16「特訓の日々④」
「『軽身』の強みは移動速度と持久力でしょ。身体が軽いから素早く動けるし、全然疲れない。『祝福』は、今の私は身体を頑丈にしたりはできないから、とりあえず反応速度が強み。今回の決闘みたいに近距離で一対一でやり合うなら、ものすごく有利になる」
「弱みはどうだ?」
「あんまり思いつかない。派手さはないけど、弱点もない能力だと思う」
「……そうか。ではこの二つの力でどう勝つ?」
「フェイント混じりの素早い動きでサイドに回り込んで、反撃しにくそうな方向から接近。速度の乗った先制攻撃を入れた後は、反撃を反射速度で潰していく。掴まれそうになったら一度引いて、撹乱からやり直し。この繰り返しなら……」
そこまで言って、リラは少年の意図を悟る。
「……思ったよりも難しいんだ、勝つのが…… 言いたかったのはそういうこと?」
少年は頷く。
「そうだ。初期のフォルトゥナには強敵と正面から戦う時に、それ一つで相手を仕留められる安定した大技がなかった。一撃離脱の立ち回りに徹すれば負けることはないが、立ち止まって勝とうとすると途端に難易度が高くなる」
「反射速度差で勝つにしても戦闘技術だけで競り合えるぐらいにはなっておかなくちゃいけないってことね」
少年は首を振る。
「それでいけるのは相手が人間だった場合だけだ。当時の強者―― 炎や雷を放って数十人をまとめて黒焦げにできるような半神たち、その半神や怪物を討った一撃必殺の暗殺者たち―― 彼らの火力は現代の銃や大砲、場合によってミサイル、空爆に匹敵する。力を受け継いだ時点で、そいつが凡才だろうが、槍や弓で戦う人間に正面からの戦闘で負けるようなことはまずない。そういう奴らから見れば、フォルトゥナは逃げ足が速いだけの人間、つまり戦えば簡単に倒せる存在でしかない」
「でも最後にはその暗殺者の天敵になったんでしょ?」
「その通り。その原動力となったのが、東欧を転戦していた時期に受け入れた一族が持っていた三つ目の力だ。持ち主の一族はその力を『威圧』と呼んでいた」
「『威圧』……」
これまでの二つと違って、恐ろしげな響きの名前だった。
「非常に難解な構造の力で、持ち主の一族も含め、当時の誰もその本質を理解していなかったが、ただ使い方と性能だけは分かっていた。目に見えず、決して避けられない威圧の呪いを、戦っている間だけ、敵集団に対して一度だけ、敵の姿を見るだけで打ち込み、一瞬だが意識を朦朧とさせる技だ。この力は直前に敵の姿を把握していれば、発動時には直接目で見ている必要はなく、発動すれば集団全体に効果があり、そして敵の集中力を低下させた分だけ、自分の集中力に上乗せできるという代物だった。集団の端の方の敵には効かないこともあるが、狙いの中心となった者はまず抵抗できない。この力の最大の長所は、複数のフォルトゥナが同じ対象に何度も重ねて発動できること、そして意識が朦朧としている間は、半神たちの権能の意識的発動を一時的に阻害できることだ」
「視界に収めた相手の権能を一瞬だけ使用不能にできて、フォルトゥナが複数人いれば人数分だけ効果時間を延長できるってこと?」
「権能の意識的発動を阻害するだけではなく、身体を動かすこと、頭を働かせることも阻害できる」
「受けるとどんな感じなの?」
「絶不調という感じだな。風邪で重症になった時に似ている。めまいがしてまともに歩くことも、考えることもできない。頑張れば動けないことはないが、思った通りにはまず動けない。そのテンポのずれのせいで動いた方が大きな隙をさらすことになる」
「控えめに言って最強じゃない?」
「そこまでじゃない。欠点も多いんだ。だが少数で行動している半神なら、四倍程度の人数で囲めば、何もさせずに討ち取ることができるようになった」
「十分強いと思う。……こういう力って昔は結構たくさんあったの?」
「そこまで珍しいものじゃないが、大半は戦場では役に立たなかった。フォルトゥナの強さも、先制攻撃をかわせる距離で『威圧』を使った後、短い効果時間の内に敵に刃を突き立てられる位置まで接近できる『軽身』の移動速度があってこそ成り立つものだからな」
「現代なら、射程長めのライフルと『威圧』だけでも、それなりに戦えそう」
「それは、そうだろうな。フォルトゥナたちも同じ判断をしているようだ」
「そうなの?」
「しばらく観察していたが、今のフォルトゥナは三つの力のうち、『威圧』しか持っていない者が多い。かなり少数だが『威圧』と『祝福』の二つもいる。だが『軽身』を持っている者はまだ一人も見ていない。たぶん権能習得の優先順位が、第一に『幸運』の力、第二に『威圧』、第三に『祝福』という順になっているんだろう」
「『軽身』で月面歩行ごっこするのは楽しいけど、街中で跳んで移動するのって目立つだろうし、あんまりお行儀がよくない気がするし、使えるところが結構限られそうだものね」
「山あり谷あり川ありの荒野を進むには『軽身』も便利なんだが、街で人に混じって行動するには、確かに目立つ。当時のフォルトゥナも、『威圧』を手に入れてからは戦場では第一にこれを頼りにするようになった」
「そうなるよね。強いし」
少年は目を細めた。
「俺はこの力をフォルトゥナの血に取り入れることには反対だった。今でも遅くないから捨ててしまった方がいいと思っている」
「強いのに?」
「相手の力を奪い自分のものにする系統の権能、俗に言う『精気を吸う』系統の権能は、発動に直接的な快楽が伴うことが多く、持ち主を堕落させやすい。元々の持ち主も悪行を重ねていて、その恨みまで継承してしまう可能性もあった。当時の裁定者は反対したが、結局、フォルトゥナは残っていた器の空きを『威圧』で埋めてしまった」
気持ちよくなっちゃうんだ。
「それで、どうなったの?」
「その後も西へ東へ転戦し続けたから、元の持ち主の故郷から復讐者が来ることはなかった。一族の中にも『威圧』で楽しむ奴らは少なからず生まれてしまったが、戦ってばかりの日常だったから、派手な悪行になることはなかった。使い続けるうちに『威圧』自体も研究が進んでいき、最終的には、もう七百年以上前のことだが、より高度な発動方法が確立され、新たな名で呼ばれるようになった。……君にはその『威圧』改め『鏡』の使い方を学んでもらおうと思っている」