◇エヴァンside②
◇
「愛人、ですか? ご子息の奥様の?」
ということは、アーノルドの妻になった人の、だろうか?
エヴァンは意味がわからなかった。
素行が悪いので、別れるための理由付けでもしたいのだろうか?
いや、でもアーノルド様の相手は聖女を多く輩出している、西の辺境伯のご令嬢だったはずだ。そう言った噂は聞かないが……。
「その、アーノルド様の、ですか?」
「いや、アーノルドは死んだ」
「え?」
ここ数年、エヴァンは他国で活躍することが多かった。
理由は実力を買われ他国の冒険者ギルドに協力を依頼されたのと、この国より強靭な魔獣のいる国で自身の実力を上げたかったからだ。その為、自国へは殆ど帰っていなかった。
そして今回帰ってきたのは、仕事がひと段落して暇になったので、ほとんど使っていない借家の契約を解除する為だ。そのついでに現侯爵に挨拶をしたところ、この話を持ちかけられた。
そんなわけで、エヴァンはスノードロップ侯爵家の、詳しい事情を知らなかった。
もちろん、スノードロップ伯爵領に魔の森ができている事は知っていたので、自分に何かできる事はないかと思って現侯爵に接触したのもあるが、流石にこの申し出は驚いた。
「すみません。知らなかったとはいえ、無神経なことを」
「いや、いい。君はこの国を離れていたのだ。無理もない」
「しかし、知ろうと思えば知ることができたことです」
「君は、真面目だな……」
そういって、疲れたような諦観したような表情を現侯爵がする。
「え?」
「いや。それより、どうかな? 愛人の件」
「え? ええと……」
現スノードロップ侯爵の説明では、アーノルド亡き後次男のウェズリーがその後を引き継ぎ、兄の婚約者とも彼が結婚することになった。
しかし、ウェズリーは彼女に向き合わないどころか、結婚してからも愛人のもとに通い続け、しまいにはその愛人が侯爵夫妻とウェズリーの妻を襲ったという。
その妻が治癒魔法が使えたため死者は出なかったが、流石に怒った妻がウェズリーを拒み、子供ができても大丈夫な相手の愛人を持ちたいと言い出したそうな。
「我が血縁のものなら、子が出来ても問題はないしな……」
「ええ……」
エヴァンは困惑したと同時に、ウェズリーの妻になってしまった女性に同情した。
アーノルドならまだしも、ウェズリーが相手では苦労するだろうし、実際しているようだ。
しかし夫から冷遇された上、愛人によって命を脅かされたのなら、まあそうなるかと納得もした。
「しかし、オレは平民の出ですよ? それは大丈夫なんですか?」
「少なくとも、女遊びしかしていないアレよりは、S級冒険者をしている君の方が何百倍もマシだ。私の正式な弟でもあるしな」
「あ、ありがとうございます」
確かにエヴァンの父は現侯爵と同じだ。
しかし、いざそう言われると、年が離れ過ぎていて、微妙な気持ちになってしまう。
「それに、愛人にならなくても、君には我が領地に発生した魔の森の管理に協力してほしい」
「それについては、喜んで協力させていただきます」
エヴァンは、ようやく恩返しができると思った。
愛人の件は、とりあえず保留。もしなるとしても、なんやかんやと躱し、形だけ。白い愛人関係にしようと思った。
恐らくこれは、夫への意趣返しだ。
それなのにこちらも夫と同じ事をしては、妻側が不利になるだろう。
あと、エヴァンは自分が結構、恋人に執着するタイプで、一度でもそういう関係になってしまうと、歯止めが効かなくなってしまうという事を最近わかってきた。なので確実に厄介なことになる。愛人関係でも相手を逃したくなくなる。
この感情は厄介で自分でもどうにもできず、それで何回も女性に振られてきたのだ。
尤も、自分の父親のしてきたことと、学生時代のウェズリーの愚行を反面教師にしているので、ひどい事はしていない。ただ、どうしても重くなってしまうのだ。
その後、とりあえず顔合わせだけでもということで、エヴァンはスノードロップ侯爵領へと向かった。
