第11話『エリート令嬢との対決』
帝都上層学園に潜り込んで三日。
俺は、表向きはAランクの優等生として何不自由ない学生生活を送っていた――ように見えていた。
だが実際は、常に裏の任務が進行している。
朝は講義に出席しながら、教室の端末から学内ネットワークに侵入。
昼は中庭で生徒会幹部の動きを観察し、夜は寄宿舎の自室であおいと神城からの指令を受ける。
そんな日々の中、ついにその時は訪れた。
◆ ◆ ◆
放課後の特別教室。
磨き上げられた大理石の床、天井まで届く本棚、そして中央には一枚板の長机。
九条セリナはその一番奥に座り、紅茶を片手に俺を見上げた。
「来たのね、アレン」
「呼び出されたからな」
俺が席に着くと、彼女はカップを置き、すっと組んだ足を組み替えた。
「あなた、何者?」
直球の問いに、背筋がわずかに強張る。
だが表情には出さない。
「言ったはずだ。北方連邦の留学生だと」
「ええ、書類にはそう書いてあったわ。でも――」
セリナの指先が、机上のタブレットを軽く叩く。
画面には、俺の学籍データと経歴が映し出されていた。
「調べれば調べるほど、あなたの“過去”は空白だらけ。……特に、二ヶ月前以前の記録が」
――嗅ぎつけられている。
《気を抜くな。ここで尻尾を出せば終わりだ》
イヤーピース越しにあおいの声が鋭く響く。
俺は紅茶を一口飲み、静かに口角を上げた。
「それは機密だからな」
「機密?」
「北方連邦の情報機関に関わっていた。……これ以上は話せない」
虚実半ばの言葉。だが、セリナの瞳が微かに光る。
「――面白い」
次の瞬間、彼女は立ち上がり、手元の端末を操作した。
教室のドアが自動ロックされ、窓のブラインドが下りる。
「何のつもりだ」
「力試しよ。あなたがただの“優等生”か、それとも……」
床下から、訓練用の自律ドローンが数体せり上がってくる。
球体に三本のアーム、先端にはスタンナイフが光っている。
「私に挑む資格があるか、ここで証明しなさい」
◆ ◆ ◆
ドローンが一斉に突進してくる。
俺はとっさに机を蹴り倒し、視界の端に浮かぶ“文字列”を掴む。
【攻撃プロトコル:起動】――を、【攻撃プロトコル:停止】に。
――カチリ。
動きを止めたドローンの一体を蹴り飛ばし、残る二体を机越しにかわす。
その間にも、セリナは悠然と紅茶を口に運んでいた。
「……やるじゃない」
だが、次の瞬間、彼女の背後に黒い影が立ち上がる。
床の影から抜け出すように現れたのは、影操作型の異能を持つ護衛ドローン。
そいつには、俺の力は通じない――直接記録を持たない、純粋な“召喚型”だからだ。
(……なら、持ち主を狙うしかない)
俺は視線をセリナに向ける。
そこに現れた“文字列”――【召喚制御:有効】を、【召喚制御:解除】に上書き。
――カチリ。
護衛ドローンは動きを止め、影の中に消えた。
静まり返る教室。
セリナは口元に笑みを浮かべ、カップを置いた。
「……合格よ、アレン。あなた、やっぱりただ者じゃないわね」
彼女は背を向け、ブラインドを上げる。
「近いうちに、生徒会室へ来なさい。あなたに紹介したい人がいる」
その背中を見送りながら、俺は確信した。
――彼女は俺を試した。そして、興味を持った。
次は、もっと深く踏み込むことになる。