第3話『初勝利、上位階級を殴り倒せ』
翌日、街は嘘のように静かだった。
昨夜の暴動は、公式ニュースでは「小規模なガス爆発」として処理されていた。死者ゼロ、負傷者数名。
映像は一切流されず、SNSに上がった動画や写真も、夜のうちにすべて削除されている。
――全部、そうやって“無かったこと”にされる。
朝のコンビニのバックヤード。制服に着替えながら、俺はまだ昨夜の感覚を引きずっていた。
あの時の熱。視界に浮かんだ“記録”の文字列。そして、それを書き換えた瞬間に世界が変わる感覚――。
(……本物だ。夢なんかじゃない)
俺はEからCに上がった。それも、一晩で。
この力があれば、ただのフリーターが一瞬で別人になれる。
そんなことを考えていると、事務所のドアが乱暴に開いた。
「おい、Eが何でまだここにいるんだ?」
低く鼻にかかった声。振り返ると、そこには浅野――この近辺では有名な〈Bランク〉のチンピラ配達員が立っていた。
ランクを笠に着て、E相手には殴る蹴るの暴力を平気で振るう。警察も相手がB以上なら見て見ぬふりだ。
「……もう俺はEじゃない」
「はぁ?」
浅野の目が吊り上がる。俺はゆっくり立ち上がり、間合いを詰めた。
視界の端に、やはり浮かぶ“文字列”――名前、階級、職歴、保有スキル。そこにあった【Bランク】の表示を、俺は指先でなぞるような意識で掴み、上書きする。
【Eランク/低危険度】
――カチリ。
瞬間、浅野の表情が曇った。
「……あれ、俺、なんでここに……?」
「お前はEだろ。配達のバイトなんかしてる場合じゃないんじゃないか?」
「……ああ、そう……だよな……」
ふらつきながら事務所を出ていく浅野。その背中を見送りながら、俺は思った。
(……これが、俺のルールだ)
BランクだろうがAランクだろうが関係ない。記録を書き換えれば、そいつの“存在価値”は一瞬で変わる。
もう俺は、奴らに怯えて下を向く立場じゃない。
◆ ◆ ◆
昼休み、俺は外に出た。
駅前広場の中央――。そこは、Eランクの立ち入りが事実上禁止されているエリアだ。
白いタイルの床に、噴水がきらきらと水を跳ね上げる。ベンチに座るのは、スーツやブランド服に身を包んだA・Bランクばかり。
俺が歩くだけで、何人もの視線が突き刺さる。
「おい、あれEじゃねえか?」
「ここに来ていいわけねーだろ」
やがて、体格のいい男たちが立ち上がる。胸元には〈Aランク認証〉。俺の方へ、嘲るような笑みを浮かべながら近づいてきた。
「お前、昨日の暴動地区のやつだな? あれ、Eのテロだろ」
「……俺はCだ。証明するか?」
「はぁ? 何言ってんだ、雑魚が」
Aランクの一人が肩を掴み、押し返そうとした瞬間――俺の視界に、彼の“記録”が現れた。
そこに書かれた【Aランク/上級市民】の文字を、俺は静かに塗りつぶす。
【Dランク/問題行動履歴有】
――カチリ。
男がよろめくように手を離す。周囲の仲間たちが訝しげに視線を向けた。
「おい、お前、Dじゃん。何してんだよ、ここで」
「……え?」
「昨日の暴動もお前じゃないのか? 問題行動履歴、ちゃんと残ってるぞ」
男の顔が真っ赤になる。だが、もう遅い。
次の瞬間、俺は容赦なく拳を叩き込んだ。
肉がぶつかる鈍い音。男は噴水の縁に倒れ込み、水しぶきが上がる。
「……Cをなめるなよ」
ざわめく広場。
Aランクでさえ、一瞬で墜とせる。この力なら、本当に――。
俺は拳を握りしめた。
最底辺からの反撃は、もう始まっている。