そして、『運命の番』と出会う。
◆
──オレの、運命の番……。
初めは、愛人なんて冗談だと思ったし、断るか、どうしようも無い夫への意趣返しの形だけの愛人にしようと思っていた。
だが、目が合った瞬間、全身が、本能が、相手を運命の相手だと認識し、彼女の事が欲しくて欲しくてたまらなくなった。
挨拶も礼儀も自己紹介すらすっ飛ばし、気が付くとその唇を奪っていた。
相手が抵抗しないのを良いことに、本能の赴くまま彼女を貪った。
理性が必死に警告をしているのに、運命の番を認識した本能はそれを完全に無視。
頭の中は、運命の番に出会えた喜びと、そんな相手と繋がってることに悦を感じ、それだけが占めていた。
相手を自分で満たしたい。そんな思いだけが溢れ、理性を押し流した。
そうして気づけば、上等な寝室で寝ていた。
傍には運命の番。目にしただけで、いや、気配を感じるだけで愛しさが込み上げてくる。
かなり無理をさせたのか、ぐったりと眠っている。
そして冷静になった今、よく見れば彼女の体の至る処に自分が付けた痕があり、ベッドは長時間の行為の痕跡で大変なことになっている。
「……」
エヴァンは自分が、伴侶のある女性とそういう関係になってしまった事に一瞬青くなったが、激しい行為の内容を思い出し、次いで真っ赤になった。
エヴァンとて、こういった経験は初めてではない。
冒険者ともなれば戦闘の興奮を収める為にそういった店に通うこともあるし、恋人だっていた。
冒険者仲間の修羅場にも遭遇したことがある。
だから、この状況がまずい事を理解する。
運命の番については知っている。
獣人族の最も有名な祝福であり、時に呪いと称される性質だ。
運命の番に出会えた者は永久に続く幸せを与えられるといわれているが、運命の番により人生を狂わされる者も少なくない。
その為、運命の番との繋がりを断ち切る術式も作られたらしいが、獣人の国では今でも運命の番に対する信仰は色濃く残っているらしい。
エヴァンといえば、獣人の血を濃く引いているとはいえ、まさか自分にも運命の番との繋がりがあるとは夢にも思わなかったのだ。そもそも。純血の獣人すら運命の番に出会えることは一生のうちに有るか無いかなので自分に運命の番がいるとすら思っていなかった。
でももしいたら、とても紳士的に接触し、段階を踏んで親密になるだろうなと漠然と考えていた。
湧き上がる欲望など今まで培った理性で、抑え込めると。
だがまさか、こんなにも運命の番へ対する欲求が、執着が、欲望が、理性を簡単に失えるほど強力なものだとは思わなかったのだ。
──運命の番に出会った者は、番を安全な場所に連れ込み、蜜月を過ごす事により、番としての繋がりを強固なものにする。
その期間は、種族などにより異なるが、長ければ一ヶ月は番を離さないという。
エヴァンが見たところ、番と出会ってからそう日は経っていないように感じる。
それでも、エヴァンはヤッってしまった。
そもそも相手は人間だ。
人間が運命の番となる事もあるが、その場合、人間側はそれを認識出来る事は殆ど無いという。ならば、エヴァンは無理を強いてしまったのではないか?
これでは自分の父親と同じになってしまう……。
冷静になると、悪い事ばかりが浮かんでしまった。
(とりあえず、番が目覚めたら、謝ろう! それしかない!!)
エヴァンは極東出身の黒髪の冒険者から教わった、最上位の謝罪のポーズ、ドゲザを披露する事を決めた。
しかし、相手──ホリーが人間でありながらエヴァンを運命の番と認識していたと知ると、エヴァンは嬉しくなって舞い上がり、体を清める為に一緒に入った風呂でさらに燃え上がってしまい、結果二回目の土下座をすることになったのは秘密だ。
ホリーは少し怒っていたが、それでも笑顔で許してくれた。
エヴァンは一生大事にすると決めた。
だって、自分に家族ができるなんて、夢にも思わなかったから。