チャプター5:「苛烈」
「ッぅ!……――小賢しい真似をぉっ」
リャケシエの、シュティルビオンの艦橋の眼前を。まるで揶揄うように飛び抜けて行った敵戦闘機隊。
一瞬驚き身構えてしまったリャケシエは、しかし慇懃無礼なまでの敵のその様に。
そして一瞬だが確かに見えた、筆頭敵機の操縦手の尖る険しい顔に、しかし作られ向けられた不敵な笑みに。
次には多分な不快感に忌々しさを覚え、その飛び去った敵機を睨み上げて追う。
「敵艦隊!交差する軌道で進入してきますっ!」
しかし次には、オペレーターの少し焦る色での知らせる声が、それを阻み引く。
「これは……突入してくる気なのかっ!?」
オペレーターの見るレーダー機器が捉えていたのは、敵影がこちらの艦隊へ突入進路を描く動き。
それに、まだ艦隊に配備されて間もない新任士官のオペレーターは、戸惑う声を上げる。
「狼狽えるなッ、それがヤツ等のやり方だ。ヤツ等は一種の空軍らしい、こちらに「爆撃」を仕掛ける腹積もりだろう」
しかしリャケシエはそれを叱り宥める声を向け。敵について知る所を併せて説明して見せる。
「主砲、それに全銃砲座!射撃準備良いかッ!」
そしてしかし、それに惑わされはしないと言うように。通り響く声で攻撃準備を指示。
その命令は下達され、各所が応じ。
シュティルビオンがその巨大な艦体の各所に備える誇る、強力な主砲を始め。
副砲、各銃砲座群が、その全てが迫る敵に向けて砲口を向ける。
リャケシエに、艦橋要員からは眼下の艦体上で。その一部が旋回照準する様子が実際に見える。
さらに向こう近くには、艦隊の各艦も同様に砲撃態勢に入る様子が見える。
「敵艦隊、こちらの射程圏内に進入ッ。こちらは各銃砲座、照準を完了しております!」
そして次にはまた、別のオペレーターの知らせの声が上がる。
「自ら火中に飛びこんで来る、愚かな行為と知らしめてやれッ」
知らせのそれに、リャケシエは嘲るようにそう言葉を紡ぎ零し。
「――撃ェーーッ!!」
張り上げ響かせられた、リャケシエの命じる一声。
それを合図に――シュティルビオンの巨大な主砲が射撃の唸りを上げ。
そしてさらに。シュティルビオンに艦隊各艦に備わる全砲門、一斉に咆哮を上げた――
敵艦隊に向かっての進入行動を開始した戦闘飛行群本隊。
これは詳細には、大きく二段階――二ウェーブに分かれる。
所属の三機の巡行作戦機――DF機の内から、二機が第一ウェーブとして進入。
この二機のDF機は、一種の「襲撃機」仕様だ。
搭載の砲。牽引プラットフォーム部に搭載される、213mrw連装砲――「主砲」に値するそれをもって。
敵艦隊を護る巡洋艦、駆逐艦、フリゲートクラスの艦船へ打撃を叩き込み、突入口を抉じ開ける。
そして、その第一ウェーブが開いた突破口を用いて。
敵艦隊の懐、眼前へと飛び込み、敵主力の撃破を試みるのが。指揮官機たる「ローンワンダラー」。
そして主砲の代わりに大型の誘導弾弾体を抱き備える、残る一機のDF機。
その二機から成る第二ウェーブだ。
さらに火力作戦機である四機のGP機、「重攻撃機」たる各機が。
その両ウェーブの進入行動の最中に並行して。各機の判断で任意に進入し、援護陽動を兼ねた攻撃を行う手はずだ。
その所定の取り決めの元。
投射進路――もっと近しい言葉で言えば、「爆撃攻撃」進路を取って進入行程を進める各機、各ウェーブ。
「それ」が襲い来たのは、進入行動の開始から間もなく。
飛行群の各機の近場、すぐ側を。大小の無数のエネルギー火線が飛び抜け、そしてまた無数の炸裂が苛烈に巻き起こり始めた。
敵艦隊からの、猛烈な防空砲火の展開が始まったのだ。
「――ッォ」
「ローンワンダラー」機の操縦室で。無数の敵砲火の着弾炸裂に揺さぶられるその機体の内で。
小さく唸り零しながらも、操縦桿を支え続けるは機長のヴァディシ修佐。
各機は、最近に実用化にこじつけた新技術――「複合反射機構」による防護システムを備え、それにより守られている。
合わせてジア側の各宇宙「機」は、帝国側の各宇宙「艦」よりも。速度に俊敏性を重視し、優れる。
それ等をもって行われる進入行動は、帝国側の防空砲火を翻弄。
飛行群各機は強力な敵火砲の最中で、しかし致命的打撃を回避していた。
だがそれでも、間近で炸裂する無数の火力は脅威に変わりは無く。ヴァディシ始め搭乗員等の顔色は一層険しくなっていた。
「ッ!」
さらに瞬間。
「ローンワンダラー」機の下方より火線が飛び来て襲い。次にはそれを寄越した敵機が煽る様に、機のすぐ傍を飛び抜け。
