第12話『Sランクへの公開挑戦状』
九条セリナとの力比べから三日後。
俺は、生徒会室への招待を受けた。
帝都上層学園の生徒会室――それは学内でも限られた者しか入れない、権力の象徴のような場所だ。
高層棟の最上階、重厚な扉をくぐると、広々としたフロアの奥に円卓があり、その周囲に星の数が五つ刻まれたバッジを胸に付けた生徒たちが座っている。
「来たわね、アレン」
セリナが微笑み、俺を円卓の中央へ招く。
隣には生徒会長――黒髪をオールバックにした鋭い目つきの青年、御影烈。
その名は、Sランク議員である御影家の直系跡取りとして、この国の上層社会では知らぬ者はいない。
「北方連邦からの留学生か……妙な噂が流れているぞ」
「噂?」
「Aランクにもかかわらず、入学初日に武装訓練用ドローンを無力化した、とかな」
周囲の視線が俺を探るように注ぐ。
ここに集まっているのは、全員がSランク家系の次世代。その多くが、将来は政府や軍の中枢を担うことになる。
――だからこそ、ここで爪痕を残す必要がある。
「……ああ、その噂は本当だ」
俺は一歩前に出て、全員を見回す。
「俺は力を持っている。だからこそ、試してほしい。――この学園で最強と呼ばれる者と、正面から戦わせろ」
ざわめきが走る。
烈が目を細め、顎に手を当てた。
「挑戦状、というわけか?」
「そうだ。条件は何でもいい。だが、俺が勝ったら――この学園の“ある場所”へのアクセス権をもらう」
御影烈の口元がわずかに吊り上がる。
「面白い。だが、この学園で最強と呼ばれる者は……」
烈が視線を横に流す。
そこにいたのは、銀髪碧眼の九条セリナ。彼女は椅子から立ち上がり、優雅に一礼した。
「私が受けましょう、アレン」
――予想はしていた。
だが、あの時の手応えからして、セリナはただのSランク令嬢ではない。本気を出せば、俺の力を上回る可能性だってある。
◆ ◆ ◆
決闘は一週間後、学園中央広場にて。
通常、上層学園での戦闘訓練は非公開で行われるが、今回は“特別試合”として全校生徒の観戦が許可された。
「……わざと目立つ真似をして大丈夫なの?」
試合前夜、あおいが端末越しに問いかける。
神城も横から口を挟んだ。
「Sランクの目に留まれば、監視の網は一気に狭まるぞ」
「わかってる。だが、このままじゃ防衛システムの認証コードに辿り着けない。セリナを通すしかないんだ」
俺の決意を察してか、あおいは小さく息を吐いた。
「……なら、勝ちなさい。全力で」
◆ ◆ ◆
試合当日。
中央広場の周囲は観客で埋め尽くされ、ホログラムスクリーンが空中に試合のルールを表示している。
〈条件:先に相手の戦闘不能を奪った者の勝利〉
〈使用武器・異能、制限なし〉
開始の合図と同時に、セリナの周囲に無数の氷の刃が出現した。
温室のように穏やかな学園の中で、彼女の力は冬嵐のごとく冷たく鋭い。
(……やはり、規格外だ)
だが、俺には俺のやり方がある。
視界に浮かぶ“文字列”――【氷結生成:有効】を、【氷結生成:制限速度1/10】に上書き。
――カチリ。
氷の刃が一瞬で鈍り、速度を落とす。
その隙を突き、俺は距離を詰め、拳を突き出した――が。
「遅いわ」
背後から冷気。振り返ると、俺の影から氷柱が突き出していた。
(……二重発動!?)
氷結生成の裏に、影を媒介した別系統の能力。
セリナは俺の改竄を一瞬で見抜き、別ルートから攻撃してきたのだ。
――やはり、この女は手強い。
観客の歓声が遠く聞こえる中、俺は笑った。
「いいじゃないか。これくらいじゃないと、挑戦状を叩きつけた意味がない」
次の瞬間、俺はセリナの記録にさらに深く干渉した。
【召喚制御:有効】と【氷結生成:有効】、その両方の根幹――【異能発動許可:ON】を、【OFF】に。
――カチリ。
氷も影も霧散し、セリナがわずかに目を見開く。
その隙を逃さず、俺の拳が彼女の肩口を捉えた。
鈍い衝撃。セリナの身体が一歩後ろによろめく。
「……合格よ、アレン」
試合は、その一言で終わった。
観客席から大きなどよめきが起こる。
こうして、俺は全校生徒の前でSランクに勝利した――そして、その代償として、Sランク中枢の視線が完全に俺へ向けられることになった。