6 ウェズリー①
◆◇◆
「運命の番?」
「そう。獣人族には、そういう存在がいるらしい。我がスノードロップ侯爵家にも獣人族の血が流れているから、そういう相手がいるかもしれないな……」
『運命の番』
それが、祖父との会話で、最も印象に残っている話だった……
ウェズリーはスノードロップ侯爵家の次男として生まれた。
家族は両親と一歳年上の兄、それに領地で療養する祖父。
祖母はウェズリーが物心つく前に亡くなったので、あまり覚えてはいない。
祖父は優秀な人ではあったらしいが、無類の女好きで、つい最近まで愛人を囲っていたらしい。
そのせいで、あちこちに婚外子がいるらしく、これ以上増やされては困ると、永久的な避妊を施され、領地に引っ込んだらしい。以降は大人しくなったとか。
ウェズリーは、そうなってからの落ち着いた祖父しか知らないので、遊び回っている祖父を想像できなかった。
ただ、家族の中でウェズリーに優しかったのは、祖父だけだったな、と、祖父の葬式の最中に思い出した。とはいえ、貴族の家族としては、仲は良い方だと思うが。
そして祖父は、兄のアーノルドが十五歳、ウェズリーが十四歳の時に亡くなった。老衰だったらしい。
今にして思えば、祖父は『運命の番』を探していたのかもしれない。そして、結局は見つからなかった。何故なら、運命の番を失えば、正気ではいられないと、祖父本人が言っていたから。
家族はそれからが大変だったらしい。
祖父の作った婚外子に遺産を分けるために、探し出し、中には子供ができた上ポイ捨てされた女性もいたため、その慰謝料まで支払うことになった。
ウェズリーには、父や兄がそこまでして婚外子を探す理由が理解できなかった。
貴族ならまだしも、平民との間にできた子供など放置すれば良いと思っていたが、責任感の強い父と兄はそれを良しとはしなかったようだ。
そのせいでスノードロップ家の資産は減り、借金こそしなかったものの、苦しい状態になったらしい。
ウェズリーの生活にはあまり変化がなかったので、特に気にはならなかった。
両親は財政を立て直そうと奔走し、入学したばかりの兄は、学園に通いつつ獣人族の国と交流したりと人脈を広げていた。
入学前のウェズリーは、そんな家族を横目に、家庭教師による勉強の日々を送っていた。家族の協力をしたくても、学園に入学していない、成人の十六歳も迎えていないウェズリーはあまり役には立たない。
だから大人しく勉強をするしかない。
ウェズリーはそんな自分を歯痒く思い、いつか自分も兄のように家族や領民のために働くことを夢見ていた。
しかし、ウェズリーのそんな思いは入学してすぐに、霧散した。
入学して世界が広がったウェズリーは、自分の容姿が整っており、女性に人気があることを知った。
早々に女性との遊び方を覚え、そのために自分を磨くことに専念した。
そして、それ以外に興味がなくなった。
兄が学園にいる間は、成績が悪くならないように気をつけてはいたが、兄が卒業し監視がなくなると、堰を切ったように女遊びに溺れ、爛れた生活を送るようになる。
当然成績も落ち、卒業すら危ぶまれるようになった。
本人は、美しい見た目を利用して、何処かの金持ち令嬢の元に婿入りし、楽して生きていくことを目論んでいたが、そうはならなかった。
そもそも、マトモな貴族の令嬢ならば、大抵は早い段階で婚約者がいる。最近では家が釣り合えば、恋愛結婚も容認されてきているが、彼はその対象にはならなかった。
ウェズリーは忘れていたが、実家のスノードロップ侯爵家は前当主の尻拭いのために、財政難だ。
しかもこの一族は得体の知れない獣人の血を引いている。
そんな相手を顔が良いだけで婿入りさせるのは、さすがに遊ぶのが好きな令嬢でも遠慮したかったようだ。
もちろん、ウェズリーはそんなことには思い至らず、ただ縁がなかっただけだと思った。
そんな時、この国の至る場所で瘴気が発生する事態が起こった。
聖女たちは皆その浄化に追われ、それぞれの領地に派遣され、駐在していた聖女も、領地を超えてさまざまな土地に支援に向かう状態になった。
同時期に西の辺境で魔獣の大発生が起こる。
数十年周期で起こるものだったので、準備自体に問題はなかったが、各地の瘴気の同時異常発生で西の辺境にはいつもよりも、聖女の数が不足していた。
