1 初夜はキャンセルされました
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「お前を愛することはない。この結婚は俺の本意ではないからな!」
子供みたいなことを言って、私を睨みつけるのは本日、私の夫になったウェズリー様。
「そうですか。ですが、私は貴方のご両親に恩義があります。故に離縁は致しません」
「ああ、そうか!」
そう言って、夫婦の寝室の扉を乱暴に閉めると、ウェズリー様は馬車でどこかへ出掛けて行ってしまった。
恐らく愛人のところにでも行ったのだろう。夜遅くだというのに、ご苦労なことだ。
彼の行動は、正気か? と詰めたいところだが、まだ被っている猫をぶん投げるわけにはいかない。
「はあ、ウェズリー様にも困ったものですね……」
本日、式を挙げて夫婦になったということは、今夜は初夜。しかし、彼にその義務を果たす気はないようだ。
まあ、私としてもあんな方とそういうことをしたいとは思わないので、それは良いのだが……
「とりあえず、明日にでも義父様と義母様に報告しておきましょうかね」
私は、ベッドに潜り込むとさっさと寝た。
明日から忙しくなるので、ゆっくり休めるのは正直、ありがたいのだ。
◇
私、ホリー・リューココリネは西の辺境伯の令嬢として生まれた。
家族は両親と姉が二人いる。
長女は西の辺境の跡取りとして辣腕を奮い、次女は王都で聖女として神殿に所属している。
家族仲はそこそこ。良くも悪くも貴族の家族といったところ。
領地は国境でもある魔の森に接しているので、魔獣との戦闘は日常茶飯事。
その分、魔力資源は豊富なので財政的には潤っている。
ちなみに不法入国者は、ほとんどいない。
隣国との間にある魔の森が過酷すぎて、そこを通り抜けられる人がいないからだ。
もし、抜けてきた人がいたら、かなりの実力者なので、辺境で働いてもらえるようスカウトするレベルである。
そして私が嫁いだのはスノードロップ侯爵家。
歴史ある貴族の家で、この国では珍しく獣人の血を引いている一族だ。
白銀の髪と、縦に長い瞳孔を持つ青い瞳がその特徴だとか。そしてごく稀に、獣人族の特徴を持って生まれて来る者もいるそうだ。
また、獣人国にとってなんの旨みもないこの国と友好関係を築けているのは、スノードロップ侯爵家があるからで、この家が衰退すればそれもなくなる可能性がある。
だから、国で重要なポストに就いていないからといって、蔑ろにできない家なのだ。
スノードロップ侯爵領は、貴族社会での発言力がそこまで強くない。加えて、最近、領地内に魔素発生地帯ができてしまい、領地の安全性が揺らいでおり、近年の税収もあまり良くはない。
緊急事態なので、ここ数年は色々免除されているが、それでも厳しい。
つまり、西の辺境伯家がスノードロップ侯爵家と縁付いても、我が実家には特に旨味はない。
むしろ私という戦力が一人欠けた上、魔獣・魔物と戦う術のなかったスノードロップ侯爵領に戦い方の指導や討伐への協力まで行っているので、我が家の方が割りを食っている。
そんなスノードロップ侯爵家に、私はあえて嫁いできた。
理由は、我がリューココリネ辺境伯家がスノードロップ侯爵家に大恩があるからだ。
夫になったウェズリー様にではない。彼の両親とその兄アーノルド様に。
昔、我が領地に隣接している魔の森で大規模魔獣災害が起きた。
それ自体は数十年周期で起きるので対処は難しくないが、その年は『魔物』も同時に大量発生してしまった。
魔獣と魔物は違う。
魔獣は魔の森などの魔素発生地帯で魔素の影響を受け、魔力を帯びた既存の動植物が変異したモノなので、普通の攻撃や魔法などで倒すことができる。
体内から魔力が結晶化した魔力石が取れたり、角や革などはさまざまな道具や武器の素材にもなるので、魔の森を持っている領地は危険と隣り合わせではあるが、こういった魔力資源で潤うので管理さえしっかりすれば良い財源となる。
しかし、魔物はそうではない。
魔物は瘴気から生まれる。
倒しても死体は消滅してしまうので、魔力資源にはならない。それどころか魔物は瘴気を運び、死んだ場所はその瘴気で穢れてしまう。
それだけリターンもないのに、触れただけで瘴気に侵されるので、倒すのも一苦労。
そのままにしておけば、穢れが溜まり、新たな瘴気が発生する。
濃度が濃くなれば新たに魔物が発生してしまうという悪循環が起こる。
瘴気は人やその他の生物にも悪影響を及ぼし、最終的には死に至らしめるこの世界に染み付いた呪い。
なので、瘴気は浄化する必要がある。
『浄化ができる』のは聖女だけ。
とはいえ、聖女そのものは珍しい存在ではない。
聖女自体は職業として確立し、神殿が管理している。
大昔に始祖たる聖女神が世界各地で血を分けたおかげで、聖女自体は各国・各地で十分過ぎるほど存在しているし、我が国にも、浄化能力を持つ聖女なら相当数存在している。
しかし、当時は我が領地以外でも国内の至る所で瘴気が発生し、各地の聖女たちはその対応に追われた。我が領地にも専属の聖女は数人いたが運悪く、そのほとんどを、他領の瘴気浄化支援のために派遣していたので、浄化が間に合わなかった。結果、多くの者が瘴気に倒れた。
私一人では、どうにもならなかった……
魔獣や魔物は倒したが、瘴気だけは聖女でなければ浄化ができない。
あとは、聖女の浄化の力を付与した浄化薬があれば、少なくとも人間の穢れは浄化できる。しかし、高価な上在庫が少なく、我が領地でも数本しか在庫がなかった。
そこで、駆けつけたのがスノードロップ侯爵家の方々。
ご長男のアーノルド様は学生時代から獣人国と交流を続け、人脈を築いていたらしい
その人脈を頼り、獣人国や魔王国から浄化薬を確保してくださったのだ。
スノードロップ侯爵領に転移ゲートが設置されていたのも、大きかった。
それで、西の辺境へもすぐに向かうことができたのだという。
おかげで、死傷者は最低限に抑えられた。
だから、私たちリューココリネ辺境伯家はスノードロップ侯爵家の人々には恩がある。
そして私の使命は、スノードロップ侯爵領にできた魔の森の素である魔素発生地帯を制御し、できれば魔力資源に繋げること。
うまく管理できないと、澱んだ魔素から瘴気が発生することもある。
まあ、そのあたりは私がいればその辺りは大丈夫でしょう。
何かあれば、私がなんとかすればいい。
でも、ウェズリー様といい関係を築くのは難しいだろう。
ああ、本当はウェズリー様のお兄様である、アーノルド様と結婚するはずだったんだけど……
人生は、ままならないものなのだな〜。
私は、優しいアーノルド様のことを思い出し、少し泣いた。




