第2話『暴動と覚醒――俺の記録を書き換える力』
街は燃えていた。
赤い炎が夜空を舐め、黒煙がビルの谷間を覆い尽くす。サイレンと怒号、そして断続的な爆発音が、遠く近くで入り交じる。
その混沌の中心で、俺――真嶋蓮は、瓦礫の中に立っていた。
……身体が軽い。
いや、正確には“重さを感じない”。全身を走る疼きと熱はまだあるのに、筋肉が異常に研ぎ澄まされ、視界の輪郭までもが鮮明になっている。
(これは……何だ?)
頭の奥で、先ほどの“流れ込んできた情報”がざわめいている。まるで、他人の人生がまるごと自分の中に移植されたような、奇妙な違和感。
試しにポケットから端末を取り出し、ID認証を開く。
――ランク:C。
……間違いなく、Eから上がっている。
しかも、職歴欄やスキル欄には、俺が持っているはずのない項目がずらりと並んでいた。〈工業設計二級〉、〈近接格闘術A評価〉、〈暗号解析準一級〉……
これらは、きっと“あの時触れた誰かの記録”だ。
(……記録が、入れ替わった? いや、俺のものに……?)
思考がまとまらないまま、背後から複数の足音が迫ってきた。
「おい、そこの男! 動くな!」
黒い装甲服に身を包んだ鎮圧部隊――〈治安統制局〉の兵士たちだ。無反応で逃げようとすれば、その場で撃たれる。
だが、彼らの視線は俺ではなく、俺の後ろにいる女子高生の方に向いていた。
「そのEランク、拘束対象だ! 暴動参加者と認定する!」
「待て、違う! こいつは――」
俺が口を開くより早く、兵士が銃口を向けた。
次の瞬間、何かが俺の中で弾けた。
(……こいつらの“記録”を書き換えられるのか?)
直感だった。だが、なぜか確信があった。
俺は兵士の一人に目を向けた。その瞬間、視界の端に淡く光る“文字列”が浮かび上がる。名前、階級、任務履歴、身体データ……そして“認識対象”の欄に、【Eランク:拘束対象】という一文。
――カチリ。
頭の中で何かを“編集”する感覚があった。
俺はその一文を削除し、新たにこう打ち込む。
【Cランク:一般市民/保護対象】
次の瞬間、兵士の瞳が微かに揺らぎ、銃口が下がった。
「……勘違いだ、離れろ」
「え?」
「この二人は保護対象だ。撤収する」
信じられない光景だった。ついさっきまで俺を殺しかけた男たちが、何事もなかったかのように背を向け、煙の中へ消えていく。
女子高生が呆然と俺を見ていた。
「……今の、何?」
「さあな。ただ……」
俺は自分の手を見つめた。
今のは偶然じゃない。間違いなく、俺の意思で“記録”を書き換えた。
(もし、この力を使えば――)
Eランクという烙印から逃れられるだけじゃない。
この腐ったヒエラルキーそのものを、ひっくり返せる。
炎の向こうで、鎮圧部隊が暴徒を制圧していく。泣き叫ぶ子ども、倒れたまま動かない老人――全部、“無かったこと”にされるのだろう。
(……だったら俺がやるしかない)
この世界を作った奴らを、上から下まで全部ぶっ壊す。
そのために、この力を使う。
「名前は?」
「え?」
「お前の名前だ。助けたんだから、礼くらい言わせろ」
「……神崎、葵」
神崎葵――。後に俺の“最初の協力者”になる女の名前を、この時初めて知った。
夜空に、爆発の火花が散った。
俺の中で、もっと大きな炎が燃え始めていた。