17「決闘①」
そして決闘の日が訪れた。
「今の君なら古代の戦場でも高確率で生き残れるだろう」
リラの後ろを歩く仮面の少年が言う。
「マリオに勝てると思う?」
「簡単じゃないけど、可能性は十分ある」
マリオは強く、リラの訓練は完成していない。
可能性は十分というほどではないと思う。
けど、それでも気持ちで負けたらおしまいだ。
「ありがとう。ぶちのめすわ」
◆◇◆◇◆◇
屋敷の庭の小道を歩いていくと大きな屋根が見えてくる。数本の大きな柱に支えられた屋根だけがある吹き抜けの空間。足元は柔らかな土が平らにならしてある。フォルトゥナの武闘場である。
審判を務めるフォルトゥナたちはその場に来ていて、隅にある舞台で談笑していた。他にも単に見物しに来ただけの一族もいた。その中には司書の老人の姿もある。
決闘に参加する求婚者は、脇にある待機場で身体をほぐしている。二人。それが残った数だった。競い合う場ではない。潰す場なのだ。強者だけが残っている。リラが武闘場に足を踏み入れると二人がリラに目を向ける。それぞれ意志を込めて見つめてくる。そのどちらとも目を合わせることなく、リラはまっすぐに中央奥の高座に向かった。
リラの姿に見物人がざわつく。本来、花嫁は着飾ってくるものだが、リラの姿は完全に普段着の強いて言えば運動用の格好だ。そして決闘の法で許されている限りの武具、すなわち脚絆、手甲を身に着けている。リラは指定の場所に着くと、座ることなくウォーミングアップを始めた。
裁定者の少年はその隣に静かに立っている。
「リラ、その姿はどういうことですか?」
詰問してきたのは審判を務める家宰のフォルトゥナだ。
「この場にふさわしい衣裳ですが何か?」
「……あなたはもう子供でもなく、フォルトゥナ候補でもないのですよ」
「だから?」
「着替えてきなさい」
リラは正面から見返した。
「断ります。そもそも着飾れなんて法はありません」
フォルトゥナは困惑しているようだった。
「全てが書かれている訳ではありません。常識です」
「そんな常識知りませんね」
「リラ!」
にらみ合う二人に声をかけたのは司書の老人だった。
「マヌエル、もう開始の時間だ。みな、待っているぞ」
◆◇◆◇◆◇
リラの服装への指導を諦めた審判役のフォルトゥナは、決闘婚の儀式を始めた。
準備を終えたマリオとマランドロは決闘場で相対している。
決闘の趣旨を読み上げていく口上が終わると、決闘開始の合図が鳴り響いた。
戦いは静かに始まる。
マランドロは二メートル近い身長の偉丈夫だ。
一見すると細身とも感じる肉体には、身長にふさわしい筋肉が搭載されている。腕力でもこの世代で上位だろうが、マランドロの凄味は、その巨体を感じさせない機敏な動きにあった。サッカーやバレー、バスケットボールではいつもヒーローだった。今は、白いスーツにカラフルなシャツの伊達男というスタイルで、悠々と舞台に上がる。まっすぐな背筋で歩くその姿はあまりに美しい。
対するマリオも十分に大柄なのだが、マランドロと並ぶと頭一つ分低く、どこか小さく感じる。
しかしそのずんぐりむっくりとした身体の厚みはマランドロ以上で、単純な筋力ならばマランドロにも劣らない。子供たちの間でのレスリング大会では、マランドロと共に最重量級で参加していたが、ほとんどチャンピオンの座を譲ったことはなかった。技、戦術、戦略、その全てで、マリオはマランドロを完全に上回っていた。
そもそもマランドロは馬鹿で勉強が苦手だったが、マリオはいつもトップだった。マリオは格闘技の興行のように、ド派手な衣装で入場してくる。きらめく金や銀の刺繍で竜の絵柄をあしらった上着は悪趣味を通り越して、異質な威圧感を漂わせていた。
二人はゆっくり歩むと、示し合わせたように三メートルほどの距離で足を止める。マランドロはダンサーのようにポーズを決めており、マリオは腕を胸元で組み、ふんぞり返った。
「本当に間合いの一歩外で足を止めた。どちらも隙だらけ。あれでかっこいいと思ってるのかな」
リラは呟く。隣の少年がたしなめるように言った。
「言っただろう。これが『鏡』を使う者同士が戦う場合の定石だ。愚かに見えるが、片方がこの形で来たら、もう片方も同じ形で対応せざるを得なくなる」
「それは分かってる」
「目を離すな。この勝負は一瞬で決まるぞ」
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