14「特訓の日々②」
「この三つの力のうち、最も古いのは自分自身と手元にあるものの重量を軽くする力だ。フォルトゥナはこれを『軽身』と名付けた」
「劣化した天人の力ね」
「雲海の上を飛ぶ神々には及ばずとも、地を駆ける西風もまた善きもの。『軽身』には『軽身』のよさがある。使いこなせば一番楽しい力だ。俺が保証しよう」
「別にけなしてないから、プレゼンしないで」
「……分かった」
少年は続けた。
「次に得たのがケルティベリアの王族が代々受け継いできた健康を保つ力。ホアキンは助けた王女を通じて契約を得た。ケルティベリアの人々はこれを『祝福』と呼んだ」
「不老になる力ね」
「最初に言っておくが、老化を完全に止められるのは眠っている間も力を制御し続けられるような一握りの達人だけだ。契約しただけでも人よりは長く生きられるようになるが、まあ、あまり期待はするな」
やっぱり誇大広告だったのか。
「期待してないから」
ちょっと期待してたけど。
「それなら安心だ」
少年は続けた。
「この二つがフォルトゥナの力の基礎だ。まずは『軽身』、そして『祝福』に入門してもらう」
少年は一枚の紙とカッターを取り出す。
そこには試験の模様に似た何かが書き込まれていた。
「これは君にかけられた封印を解くものだ。解かれると同時にまず『軽身』が、そしてストレージに余裕があれば更に『祝福』が君のものになる。使い方は分かるか?」
リラは指にカッターを当て、小さく切る。
「もう一度試験を受けられるなんてね」
喜びが湧き上がる。
痛みは気にならなかった。
岩に紙を乗せる。
座ると血で模様をなぞる。
半分をなぞり終えると血が泡立ち始める。
試験と同じように身体の中に何かが生まれていく。
更に文字をなぞる。
最後までなぞり終える。
模様の全体が泡立つ。
そしてしばらくすると熱は冷め、血は静まり返る。
「これって、成功したの?」
「成功だ」
「何も感じないんだけど?」
「力を得た後の最初の難関は、そもそも力を認識するところだからな。感じることができなければ操ることもできない」
「……本当に成功したの?」
「立ってみれば分かる」
言われるままに腰を上げ、そして理解する。
身体が軽い。軽すぎる。普通に立ち上がったら、そのままジャンプしてしまいそうだ。
「これが『軽身』!」
成功している。はっきり分かる。
「すごい!」
「『軽身』はいい力だろ? これが一生ずっと使えるんだ。最高の気分だと思わないか?」
「そうね」
この身軽さがあれば何でもできそうだ。
「それじゃあ最初の訓練だ」
「最初の?」
「『軽身』を自分の意志で止めるんだ」
「え?」
身体が軽くなっているのは分かる。分かるけど。でも自分で軽くしているという感覚は何もなかった。当然、止め方なんて分からない。
「どうやって?」
「今、君は『軽身』を最大出力で使っている。天人は眠っている間も無意識で力を使い続けることができた。『軽身』もその性質を受け継ぎ、使用者の意志にかかわらず、エネルギーがある限り働き続けるようになっているんだ。だが今の君にその出力を維持し続けるほどのエネルギーはない。どうにかして止めない限り、五分もしない間にエネルギーが尽きて、君は地獄の苦しみを味わうことになる」
「欠陥品! 欠陥能力でしょ!」
「そんなことはない。水道の蛇口と一緒だ。開いていれば水は流れ続けるが、閉めてしまえば水は流れない。そして一度、自分の意志で閉めた状態にしてしまえば、自分で開くまで勝手に開くことはまずない。だからとりあえず何とかして閉めるんだ」
「何かヒントはないの?」
「まずは自分でやってみよう」
「教師か!」
「今は俺が教師だよ」
クソガキが! 調子に乗りやがって!
とりあえず目を閉じる。手で瞼を覆ってみる。次に耳を塞いでみる。鼻をつまんでみる。何か普段と違う感じはないか?
……。……。……ない!
分からない。分からない。
「時間だ」
その瞬間、身体が重くなる。同時に凄まじい違和感が身体を襲った。苦しいとか痛いじゃない。気持ち悪い。そうだ。めちゃ気持ち悪い。くらくらする。何これ。
「それがエネルギー切れの感覚だ。とは言っても完全に使い切った状態ではなくて、身体がそれ以上の消費を拒否している状態だがな。三十分もしたら回復するから、それまで休憩にしよう」
◆◇◆◇◆◇
もう何回繰り返しただろう。最低の気分だ。
でも、なんとなく分かってきた。
この修行には確かに意味がある。
エネルギー切れと回復を繰り返す中で、『軽身』はオンとオフを繰り返している。
大事なのはエネルギーが切れて止まる瞬間、そして回復して勝手に動き始める瞬間だ。
どこでそれが起きているのか把握できれば、自力でこの力をオンオフできるようになるということなのだろう。
でも分からない。
身体が軽くなったり、重くなったりするのは分かる。でもそのたびにオンオフされているというスイッチが分からない。
うう、気持ち悪い。強制的にオフになる時の感覚は控えめに言って最悪だった。何度繰り返されても慣れることなく、最低の気分にしてくる。
だがそれでもオンになっている時の解放感は最高だった。五メートル近い大岩も一歩で飛び越える。斜面も苦にならない。木の枝を足場に森を駆ける。さすがに海の上は走れなかったが、砂の上や柔らかな草地も固い地面と同じように走れた。
これが『軽身』。私は風だ!
◆◇◆◇◆◇
夕刻――
「半日で『軽身』の使い方にここまで習熟するとは…… それだけのことができて、なんで停止ができないんだ……?」
「だって分からないし」
空中でくるくると回りながらリラは答える。もはや半ば飛行の域に達している。少年は自力飛行は五分が限界だと言っていたけれど、その場で浮くだけならもうすぐ五分を超えてしまいそうな勢いだ。
「というか、だんだんエネルギー切れしなくなってきてない? 覚えなくてよくない?」
繰り返しているうちに、エネルギー切れまでの時間も伸びてきているように感じる。最初は三分だったのが、今では三十分まで伸びてきている。
「そいつは『軽身』を精密にコントロールできるようになって消費が減ったからだ。とは言っても、飛行に近い出力で、ここまでコストが落ちるのはそうあることじゃないが……」
「そうか。あたしは天才だったか」
少しだけそんな気はしていた。マリオにだって、マランドロにだって体格が同じなら負けないんじゃないか。負け惜しみみたいで口にしたことはなかったが、実はそんなことを思っていたのだ。
「自分の力を止めることさえできない奴が天才な訳がない。ただ運よく、それを補うものを持ってたってだけだ」
「厳しい」
「オンオフを自力で制御する技術は基礎の基礎、不可欠すぎて、それなしの実戦なんて考えられない。どれだけ時間がかかっても習得してもらう。だができないなら、仕方ない。今は後回しにして、長所を増やそう」