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お飾りの妻にするつもりが、夫の方がお飾りになった話  作者: 彩紋銅


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9/15

◆ウェズリー④

 ◆


「ホリーの愛人となった、エヴァン・オレガノだ。よろしく」


 そう言って、ホリーの腰を抱きながら不敵に笑うのは、ウェズリーと同じか少し上くらいの年齢の青年だった。

 日に焼けた筋肉質な肌はウェズリーとは対象的だが、白銀の髪と青い瞳は確かにスノードロップ侯爵家の血筋のようだ。頭の上にある一対の獣耳と後ろで揺れる細い尻尾は、血が濃いか先祖返りのようなものだろう。

 

「彼は前スノードロップ侯爵家、前当主つまりお前の祖父の子だ。立場的には本来はお前の叔父となるな」


「叔父……」


 ウェズリーが物心付いた時に祖父はすでに()()()()()()()()()から、年齢的に最後に作った子供なのかもしれない。


「子を作るのは、エヴァンに任せることにした。彼は養子として迎え入れるので、これからはウェズリー、お前の弟という事になるな。彼はS級冒険者として他国でも活躍し、獣人国とも繋がりがある。魔の森にも詳しい。跡取りとしても申し分はないな。──それで? お前はどうする?」


「え?」


「離縁をするか、このままお飾りの夫として過ごすか。好きな方を選べと、伝えたはずだが?」


「あ……」


 家令に身の振り方がどうとか言われていたのを思い出した。

 しかしこの二日間、自分の現実を知ってしまったウェズリーは、そんなことを考える余裕もなく、ただ己の不幸を嘆くことしかしていなかった。


「離縁をするなら、貴族籍からは抜かせてもらう。これでもう、貴族としての重責に悩まされることもないし、好きな相手とも好きに付き合えるし、愛し合って結婚もできるぞ?」


 父はウェズリーの愛人が他にもいる事を知っているのだ。


「あ、あの、俺は……」


 しかし、ウェズリーは自分が一人で生きていけないことくらいわかっている。

 アリスンとなら、一緒に生きていけるかもしれないが、その彼女は既にいない。他の愛人はお互いの欲が溜まった時の発散相手だ。アリスンほどウェズリーを愛して(受け入れて)はくれないだろう。


「離縁は、しない。このままで──」


 だから、ウェズリーの選択肢はそれしかなかった。

 その場にいた全員の落胆したような雰囲気に、ウェズリーは気づかないふりをした。


 ◆


 それからウェズリーは本当に心を入れ替えて、領地の仕事を手伝うようになった。

 初めは全く役には立たなかったが、それでも逃げ出すことはなかった。いや、逃げることで完全に自分の人生が終わるのがわかっていたので、逃げられなかっただけだ。


 自室と執務室を往復するだけの毎日。

 魔の森関係や外部とのやり取りは、エヴァンとホリーが中心にやっているので、ウェズリーは基本的に屋敷内から出る事はない。

 食事も自室で摂るので、ホリーやエヴァンと接する機会はほとんどなかった。


 それでもパートナーの同伴が必須の夜会には、ホリーの夫として出席しなければならない。

 そこでようやく、ホリーをちゃんと見るようになった。

 彼女は意外にも少女のあどけなさを残した可愛らしい顔立ちをしていた。そこに落ち着いた色合いの青い髪と意志の強そうな紫の瞳が相まって、独特の魅力を持っている。そこへ、西の辺境(実家)で培った胆力と自信が加わる。強い女と言った印象だが、エヴァンに向ける表情は年相応にくるくる変わり、特に笑顔は年相応で可愛らしかった。

 ああ、彼女はいい女だったのだと思い、それが自分に向けられることは永久に無いのだと気付いて、ウェズリーは泣きたくなった。そんな資格が無いのはわかってはいるが。


 そして、エヴァンと愛し合っているホリーは日に日に美しくなっていき、ウェズリーは彼女に目を奪われることが増えた。


『女は愛されると、美しくなるのよ!』


 いつかアリスンが言っていた言葉を思い出す。

 確か、まだ学園に通っていた頃だ。アリスンの家もまだ没落しておらず、全てが輝いていた時。

 そう言って笑う彼女は確かにとても美しかった。


 そのアリスンはもういない。

 他の愛人達とも別れた。


 そのうち同じ屋敷内にいるのが辛くなり、ウェズリーは住まいを同じ敷地内の別邸に移した。

 両親が住んでいる別邸とは別で、祖父が愛人を囲っていた時に使っていたものだ。

 そこから仕事の時だけ父の執務室に行く生活だ。


「ちょっといいか?」


「──!」


 そんなある日、エヴァンがウェズリーに話しかけてきた。

 ウェズリーは父の執務室で書類整理をしていた。父と執事は出て行ったので、部屋にはウェズリーしかいない。

 ……人払いをされたのかもしれない。


「お前さあ、自分の兄貴、殺した?」


「──は?」


 血の気が引いた。なぜ、彼がそれを知っているのか?


