15「特訓の日々③」
翌日(二日目)――
「『軽身』を最低出力にできるか?」
「昨日の夜からずっとそうしてる。これ以上は下げられないんだけど、もっと下げろってこと?」
一時間おきにあの苦痛では寝ていられない。まだオフにはできないが、最小出力まで下げればコストも自然回復で足りるようだった。
少年はリラをしげしげと見ると頷いた。
「消費はほとんどないようだな。これ以上ないくらいの状態だ」
「やっぱり天才でしょ」
「『軽身』との相性に限ればそうかもしれない。だが次はそう簡単にはいかない」
「不老の力ね」
「そうだ。『祝福』も『軽身』と同じように取得と同時に勝手に起動するが、その初期出力は極小だ。実は今も起動している状態なんだが感覚は掴めるか?」
「だめ。分からない」
少年は肩をすくめる。
「最小出力の『祝福』は、普通の身体感覚とほぼ同質で、その中に紛れてしまうからな。力そのものをオンオフできるようになってから、オンオフを何度も繰り返して、感覚を見つけていこうと思っていたが……」
「どうすんのよ」
「次善の方法で進めることにしよう。少しばかり苦しい思いをしてもらうことになるが、後遺症が残るようなことをするつもりはないから安心してほしい」
リラは『軽身』の出力を上げ、逃げの体勢に入る。
「つまり、何をするつもり?」
「通常の身体感覚の伝達を妨害して『祝福』を発見しやすくする。まずは手からやってみよう」
◆◇◆◇◆◇
「ふー、ふー、ふー」
腕が重い。肘から先の感覚があいまいになっている。長いこと何かの下敷きにして、しびれた時の感じに似ている。分厚い肉に包まれているような、それが何倍にもなったような感じ。
痛みはない。でも違和感がひどい。気持ち悪い。吐きそうだ。頭が痛い。でもこれは……
「今、君の肘から先の腱や筋肉に神経からの命令はほぼ届いていない。だから君が指一本でも動かせたなら、それは『祝福』の感覚だ」
もしかして…… 感じたものに意志を送ると指がわずかに動いた。
「これって?」
少年はため息をつく。
「指先だけを軽くすれば、そりゃ浮き上がる。だが今必要なのはそれじゃない。『軽身』は最低出力のまま、それ以外の感覚を探してくれ」
「だよね」
◆◇◆◇◆◇
その状態で一時間ほど過ごすうちに、だんだん指が動かせるようになってきた。ただ何となく、普段とは別の感じがする。何も分からないのだけれど、普段よりもワンテンポ速く動いているような感じだ。動かそうと思った時にはもう動いている、みたいな。
それと割と無理が効いてしまう。
関節の限界なんて気にしていない感じでぐいっと動く。痛みをほとんど感じない状態なこともあるんだろうけど、気をつけていないと簡単に怪我をしてしまいそう。
「さすがだな…… どうだ? 感覚は掴めてきたか?」
「思い通りに動かせるようにはなったかも」
五本の指に違う動きをさせてみる。今の自分にできる最高速度でやってみたが、指が残像を残しながら、しゃかしゃか動いている姿は、想像以上に気持ち悪かった。
「……君は本物の天才かしれないな」
「やっぱり?」
少年は目を細めた。
「だが右手の操作ができるだけでは何の役にも立たない。右手が終われば次は左手、それから足、腰、胴、首、顔、呼吸、血流と進んでいこう」
◆◇◆◇◆◇
そして夕刻――
「呼吸までは何とかできたけど…… 血流ってどう操作するの?」
今では全身がまともに動かない状態でも『祝福』の感覚を経由すれば自在に、元の状態よりも鋭く動くことができた。でも最後の血流の操作は難しすぎて、いつかはできそうな気はするけれど、今すぐにはできそうにない。
「あれは…… 君の才能にあてられて、過大な目標を口にしてしまっただけだ。短期戦に対応するだけなら、呼吸までを『祝福』で掌握しておけば十分すぎる」
「そうなんだ。じゃ『祝福』は完全習得ってこと?」
少年は目を細める。
「本当のゴールはまだ遠い。この後は、もっと緻密な、血流から始めて、毛細血管、内臓、脳に至るまで肉体そのものを意識して操作できるようにならないといけない。そして精密化したその操作能力で身体を作り変えていくのが最終段階だ。でもそれは後回しにしよう。今日繰り返した感覚遮断は身体にかなりの負荷をかけている。覚えた技術も全て身体を酷使するだけのものだ。今日はもう『祝福』は意識的に使わないように。あるがままにしておけば身体の修復を優先して働いてくれるはずだ」
「分かった。しっかり休む」
「じゃ感覚遮断を解くぞ」
その瞬間、重い痛みが全身を襲う。
「な、何、これ……」
「筋肉と腱が悲鳴を上げているんだ。『祝福』で強引に操作したツケだな。次はもっと身体を傷めないように動かすことだ」
どこもかしこもシクシクと痛むが、全開で動かした指が一番痛かった。
◆◇◆◇◆◇
翌日(三日目)――
「調子はどうだ?」
「思ったより動けて驚いてる」
「それが『祝福』の本領だ。普通の覚え方では、こちらの方が先に使えるようになる。身体の強度や回復速度を上げる力も、この方向を訓練していくことで身に着けられる」
「昨日の方法は邪道ってこと?」
「邪道なのはその通り。だが、身体操作の補助としての性質は、あれで戦いの役には立つ。短期決戦で使うなら、身体操作の習得を優先した方がいい」
「文句はないわ。その通りだと思うし」
確かに『祝福』使用時は、考えてから動くまでのタイムラグにかなりの差が生まれる。この差は勝敗を分ける差だ。
「それで今日はどうするの?」
「三つ目の力の訓練をする予定だが…… その前に、これまでに得た二つの力について君の意見を聞いておきたい」
「意見?」
「もし君が『軽身』と『祝福』の二つの力だけで戦うことになった場合、何が強みで、何が弱みだと考えるか。それを踏まえて、どう勝ちに行くか。まずは現状での、君なりの展望を教えてほしい」