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お飾りの妻にするつもりが、夫の方がお飾りになった話  作者: 彩紋銅


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10/15

◇エヴァンside①

 ◆


 エヴァンの記憶にある母は、泣いているか怒っているか癇癪を起こしているかのどれかで、笑顔の記憶はほとんど無かった。

 いや、わずかに笑顔の記憶もあるが、すべて自分以外の誰かに向けられていて、エヴァンは母から笑いかけてもらった記憶が無かった。


 美しいというよりは可愛らしいという印象の母は、その見た目の通り誰かの庇護下にいないと、生きてはいけないような人だった。

 エヴァンの面倒を見てくれていた年老いた使用人が言うには、母は裕福な商家の家に生まれ、何不自由なく育ったという。

 そして世間知らずで純粋な彼女は、あっさりと前スノードロップ侯爵の毒牙にかかり、エヴァンを妊娠、そして出産した。

 生まれた子供は獣の耳と尻尾を持っており、明らかに獣人の血を引いていた。

 この国で獣人の血を引いている一族はスノードロップ侯爵家だけであり、そこの前当主はあらゆる女性に手を付けることで有名だったので、家族はすぐに特定し抗議をした。

 スノードロップ侯爵家はすぐ様、慰謝料を支払ったが、実父となった男は母に飽きたのか、バツが悪いのか、それ以降会いにも来なかった。

 だから、エヴァンは実父に会った事はなく、その顔は姿絵でしか知らなかった。


 エヴァンの母は普通の人間と違う見た目で生まれた自分の子供を愛することができず、ただ自分の身に降りかかった不幸を泣いて過ごした。

 

 このままでは、母の方が参ってしまうということで、自分の娘に甘い母の家族は幼いエヴァンの方を切り捨てることにした。

 こうしてエヴァンは孤児院に預けられた。彼が五歳の頃だった。

 なお実父から押し付けられた慰謝料は、孤児院への寄付金として使われたので、エヴァンの孤児院での待遇は悪くはなかった。


 そこでも見た目のことで揶揄されることもあったが、エヴァンはそれを上手く躱し、逆に孤児院の面々を手なづけた。

 以前は殴り合うような喧嘩に発展したこともあったが、獣人の血が濃く出ていたエヴァンは力が強かったため、このまではまずいと踏んだ院長が、獣人族と人間の違いを教え込み、今の状態に落ち着いた。


 腕力で御することができなくなったエヴァンは相手をよく観察し、その本質を洞察する事を覚えた。そして、どう対応すれば良いかを学んだ。

 それは後に冒険者として活躍する際に、大いに役に立ち、エヴァンは院長に感謝する事になる。その恩を返す為、冒険者として活躍する様になると、多額の寄付を行なっており、それは現在も続いている。


 彼が十五歳になると、現スノードロップ侯爵に保護された。

 なんでも実父である前侯爵が亡くなり、彼が遺した婚外子に遺産を分配するために奔走しているそうだ。

 最も一族の血を色濃く受け継ぎつつ、孤児院に預けられていたため、エヴァンは保護に至ったという。


 とは言っても、エヴァンは既に冒険者として自活している。

 今更保護も何も無いと思ったが、前侯爵の最後の子供であり、一族の特徴が色濃く出ているエヴァンを放っておく事はできないらしい。

 それに、今獣人の国とやり取りをしているスノードロップ侯爵家にとって、獣人の血が濃いエヴァンの存在は、後に役に立つかもしれないので、貴族としての教育を受けてほしいそうだ。

 学園にも通わせてくれるとの事で、学びの機会は多い方が良いと思い、エヴァンは現侯爵の申し出を受ける事にした。

 

 その後、冒険者は休業し、一時的にスノードロップ侯爵家の所有するタウンハウスの一つで暮らし始めた。

 そこで約一年間、貴族としてのマナーなどを一通り学ばされた。この年でマナーを学ぶのは普通の勉強よりも大変だったがなんとか習得。後に冒険者として貴族とやり取りする時に役に立った為、エヴァンは現侯爵にも感謝した。


 十六歳になると学園へ入学した。

 本来、学園は十五歳から入学して三年間学ぶのが一般的だが、家の都合や体調不良などの理由で入学が遅れる事も珍しくはない。

 入学後は学生寮に入り、スノードロップ侯爵家のタウンハウスは使わなくなった。


 ちなみに、養子になったオレガノ男爵家とは殆ど交流することはなかった。なぜなら、学費も生活費も殆どスノードロップ侯爵家が面倒を見てくれたからだ。

 どうやら、オレガノ男爵家も前侯爵の被害に遭っていたが、頑なに慰謝料を断っていたので、今回エヴァンを養子にする代わりに迷惑料という名目で、資金を押し付けたらしい。これには流石に何も言えず、男爵側は受け取るしか無かったようだ。