「あ〜マジで? カマかけただけなんだが」


「ち、違う! 確かにそんな誘導はしたが、本当に死ぬとは思わなかったんだ!!」


「ふ〜ん?」


 エヴァンは冷たい瞳でウェズリーを見下ろしている。

 感情は、読み取れない。


「どう、する気だ?」


「別に? 俺とホリーの邪魔をしなければ、何も言わない。黙っておいてやる」


「……」


「だが、もしホリーに手を出してみろ?」


 エヴァンが殺気をウェズリーへと放つ。

 つい最近、ホリーにやり直さないかとダメ元で聞いたのがバレたのだろうか?

 もちろん、無慈悲に断られたが。


「ヒッ!? な、何もしない! だから──」


「それならいい。それじゃあ、これらもお飾りの夫さん、頑張って」


 エヴァンはそう言って去って行った。


 ウェズリーは力が抜け、去ってゆくエヴァンの背中を見ていることしかできなかった。


 ◇


 それからウェズリーは、別邸から出てこなくなった。

 夜会も体調不良を理由に欠席。ホリーのエスコートは代理としてエヴァンが務めることとなった。

 両親は何も言わなかった。

 

 ウェズリーが閉じこもっている間にエヴァンとホリーの間には子供ができた。

 性別は男で、これでひとまず後継の問題は無くなった。

 屋敷内はお祭り騒ぎだったが、ウェズリーがそれに参加する事はなかった。

 

 祖父が愛人のために作った別邸の窓からは、見事な庭園がよく見える。

 だから()()()()()が楽しそうに散歩をする様子や、ガゼボでお茶会を開いている様子が見えた。

 それがウェズリーを蝕んだ。


 そうしてウェズリーは心を病み、別邸の寝室から出られなくなってしまった。

 一人きりになると、思い浮かぶのは、『なぜこうなってしまったのか?』という思い。


 軽い気持ちで、兄へ嘘の情報を流したことか。


 愛人と別れなかったからか。


 その愛人も、ウェズリーがけじめを付けなかったために死んでしまった。


 女遊びに耽り、学業を疎かにした。


 もっと、ちゃんとやっていれば。


 そんな後悔が、浮かんでは消える。


 そして辿り着いた答えは『すべて自分のせい』だった。


 外からは、子供達の遊ぶ声が聞こえる。


 確か、ホリーとエヴァンの間に三人目と四人目の子供が生まれたと、侍女達が言っていた。

 長男の後に長女が生まれ、今回男の子の双子が生まれたらしい。


 多分、あの初夜の晩、彼女を受け入れていれば、その幸せはウェズリーのものになっていたのだ。

 それを拒んで逃げたのは自分。


 いや、そもそも兄を死に至らしめた原因の自分が、ホリーと幸せになる未来など、最初から無かった。


 姿見に自分の姿が映る。

 美しいと持て囃された顔はすっかりやつれ、白い髪色と相まって老人のように見えた。

 唯一持っていた美しさも、すでに無くなった。


 ああ、そうだ。

 終わりにしよう。


 ウェズリーはそんな事を()()()()()


 そして、サイドチェストから小瓶を取り出す。

 お飾りの夫となった時に『終わらせたくなったら使うといい』と言われて父から渡されたものだ。

 小瓶の中には、パールのような光沢を放つ紫色の、煌めく怪しげな液体が入っていた。


 窓から明るい日差しが差し込み、外からは子供達が遊ぶキャアキャアという声が聞こえてくる。


 ウェズリーは蓋を開けると、それを一息に飲んだ。微かな酒精が舌を焼く。

 ベッドに横たわる。

 ウェズリーは目を閉じ、安らかに眠った。

 そして二度と目覚めることはなかった。


 それが、彼の最期だった。






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