二十七
紅珊は目に映るものをぼんやりと眺めていた。見えているのは、宮城の離れの自分の部屋の天井だ。
さっきまでのことは、夢だったのかしら。とても悪い夢。先生が……。
「……気がついた?」
低く抑えた声がして、紅珊はそちらを向く。ばっ、と体を起こした。
窓枠に手をついて、半身に月光を浴びる人の姿があった。いや、人ではない。肩に流れる髪は月に輝く霜の色。月の光に柔らかに縁取られた三角の耳。夢の中で見た……違う、あれは、やっぱり夢じゃなかった。全部、本当。
「……仙狸の子?」
かすれた声で尋ねると、それは困ったように目を伏せ、うなずいた。仕草がとても人間ぽくて、紅珊の緊張が緩む。
危ないところを助けられたのだと思い出した。急いでお礼を言おうとしたが、
「ありがとう」
と、仙狸の子が言う方が早かった。
「紅珊のおかげであれに勝てた。だけど、ごめん。王衛は救えなかった」
衝撃はなかった。悲しみが涙になってあふれただけで。妖魔を調伏しようとする方士が逆にその妖魔に魂を喰われてしまうことは、あることだ。でも、まさか、先生が……。
両手で顔を覆って泣いていると、ふっと膝の上が重くなった。
手を少しずらして目を覗かせ、見ると、いつの間にか仙狸の子がすぐそばに膝をついていて、紅燕の膝の上に王衛のくれた腕輪をのせていた。思わず手に取り、抱き締める。
ささやく声がして、目を開けた。
「……すぐに元気になるのは無理だろうけど、俺にできることがあればするから……」
涙の向こうで、あやかしの金色の瞳が自分を見ていた。でも、少しも怖くなくて、半分はヒトだったと思い出す。それとも、半分ヒトじゃないから、こんなに澄んだ美しい目をしているのかしら?
仙狸の子は立ち上がる。
「しばらくいなくなるけど、また、来る……」
言って、紅珊に背を向けた。
「俺が近くにいるのが嫌だったら、そのとき言ってくれ」
瞬きする間に、仙狸の子は窓を押し開いていた。月の光に融けるように姿が消える。
聞いたままの窓が風に押し戻されて紅珊は我に返った。寝台から飛び下り、もう一度窓をいっぱいに押し開く。月に照らされる静かな庭園を精一杯見渡したけど、白く輝く髪は見つからない。
仙狸の子。紅珊は、つぶやいた。