 学園に通い始めると、エヴァンは姿を変える魔術道具を身につけ、目立たない様にした。

 これにより彼の姿は、茶髪に焦茶色の瞳を持つ地味な一般生徒として周りには認識されるようになった。


 エヴァンが学園に入学した時、スノードロップ侯爵家の長男と次男が、それぞれ三年と二年に在籍していた。次男の方は、エヴァンと同じ年齢だった筈だ。

 保護された時に顔を合わせていたアーノルドには一度挨拶をしたが、常に忙しそうでそれ以降の直接の交流はなかった。

 しかし、季節の節目や進級した時などには、手紙のやり取りや祝い品をもらっていたので特に悪い感情は持たなかった。


 次男のウェズリーにも挨拶をしようとしたが、男爵家の養子ということで馬鹿にされた上、目の前で当時付き合っていた女子生徒といちゃつき始めたので、以降交流は持たなかった。

 彼とはこの時が初対面だったが、何故か既視感があった。

 後に、女遊びが激しい御仁だと知り、彼が前に見た前侯爵、つまり彼の祖父の若い頃の姿絵にそっくりなのだと気付いた。


 これが血なのか? と思うと同時に戦慄した。

 エヴァンはウェズリーよりも前侯爵と血が近い。なぜなら、親子だから。

 ならば、女好きの気質も自分に受け継がれているのではないか、と。

 だからエヴァンは女遊びはせず、女性を蔑ろにもしないと固く誓った。もし好きな相手が出来ても、絶対相手を裏切らず、浮気など一切しないと。

 

 そして皮肉にも、その後のウェズリーの行動は、エヴァンのその誓いを強固なものにしてくれた。


 ウェズリーの噂は直ぐに、一学年下の下級貴族のクラスにも回ってきた。もちろん、悪い噂だ。

 なんでも、彼に気に入られるとすぐ手を出されるとか、彼の誘いを断った下級貴族の令嬢が無理矢理致されたとか。

 流石にすべてが本当ではなく、逆に彼にフラれた令嬢が流したデマが殆どらしいのだが、火のない所に煙は立たない。彼が真面目にお付き合いをしていれば、そんな噂は出ないのだ。


 教員も注意はしていたが、相手は腐っても侯爵家。しかも、領地にトラブルが起き、心労が続く現当主や後継ぎのアーノルドを思うと、なかなか強くは言えなかったようだ。


 それでもアーノルドが在籍していた頃はマシだった。彼がストッパーになってくれたからだ。

 しかし、アーノルドが卒業し領地へ引っ込むと、ウェズリーはますます女遊びにのめり込んだ。

 同時期に本命で恋人だった令嬢の家が没落し、本人も学園を中退してしまったのがまずかった。


 彼の愚行は酷くなり、それこそ手当たり次第に誘いまくり、致しまくっていたらしい。

 幸いにも、エヴァンはその場面に出会した事は無かったが、免疫のない上級貴族の令嬢がその場面をガッツリ見てしまい、以降休学するという事件が起こった。

 結果、ウェズリーは停学、一足早く卒業となり、兄のアーノルドが迷惑をかけた相手に謝りに出向く事になった。

 卒業扱いなのは、せめてもの慈悲だったらしい。

 皮肉にも以前の悪い噂を、彼自身が体現してしまったのだった。

 

 エヴァンも何か出来る事は無いかと申し出たが、学生の本分は勉強と言われ、次の試験で良い成績を取る事を命じられた。


 エヴァンは兄弟でこうも違うものかと疑問に思ったが、流石に家族間の事に口を出すのは良く無かったかと思い直し、少し反省した。そして、次の試験では首席とはいかなかったが、十位以内には入れたので、良しとした。今までで最も良い成績だった。

 一応、アーノルドに報告すると、我が事の様に喜んでくれて、お祝いまで頂いてしまい、恐縮してしまった。

 多分、アーノルドとまともに顔を合わせて話をしたのは、それが最後だった。


 その後、地獄の期間が終わり、ウェズリーが卒業してからはとても平和な学園生活を送れたので、エヴァンは楽しい学園生活を送る事ができた。


 学園を卒業すると、エヴァンは冒険者として生きていく事を決めた。

 後継でない貴族の令息の進路といえば、どこかの家に婿入りするか、魔法の才能があれば魔法師団に、剣に自信があれば騎士団に、そのどれでもなければ文官となるのが一般的だが、そのどれもがエヴァンの気質には合わなかったので、冒険者となることにした。

 スノードロップ侯爵家も名前を借りているオレガノ男爵家にも、特に反対はされなかった。


 冒険者ギルドには学生時代にも世話になっており、時間のある時は簡単な依頼を受けたり、事務仕事の手伝いのアルバイトをしたりしていた。お陰で、冒険者を引退したらギルド職員にならないかと打診を受けるほどに、頼りにされた。


 そして冒険者としても、エヴァンは名を馳せる様になる。

 獣人の身体能力、子供の時に培った洞察力は魔獣討伐にも役に立ち、侯爵家の教育で得たマナーは、貴族とのやり取りを円滑にした。

 ウェズリーを反面教師にして、女性とのやり取りは節度を保ち、女性からの護衛の依頼でも信頼を勝ち取った。

 そうしてエヴァンは、この国で数えるほどしかいないS級冒険者となったのだった。


 それから六年ほど経った頃。エヴァンは現スノードロップ侯爵に、呼び出され、ある相談を受けた。


 それは、息子嫁の愛人にならないかという打診だった。


 

 

 


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