15、伯爵家の断罪
年末の王宮のパーティで、婚約発表されることになった。何とおそろいの衣装で! 青地に金の刺繍の衣装に身を包んだ二人は、国王夫妻の後から入場する。今日も赤い髪だ。
(用意されたものを着たけど、まさかね)
王が挨拶の後、宣言する。
「王子と、カロリーナ・アルファイン公爵令嬢の婚約が再度決まった」
『おめでとうございます』
観衆のお祝いの言葉と、拍手が巻き起こった。王が宣言したことに誰も異を唱える者はいない。曲が流れ、パーティが始まった。王子が他の来場者と歓談していると、二人は自然と離れてしまった。急に、アグネスに突き飛ばされ、アグネスの方が尻もちをついた。
「きゃあ、カロリーナ様に突き飛ばされました。ひどいですわ」
(なに? デジャヴ。アグネスにはぶつかられたくなかった!)
カロリーナはよろめいただけだったが、足を痛めてしまう。アグネスは手を着いて床に座っている。それを見て周りの人は、ヒソヒソとこれ見よがしに話をした。
「まあ、結局変わってないってことですわね」
「相変わらず、横暴なのね」
(嫉妬から、結局悪く言われるのは自分なんだよね。あ~、足が痛い)
王子がさっと現れて、カロリーナの手を取る。
「大丈夫か?」
「それが、足をグキッとやってしまいました」(これでダンスは踊れないわね)
(グキッ?)
王子は横を向いて、口元に手を当てて笑いをこらえると、衛兵に指示を出した。
「カシム令嬢が私の婚約者を突き飛ばした。王室不敬罪により捕らえろ」
「え?、私が突き飛ばされたのですよ」
アグネスは自然体で驚いてみせる。カロリーナはしれっと答える。
「私は動いていません」
「私は、伯爵令嬢がカロリーナ様を突き飛ばすのを見ました」
「私も」
ユフィアとアリスが来て証言してくれた。アグネスの父親のカシム伯爵がその場に現れて、王に向かって進言した。
「何かの間違いです。娘がそんなことをするはずがありません。国王陛下、王子の横暴をお止めください」
(ダメな親、来たー)
あの親にしてこの子あり、とカロリーナは思う。王が騒ぎに向けて声を出す。
「何事だ」
執事が事の次第を王に耳打ちすると、王は肘置きで頬杖を突いて静かに言う。
「王室の婚約者に不敬を働いたのだ。当然のことだ」
それを聞いてようやくアグネスは、失敗したと悟った。顔面が蒼白になり、両手を握ってカロリーナに懇願した。
「お願いです。カロリーナ様どうか。お許しを」
(私に泣きついてきた!よ)
確かに許されることではない。もし成功すれば、カロリーナの評判が落ち、立場を失脚させることもできる。だがお願いされると、まだ若い娘が牢に入り、その後どうなるかも分からないのは哀れに思う。カロリーナは仕方ないと、ため息をついた。
「王子、私に免じてどうかお許しになって。もちろん次はございません」(王様に言うわけにもいかないからな。王様すごく怖い……。雲の上の社長みたいよね)
「そなたは優しいな。今回だけは見逃そう。今日はもう帰るがよい」
王子はいいパフォーマンスにはなったと思ったので、カロリーナの言葉に温情を見せる。
「ありがとうございます」
親子は礼を言うと、そそくさと会場から出て行こうとした。
(これで、嫌がらせされることもないか。予想外に仲良しな感じが出ていて恥ずかしい)
カロリーナは安堵したのだが、突然、また王の声がした。
「待て、娘は非を認めた。娘の行いは親の責任だ。伯爵を廃主とする。牢に連れて行き3日投獄、今後首都の出入りを禁ズ」
(え⁉)
突然の王の宣言に、カロリーナは驚いた。会場中が凍り付く。伯爵は衛兵に両脇をつかまれた。
「何をする。離せ!」
伯爵は抵抗する。アグネスは涙を流して父親に手を向けるが、そのまま立ち尽くすしかなかった。王宮の従者たちが、アグネスを外へ案内した。参加者は二人がいなくなると、ヒソヒソと話し始めた。執事の合図で、音楽が流れ始める。
王子はカロリーナの腕を掴んだ。
「手当をしに行くぞ」
「え?」
「気にするな」
王子は、カロリーナを連れて会場を出た。王族の控室に入ると、カロリーナをソファに座らせた。
「すみません。早々にこんなことになってしまって」
「そなたを、独り占めできる時間を作れて、私はうれしいがな」
(キャー、何言ってるんですかこの人)
先ほどの重々しい空気が吹き飛んだ。王子が膝をついて、カロリーナの左足から靴を脱がせる。もしかしてこれ、イベントなのかな?
