11、いとこの断罪
夜、街にあるカジノで、エドワードはまた負けた。いらだってゲームテーブルを出ると、ラウンジ席で友人と酒を飲んだ。友人が、エドワードに聞いてきた。
「あの性格の悪い、いとこと結婚するのはどうなったんだ?」
「そのうちそうなるさ」
いとことは、カロリーナのことだ。エドワードはカロリーナと会ったときの、茶色のくたびれたジャケットを着ていた。友人は貴族令息にふさわしい、刺繍の入った質の良い生地のベージュ色のジャケットを着ている。
エドワードがカウンターで、お金を借りようとするとオーナーは横を向く。
「もうお前には、金は貸せない」
「なんだと! 金を持っているからって所詮、平民風情が!」
エドワードは軽く酔っている。オーナーは、その言葉にカッとなった。
「出て行け! 二度と来るな!!」
その様子を、店員と二階に上がろうとしていた、ヘイゼン・スピラ子爵令息が見ていた。モスグリーンのくせっ毛のショートカットに、少し垂れ目の甘いマスク、学園の3年生で生徒会の会計、彼も攻略対象だ。ヘイゼンは店員に聞いた。
「なんだあれは?」
「あれは、ブラウン男爵家の三男です。店のツケがかさんで、もう返せないでしょう」
エドワードは店から追い出された。友人もついて来る。店の階段を降りると、下で平民の若者たちが待っていた。カロリーナをナンパした三人だった。
「旦那、こないだの報酬を払ってくださいよ」
「なんだと! 上手くいかなかったんだ。払うわけないだろ!」
「言われた通りにしましたよ。あのお嬢さんと話せたでしょ」
「そりゃないですよ。チビっ子に切られそうになったのに」
若者たちが、口々にエドワードに言い寄る。
「これでいいだろ」
あきれた友人が、金貨三枚を若者の一人に渡した。
「ありがとうございます。旦那!」
若者たちは喜んで帰っていった。それを見てエドワードは、友人に食って掛かる。
「あいつらに払うなら、オレに貸せよ!」
「お前の借金が、金貨三枚でどうにかなるわけないだろ。街の人間と揉めると、街を歩けなくなるからやめろ。お前、どうかしてるぞ」
(くそ、俺だって公爵家に生まれてたら、こんな思いをしなくて済んだのに!)
学校の休日の午後、カロリーナはベッドの上で、ゴロゴロと本を読んでいた。急にドアが開き、使用人の男が入ってきた。公爵家の使用人の格好をした、エドワードだった。
「!」
カロリーナはあまりのことに、驚いて固まった。思考が、状況に追いつかない。ドアは、外から閉まった。エドワードは両手を広げて、にこやかに言った。
「やあ、こんな格好をしないと、お前に会えないからさ」
この家でノックをせずに入るのは異常なことだった。
(この人が、私に気が付くはずがなかった——。誰かが、この家の情報を伝えていたんだわ)
カロリーナは慌てて起き上がり、ソファの後ろに立った。ドアの外からメイド達の声がする。
「メリサ! お嬢様の部屋の前で何をしているの⁉」
「サラ、なんで戻ってきたの⁉」
エドワードは、ドアの方を向いて悪態をついた。
「チッ、役に立たない女だ」
(これが、本当のエドワードなのね)
カロリーナは、エドワードの豹変ぶりに、血の気が引いた。
「エド、こんなことをしてもダメよ。お金がないのはうちも同じなの。もう爵位返上が決まってるのは、叔母さんから聞いたでしょ」
「土地を売ればなんとかなるだろ。俺には時間がないんだ」
(うちは、税収でやりくりしてるのよ。土地を売ったらおしまいだわ。こいつバカなの⁉ お父様は外出している。とにかく時間を稼いで人が来るのを待たなきゃ)
突然ドアが開いて、ヘイゼンが入ってきた。
「残念だが、お前はもう時間切れだ」
「誰だ⁉」
エドワードの顔が引きつる。カロリーナも、まったく接点がないヘイゼンが突然家に現れて驚く。
「スピラ先輩、何でここに⁉」
「大丈夫かい。小猫ちゃん」
ヘイゼンは、カロリーナにウィンクする。
(これも神スチルか。鼻血が……)
カロリーナは思わず鼻を押さえた。
「俺は、こいつを追いかけてきた。間に合って良かった」
ヘイゼンは、エドワードに詰め寄る。
「カジノはうちの顧客だ。ブラウン男爵家は債務不履行で差し押さえになった。もう、お前は貴族ではない」
(先輩の家は、金貸しと投資業だったわね)
「待ってくれ!」
エドワードはことの重大さと、ヘイゼンの身分が分かったので、膝と両手を付いて懇願した。ヘイゼンは、エドワードに説明する。
「お前が無礼すぎて、オーナーが俺に泣きついてきた。もう債権回収が執行されたので無理だ。お前が50年働いても、元金は払えないぞ。
ただ、二つを選べるようにした。国外追放になるなら、お前は残りの借金を払わなくていい。残るなら、生涯労働だ。国外追放なら、好きなところまで送ってやる。付添人と別れてからの旅費も持たせよう。かかった費用は全てお前のツケだ。戻ってきたらお前はお尋ね者で、その分も払うことになる。
国外追放なら今すぐに行け。準備はしてある」
エドワードは、のろのろと立ち上がった。
「国外に行く」
「いいだろう」
エドワードが先に部屋を出ると、廊下にはスピラ家の私兵がいた。ヘイゼンは振り返ると、カロリーナに手を上げて、別れの挨拶をした。
(王子のお気に入りなら、王子に恩を売っておくのもいいだろう)
ヘイゼンはニヤリとする。
メイドのメリサは公爵が取り調べをした。メリサは両手を前で縛られて、呆然と下を見て座っていた。カロリーナも同席して、話を聞くことにした。公爵は厳しく言い放つ。
「全部話さなければ、主人を裏切った罪で極刑にする」
メリサは何もかも白状した。メリサはエドの愛人だった。案の定、私の情報も流していた。ヅラも、街に行く話も。
サラの話では、メリサにメモを渡されて、
『お嬢様が、あなたにお使いを頼んだから、ここに行ってきてちょうだい』
と言われたが、いつも私が直接頼むので、行く前に確認に来たのだった。
グッジョブ、サラ。サラにはご褒美をあげることにした。
(始めはすっかりエドに騙されてた。でも、性急にことを進めようとするから、すぐ分かるわよね。
これって、ロマンス詐欺みたいなものね)
カロリーナは、ため息をついた。