そのため、同時に発生した瘴気により、魔獣が魔物化。
倒すことはできたが、瘴気が広がり、土地も人も想定よりも甚大な被害が出てしまった。
そこに駆けつけたのが、アーノルドだった。
彼は、獣人族の国の伝手から魔族の国に繋いでもらい、大量の浄化薬を手に入れていたのだ。
おかげで西の辺境の死傷者は最小限に抑えられ、疲弊した聖女たちも救われた。
スノードロップ侯爵家は、この功績のおかげで持ち直したが、その一年後に領地内の主要な畑に魔素が湧き出し、魔素発生地帯となってしまった。
浄化薬で得られた報奨金は、その対策にほとんど使われ、主要な畑も使えなくなり、再び危機に陥ったスノードロップ家に手を差し伸べたのは、西の辺境伯だった。
一年前の恩に報いるべく、すべてのノウハウを駆使して、魔素発生地帯の管理をし、魔の森に育て上げ、魔力資源で運営できるように協力をした。
確実に協力ができるように、辺境伯の末の娘であるホリーとアーノルドを婚約させてまで。
アーノルドが二十歳、ホリーが十六歳のときだった。
二人は協力して、スノードロップ家の領地を整備し、発展させた。
この頃には学園をなんとか卒業し、遊び回っていたウェズリーも領地に帰ってきたが、大したスキルもなく、女遊びしかしてこなかった彼には、戦う力もなく、書類整理すらまともにできなかった。
仕方なく領地の改革のため、働く領民たちへの炊き出しなどの手伝いをさせても、貴族の令息として不自由なく生きてきたウェズリーがそんな手伝いなどできるはずもなく、結局追い出され、彼のプライドはズタボロになった。
それでもそこで努力できていれば、未来も変わっていたのだろうが、ウェズリーはそうはせず、転移ゲートで王都に向かい、娼館に入り浸った。また女に逃げたのだった。
そして、学園時代に一時期恋人だった女性、アリスンと再会した。
アリスンは元は低位貴族の令嬢だったが、家が没落し、領地は国に返上。学園は中退し、家族共々平民になったらしい。
彼女は、夜の酒場でホステスとして働いていた。見た目の美しさで人気があるらしかった。
ウェズリーは学園時代の自由や楽しさを思い出し、彼女を自分のモノにしたくなり、再びアリスンと付き合い始めた。
アリスンは貴族に戻りたいらしく、ウェズリーとの結婚を望むが、ウェズリーは次男。継ぐべき爵位もない。
困った彼は、兄がいなくなればいいのに、と軽く考えた。
だが、自分で動くつもりもなく、誰かに依頼するのも面倒だったウェズリーは、自領に湧く、魔の森に発生する魔獣を使い、兄を襲わせようと考えた。
あとはどう呼び出すかだが、今月は丁度、婚約者のホリーと辺境から私兵などが視察にくる予定だ。しかも数日滞在するらしい。
ことを起こすなら、その前が良いだろう。
そして運良く、その前日にアーノルドは自身の専属の執事と共に、生活ががらりと変わってしまった領民たちのケアのため、領地内を回ることになった。
ウェズリーはこの機会を利用し、魔の森付近でトラブルに見舞われ、助けを求める嘘の情報を兄に魔動通信機で伝えた。
さすがにうまくいくとは思っていなかった。
明らかに嘘くさい話だし、兄だって本当に信じはしないだろう。
第一、問題児の自分を助けになど来ないだろう。来ても別の誰かを遣すだろうと思っていた。
だから、失敗しても別に良かった。
ただ、自分と違い、優秀で人望もある兄が、少しくらい酷い目に遭ったらウェズリーはしばらくの間愉悦感で楽しく過ごせるだろうと思った。逆に失敗したときの言い訳まで考えていた。
だが、不幸にもウェズリーの杜撰な計画は成功してしまった。
ウェズリーは兄のアーノルドの家族愛を見誤っていたのだ。
連絡を受けた兄はちょうど近くにいたらしく、執事を先に帰し、魔の森の様子を見てから帰ることにしたようだ。
そして単身、魔素発生地帯に様子を見に行き、そして本当に発生していた魔獣に襲われ、帰らぬ人となってしまった。
ウェズリーもさすがに震えたが、これですべてが自分のものになり、アリスンと結婚して幸せになれると考え直し、ただ喜んだ。
だが、スノードロップ侯爵家の後継ぎが、どれだけの責務を背負っており、どのような立場かなど考えもしなかったのだ。




