今、急いで相手を探すこともないかと。
カロリーナ様と王子殿下が制服で楽しそうに踊るのを見ていると、私もあんな風に信頼できる人をこれから探したいと思います」
「え⁉」
カロリーナは、自分を引き合いに出されて、赤くなる。ユフィアが、身を乗り出して聞いてくる。
「そういえば、お二人はいつも同じブローチを着けていますが、あれは贈り合った物ですか?」
「そうです。でも、たまたま王子の誕生日プレゼントを買いに行った時に、王子も視察に来ていて、婚約破棄とダンスの依頼でもらったんですのよ。オホホ」
カロリーナは照れ隠しに笑った。アリスは両手を握りしめて、うなずく。
「そうなんですね。ばったり会うなんて素敵です」
(多分、ついて行ったのだと思います)とユフィアは思った。
その後、恋人同士でブローチを贈り合うのが流行った。




