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二十五

 言われたことがすぐには飲み込めなかった。

 確かに、さっき、殺してやると思ったけれど。

「……俺の手には負えないんじゃねえの?」

 さらに問うなら。

「復讐させたくない、って話は?」

「姿が変わっただけでわしが誰かわからぬようでは、あれは長成子本人ではない。想念の欠片じゃな。あれの結界に捕らわれていては手も足も出なかろうが、今は違う」

 結界には月の光が満ち、耳飾りの封じは解けた。

「恨みで殺せと言うておるのではない。白風子の弟子としてあれを降せ。あれは人の世にあるべきものではない」

 さっと空中に何かをつかむ仕草をする。と、その手には流星錘が握られていた。

 投げ渡された流星錘を見て、六飛(リウフェイ)はわずかに息を飲む。そして、白風子に凄まじい憎悪の目を向ける長成子に改めて目をやった。

 城市(まち)の人たちを苦しめ、自分の両親を殺したモノ。娘たちの肝を喰らい、紅珊(ホンシャン)を餌にしていたモノ。

 六飛が流星錘を手に白風子の前に出ると、長成子のぎらつく目が笑った。

「可愛い弟子の無残に死ぬところが見たいのか、白風子。ヒトとあやかしの子に何ができる」

 白風子も笑った。

「わしが二百年ぶりにとった弟子を舐めるでないぞ、長成子」

 長成子が笑みを消す。六飛に向かって手のひらを──。

 月の光をすり抜けて、六飛は長成子の目の前にいた。気を集中する間は与えない。この姿で、速さで遅れはとらない。

 至近距離から掌底を突き出す。長成子は肘を合わせてきた。手首を返してその攻撃をずらし踏み込もうとしたが。

 視界の隅で銀色が閃いて、六飛は上体を柔らかに反らせた。

 どこから取り出したのか、長成子の握る直刀が六飛の鼻先をかすめ、斬られた白い髪が月の光に輝いて散った。返す刀が六飛の首を追う。

 片手を後方についてとんぼを切りながら、刀を持つ手を蹴り上げた。飛ばされた力に長成子は目もやらない。一歩退って踏みとどまる。その手には再び直方が出現している。

 六飛は流星錘を構える。片手に錘、片手に縄。まっすぐに六飛に向けた刀の奥で、長成子の目が笑った。六飛の背中に悪寒めいた直感が走る。

 片腕で閉じた目をおおった。強い光が瞼の裏を白くした。が、音も気配も失わなかった。振り下ろされた刀を片手に握った錘で受ける。

 二度も同じ手は喰わない。

 ばきり、と刃の折れる音がして、愕然とする気配とともに襲ってきたモノが飛びすさる。目を開けるより早く気配を追って錘を投じた。

 手応えはなかった。開いた目にも、長成子の姿は映らない。

 気配も消えた。

「地行術!」

 声がした。紅珊の。そして、

「右!」

 と。

 迷いなく右に振った錘を、忽然と現れた長成子は跳んでかわす。両手に持った直刀を六飛に投げ、地に足をつけたとたん、姿を消す。

 飛来した刀を六飛は最小限の動きで避ける。

「後ろ!」

 背後に力を振りかざす長成子がいた。六飛は地面に身を転がす。起き上がりざま錘を飛ばす。長成子はひらりと跳ぶ。に、と笑った。着地と同時に土の中に道甲するつもりだ。

()っ!」

 気合とともに、紅珊が地面を指差した。六飛は驚く。まさか変成の術? ──と。土を鉄だの水だのに変えてしまえば地行術は無効化する。だが、それは仙の域の術だ。

 さすがにそれはなかった。だが、着地しようとしていた地面に放たれた紅珊の気を嫌って、長成子が一瞬たたらを踏んだ。

 その一瞬に、六飛は体勢を崩した長成子に錘を投げた。刀で弾かれる。その金属音が残るうちに、もう一方の錘を横から振り出した。

 錘は、刀を持つ長成子の手首をくるくると二周りした。

 六飛の中から、ふっと鋭利なものが抜け落ちた。終わった、というように。

 それと気づき、長成子は六飛に嘲るような笑みを向ける。

「これで私を捕えたつもりか」

 縄をつかんで引き、刀で斬りつける。

 刃は縄に触れなかった。触れると見えるや、細かな粒子となって蒸発するように消えた。長成子の顔色が変わる。

「これは」

 錘に結んだ縄に、縛の文字。

「綑仙縄」

 怒りと怯えが半ばした目を白風子へ向ける。

「人に仙の秘宝を使わせるか。人との関わりを否定したのはおまえであろう、白風子」

 白風子はわずかも表情を動かさなかった。

「はて。わしの弟子はヒトではないが」

「詭弁を」

「仙界に話は通した。六飛」

 名を呼ばれて、六飛は手にある流星錘のもう一方の端を高く放る。縄は空中で蛇のようにくねって長成子の体に巻きつき、縛める。

 王衛の体がずぶずふと崩れ始めた。大きく歪んだ穴と化した口がおめき声を上げ、どろりと影のようなものを吐き出した。

 本体か。六飛は白風子を見た。仙に対することができるのは仙だけ。白風子は片手をぐっと拳に握る。

「滅せよ」

 月の光の中、吐き出された影があとかたもなく弾け散った。

 残ったものは内側から握り潰されるように人の形を失い、終いには歪な黒い塊となる。

 六飛は半身に構えて地面に残った黒い塊を見つめた。息が荒い。綑仙縄に精気をごっそり持っていかれた。しばらくはヒトの気膜も張れないだろう。半分ヒトの自分にはきつい武器だ。

 黒いモノに動く気配がないのを確認してしふり返る。

「紅珊!」


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