さらにはそれを追い、味方のFfq-421がまた機関砲を唸らせながら飛び抜けていく。
向こうに見える敵艦隊からの。敵機にとっては友軍からの、激しい銃砲火が飛び来る中だと言うのに。
敵機はたびたびそれによる誤射被弾を恐れず、こちらに飛び込み攻撃を仕掛けて来た。
「ヤロァッ」
操縦室のすぐ背後。JEF型機に備わる30mrwフィジックスカノンの銃座を担当する銃手が、悪態を吐きながらもそれを操り。
敵味方の各砲火の最中で、しかし果敢に飛び回りまとわりつく敵機を追って狙い射撃。さらに、各機の備わる各銃座も。周囲各方へ防空阻止火力を苛烈に投射展開し続けている。
「大した胆力だッ」
銃手の悪態と同時に副機長が、果敢とも無謀とも取れる敵機の攻撃行動に。そんな呆れ混じりの評する言葉を零す。
「機長、第一ウェーブが今投射ッ」
直後、それぞれの声に言葉に割り入れるように。機の操縦席の前方、照準手席より低い声での知らせが来る。
しかしそちらに目を向けてまず注意を引くのが。その照準手席に座し着いて居る巨体の存在。
青い肌を持ち、そして身長2mrは越える、あまりに厳つく凄まじい巨体容姿の隊員。
その彼はまた、自らの身体を強化したミュータント系の隊員だ。
今はその巨体が座るには大分小さな照準手席に、苦労して座るそんな彼からの。
その恐ろしいまでの容姿に反した、落ち着いた声での知らせる言葉。
促されたそれに導かれ、キャノピーより前方方向こうを見れば。
先行進入した第一ウェーブのDF機の二機から、今まさに主砲砲火が叩き込まれ。
一隻の敵巡洋艦が、爆砕轟沈する様が見えた。
《撃破ッ、敵巡洋艦撃破ッ。轟沈を確認ッ》
さらにその第一ウェーブのDF機の当機からよりも、敵艦撃破を知らせる通信が届く。
「了解、こちらでも視認した。トリーズナー及びラインマン、そのまま離脱進路に。後は、こっちで引き受けるッ」
ヴァディシはそれを受け取り、そして第一ウェーブの二機を無線識別で呼びながら、退避を促す。
後方のこちらから見ても、先行進入した二機は敵艦撃破成功の代償に。その機体に軽いものではない損傷を負った様子がありありと見えた。
「いよいよ懐に突っ込むぞ、身構えろッ」
その二機の、退避離脱に移行していく姿を向こうに見つつ。
ヴァディシはこれよりの自分等の進入投射に向けて、促す言葉を通信で各所各機に上げる。
「ッァ!」
「ッ゛」
敵艦隊からの防空砲火は、接近も相まっていよいよ激しくなる。
今には主砲クラスの砲火の炸裂が、いよいよ被害を被るギリギリの距離で炸裂。
その凄まじい衝撃に振動から、副機長や航法観測手がそれぞれ唸り、声を零す。
「フロントラインッ。進入隊形を維持しろッ、堪えろッ!」
それぞれのそれを横に背後に聞きつつ。
ヴァディシは「ローンワンダラー」機と隊形を組む一機のDF機に。通信にてそう進路維持を訴える張り上げ訴え。
そして自身もしがみ付くまでの様相で、操縦桿を掴んで機の進路を維持。
敵砲火の衝撃振動に揺さぶられながらも、各機は我武者羅の様で進入を続ける。
「070、上方ッ!」
「ッ!」
瞬間、誰かが叫ぶ。
聞こえたままにヴァディシが知らされた方位を見れば。機の上方より急降下にて襲撃を仕掛けて来る、一つの敵機編隊が見えた。
「――ここを通すと思うかッ!」
第二ウェーブの隊に、上方真上より襲撃を仕掛けて来たのは、一つの帝国艦載機編隊。
そのコックピットで、リーダーを務める帝国パイロットが、不敵な声で発し上げる。
「目を開けッ!上方より敵機ッ!」
「!」
しかし、それを阻み張り上げ知らされたのは、僚機からの警告の言葉。
それにリーダーは、間もなく目標のロックオンを完了する所だったと言うのに。
照準器より視線を外し、上を見ることを余儀なくされる。
そして帝国機の彼等の目に映ったのは、彼等のさらに上方より急降下急襲を仕掛けて来る「敵」機。
降下急襲して来たそれは、Ffq-421の――ジョウサクの機を筆頭とする一チーム。
「――ウォラァァァアッッ!!」
低く、しかし張り上げ轟かせる声と同時に。ジョウサクはすでに照準を完了していた火器の、トリガーを引いた。
操縦者の意志に呼応し、28mrwフィジックスカノンが唸りを上げ。
叩き込まれた苛烈な火線は、第二ウェーブ隊へと襲撃を企んだ敵機群を。僅差で見事に撃破。
宇宙の塵屑へと果てさせ。
ジョウサク等の一チームは、その駆け付けた速度のまま。
敵機の塵屑に破片を割り抜け。そしてローンワンダラー機のすぐ近くを、掠めるまでのそれで飛び抜けた。