「王子がするんですか?」
「これぐらいならできるさ。他の者に触らせたくない」
「……」
(さっきから、キュンキュンセリフ連発だよ。この人~)
王子は器用に包帯を巻いて、足首を固定した。
「上手ですね!」
「お前は、どこか遠いところから俺を見ているよな」
王子は、カロリーナとの温度差に少しあきれている。
(う~ん、王子とは鬼上司と社畜の関係のような気がするからかな)
「まあ、いい。婚約できただけでも良しとしよう。さあ、戻っておいしいものでも食べて、仲の良さを見せつけよう」
「ダメですよ。王子にはあの凍り付いた空気を変えてもらわないと、せっかくの慰労会なんでしょ」
「お前はいつも不思議な言葉を使うな」
「ギク」(忘年会の方が良かった? 絶対ないな)
部屋を出ると、カロリーナは王子の腕に手を添える。二人はゆっくりと廊下を歩いた。
「それで、どうするのだ?」
「他の令嬢たちと踊ってください。おいしいものは一人で食べます」
「やれやれ」
二人が再び登場すると、参加者たちはほっとした表情で迎えた。緊張した空気が幾分和らいだ。カロリーナは、テーブル席で王宮のおいしいものを食べ、王子は他の令嬢たちと和やかにダンスを踊った。
王宮パーティの出来事以来、誰もカロリーナに何も言わなくなった。
後日、新しい当主となったカシム伯爵が、アルファイン邸に謝罪に来た。王子と公爵とカロリーナの3人が、応接室で迎える。新伯爵はアグネスの3つ上の兄だ。応接室の一人掛けに公爵が、扉側の二人掛けに伯爵が座り、向かいの二人掛けに王子とカロリーナが並んで座った。伯爵が謝罪の言葉を述べる。
「王子殿下とカロリーナ様と公爵様に、大変なご迷惑をおかけしました。改めてお詫びいたします。このように直接謝罪の機会を設けていただきありがとうございます」
二人は黙っているので、カロリーナが聞いた。
「その後どうなりました?」
「はい、それが父は相変わらずでして、3日後に家に戻ると、今までと同じようにすると言うので、王宮の兵に来てもらってまた投獄してもらいました。今は薬で落ち着いています。領地の住まいが整い次第、移す予定です」
(うわ、大変。アグネスの性格もあの父親に似たんだろうな)
新伯爵は、二人と違って控えめで大人しかった。
「このようなことになって良かったと思っています」
「え?」
「父は、無理な領地経営をしていまして、誰の言葉も聞きません。陛下はそれを知っていて、廃主してくださったと思います」
(鬼上司の父は、鬼!)
陛下には人を寄せ付けない威厳がある。
「妹も父に言われていたので、王子殿下と親しくなろうとしていました」
(どこの家もきっとそうよね)
カロリーナは、王子をちらりと見て、王子は罪よねと思う。王子はカロリーナの視線に気が付いて、
「なんだ?」
「別に」
アグネスは、学園を無期停学になっていた。今後は家で学習することになる。カロリーナは、アグネスの様子が気になった。
「令嬢は今どうしています?」
「やっと、父がおかしいと分かったようで、大人しくしています」
これで、ライバルは二人になった。二人が、どこまで諦めないかは分からないけど。
攻略対象と相性の良い令嬢が前編のライバルなら、アグネスは、ヘイゼン先輩のライバルだったってことよね。二人ともその後、引っ付くことになるのだろうか?
話が終わると、伯爵と王子は帰って行った。カロリーナと公爵は外で、二人の馬車を見送った。
私がフェードアウトできれば前編になったけど、王子が私を選んだなら、私はヒロインと対決することになる。私はもう降りられないから、ヒロインルートを満喫しようじゃないの!!
カロリーナは片手を握って、決意した。




