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12「リラの困りごと②」


 フォルトゥナになれなかった者の立場。

 フォルトゥナになれた者の特権。

 女を手に入れるための規則。

 リラの話を聞いた少年は笑った。


「かつてのフォルトゥナはその制度を決闘婚と呼んでいた。古くからある慣習だ。あの頃は誰にとっても損のないルールだった。男も自分より強い奴に負けたのなら納得できるし、女も強い男が好きだったし、強さは地位と豊かさにもつながっていた。だが商談をまとめて金を稼げる奴が偉い時代に、腕っぷしが強いだけで乱暴な奴なんて願い下げだよな」


「別に、お金は稼げなくてもいいし、弱くてもいいけど、いやな奴とはいや。偉そうな奴もいや。それだけなの」


 少年は肩をすくめる。


「とりあえず手を上げた奴はどいつも気に入らないって訳か。そうか! さっきの少年もその一人ということか。確かにあれは…… 戦士としてはともかく、夫としての魅力には欠けていたな」


「わがままなのは分かってるけど…… 外にはこんな決まりないんでしょ」


 少年は少し考えると言った。


「そういうことなら手助けできるかもしれない」


「外に連れ出してくれたりするの?」


「直接手を出すことはしない。だが助言をすることはできる。……規則の詳細について確認したいんだが、現在のフォルトゥナ家法集がどこにあるか知っているか? 昔は写本を幾つか常に保存していたんだが、今はどうしている?」


 フォルトゥナ家法は学校で学ぶものだから教科書が存在している。少年は、リラがもってきた紐で綴じられた紙束をしばらくめくり続けた後、首を振った。


「簡略化版か。原本が必要だな」



 ◆◇◆◇◆◇



 リラは客間を出ると、少年と共に書庫に向かった。書庫は、フォルトゥナの執務棟の隣に設けられている。最近の調べ物はパソコンで検索すれば済むことも多いが、重要な統計や理論書は紙媒体しかないものもまだ多い。

 窓の少ない三階建ての建物にはまだ照明が灯っていた。


「八時までだから急いで」


「すぐに済む」


 中に入ると、閉館の準備をしている司書の老人が近くにいた。彼はリラが物心ついた時からずっと老人だった。高位のフォルトゥナだったというが、もう役職を引退してからの方が長くなってしまったほどで、いつまで元気なのか、子供たちからいつも不思議がられていた。


「リラか、こんな遅くに何の用だい? 隣にいるのは白い杖に白い仮面…… 裁定者だね。どうかしたのかい?」


「この人が、今のフォルトゥナ家法の原本が見たいって言うんだけど、見せてもらってもいい?」


「フォルトゥナ家法集をかね。物好きもいたものだね。構わないよ。隠すようなものでもありがたがるようなものでもない」


 老人はするりと本棚の間に入り込んでいくと、すぐに本を片手に戻ってきた。ハードカバーではないけれど背表紙はあるタイプの少し安っぽい作りの本だった。


「巻物じゃないんだな。それに活字だ」


 受け取った少年はぺらぺらとめくっていく。


「舐めないでくれ、裁定者。今更、巻物に手書きだなんて、そんな懐古趣味に興じるフォルトゥナはいないよ」


「悪かった。法廷を開くたびに、家宰がうやうやしく広げる巻物ってのを、記憶では何度も見ていたんで、実際にこの目で見れるかと期待してしまったんだ」


 老人は目を見開くと、ばつが悪そうに笑った。


「ここまで年を取ると誰より長く生きているつもりになってしまいますが、あなたの方が何十倍も長く生きておられるのでしたな」


「記憶があるだけで、生きたのは十年そこらだ。あんたの方が年上だよ」


 そうして喋っている間に少年は確認を終えたようだ。

 少年が開くページを覗き込んで老人はにやりと笑う。


「面白いことを企んでおられますな。リラにこれをさせるつもりですか」


 少年は本を閉じると言った。


「来週まで借りていいか?」



 ◆◇◆◇◆◇



「条文は一言一句変化していなかった。これなら考えていた方法で問題なさそうだ」


 本の貸し出し手続きをして客間に戻ると少年は言う。


「どんな方法なの?」


「決闘婚では、最終的な勝者の男との結婚に女が不服を宣言した場合、女にその男への決闘権が生まれる。そして女が勝てば、女はその婚姻を拒否できるようになる。決闘婚は女が男をぶっ倒せれば、なかったことにできるんだ。つまり君自身が戦って勝てば全てが解決する。どうだ、強くなる理由ができたんじゃないか?」


 男だろうが女だろうが力で上回れば意志を通せる。生まれ持った資質では不利だが女にもチャンスは平等にある、純粋な戦士の法だった。

 それは本来ならリラにとって無意味な条項だ。フォルトゥナになれた者と、なれなかった者の力の差は圧倒的で、しかもマリオはその中でも上澄み。力で争ってもリラは蹂躙されるだけだった。

 でも、古代の戦闘技術を現代人に伝授することになぜかこだわっている存在が目の前にいる今だけは、そこに意味と可能性が生まれる。


「もう一度訊こう。よく考えて答えてほしい。君は戦うための力を望み、古代フォルトゥナの権能を受け継ぐことを了承し、そのための導きを裁定者に依頼するかい?」


 リラは湧き上がる自分の感情に従った。


「あいつをぶちのめしたい。そのためなら何でもやるわ」


 力を手に入れた後の自分がどう変わっていくのかも今はどうでもいい。

 あのマリオをぶちのめせる力があればそれでいい。

 悩むのは自由を勝ちとった後でいい。

 少年の姿をしたものは頷いた。


「いい闘争心だ。それでこそフォルトゥナの子! 俺も約束しよう、今度こそ君を、さきがけのホアキンの五十三人目の後継者にしてみせる」


 それから五日の間、リラと裁定者は早朝から島の奥の海岸に向かうと、日が暮れるまで岩場で訓練を続けた。

 フォルトゥナたちはそれを黙認した。裁定者がリラに構った分だけ、フォルトゥナの秘密を暴くための調査時間も減ると思っているんだろう、と少年は言った。


本作をお楽しみいただき、ありがとうございます。

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