七
店の裏に積まれていた薪を、全部細く割って持ち運びやすい大きさに束ね終わると、最近腰が痛くて困っていたという女店主は、結構喜んでうどん代をチャラにしてくれた。ご苦労さん、と出されたお茶を世間話しながら飲み終わって店の外に出ると、昨夜より少し欠けた月が空に昇っている。
しばらく考え、人気のない路地に入った。月を見上げるようなしぐさで顔を上向けた。が、六飛の目は閉じている。求めるのは、紅珊の気。降り注ぐ月の光が、その精気が、自分の味方をしてくれる。体に半分宿るあやかしの性の味方を。
月の光に絡めるように、六飛は自分の気を広げていく。少しずつ……。そんなに遠くまでは探れないが。
「はあっ」
六飛は詰めていた息を吐き出した。これ、すごく疲れる。しかも、だいたいの方向がわかるだけだし。
紅珊のいる、だいだいの方向は、わかった。
あの子、『お願い』を断られ、仙狸の子を探す計画を諦めて包子のやけ食いでもしていればいいんだけど。諦めなくてまた無茶なことをして危険な目に遭ったとしても、たぶん俺のせいじゃないんだけれど。
「師匠はどうする? 月がきれいだから、散歩でもしている?」
足もとの白風子に尋ねた。猫は、にゃあ、と鳴いて六飛の体を駆け上がり、肩に乗った。──あ、一緒に行くんだ。
「じゃ、しっかりつかまっていてね。飛ばすから」
「誰に言うておる」
という返事に、にやっ、と笑い、地面を蹴った。
瓦の上を走り、屋根から屋根に跳ぶ。
「師匠、一応聞くけど、俺に兄弟なんていないよね? 実は、母さん、父さんを好きになる百年前にもヒトを好きになっていて、そのとき生まれた子が──とか」
「以前にもヒトに恋した可能性は、ない、とは言えぬな。だが、仙狸とヒトの子は、ヒトの寿命しか持たぬよ。今の時代に踏雪の子は主だけじゃ」
そうか、残念。いたら、会ってみたかったな、兄弟。
ふと、じゃあ自分も百年後にはいないのか、と思った。……あの女の子も。
明かりのある場所を次第に離れ、少しくずれた雰囲気が漂い始めた場所で六飛はぴたりと足を止めた。左右を見回し、振り向く。
……いた。
今日はおしゃれはしてなくて、うどん屋で別れたときのままの青い道服だが、こんな暗い道をひとりで歩いているなんて、やっぱり諦めてなかったんだ。
紅珊が近づくのを待って、その前に飛び降りた。いきなり降ってきた男の影に、びくう、と身をすくませる紅珊。六飛とわかって、ほっと緊張をゆるめた。だが、すぐに構えた表情になる。
六飛はくしゃくしゃと髪をかきまぜた。何て話せばいいかなあ。
「……今日は、式、付けられてない?」
まず、確認した。あの方士には会いたくない。
紅珊はじっと六飛を見つめた。六飛の意図を探り出そうというように。六飛から目を離さずに、小さくうなずいた。六飛も式の気配は感じない。大丈夫そうだ。
「手伝おうかと思って」
そう言うと、紅珊の目が大きく開いた。すぐに用心深く細められたけれど。
「無理、って言ったじゃない」
「うん」
無理だ。一緒に仙狸の子を探すのは。だけど……。
六飛は視線を横に動かした。細い道の突き当りに、水路が月の光を反射するのが見えた。
「ちょっと座って話さねえ?」
返事を待たないで、水路に向かって歩きだす。遅れて紅珊が自分のあとをついてくる足音が聞こえた。