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召喚されましたが、帰ります  作者: 犬田黒
第四章 勇者一行の行く道
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71 夜と魔族の1日

「ねぇねぇーいつになったら歌を聴かせてくれるんだい?歌姫さん?」


「その名前、嫌いなんでやめてもらえます?ラファエルさん。」


 本からは目を離さず、ラファエルの言葉を一刀両断する。この世界についてもっと学びたい、と言えば一応図書室があるとのことで、夜は1日のほとんどをその図書室で過ごしていた。元の世界にいた時もよく弟妹を図書館に連れていっていたのもあって、図書館は夜にとっての心休まる場所だった。...この男が頬をつついてこなければ...。


 ふぅぅぅと止めていた息をゆっくり吐き出し、怒りを抑える。本をパタン、と閉じるとラファエルはようやく構ってもらえると、嬉しそうに瞳を輝かせた。


「それで?なんの用ですか、手短にお願いしますよ。」


「だ、か、らぁ言ってるだろ、君の歌とやらを聴きたいんだよ。」


「え、純粋に疑問なんですけど、何でそんなに聴きたいんですか?」


「うーーん、好奇心?とやらだよ、人間で言うね。」


 そう言ってウィンクを決めるラファエルに心底面倒くさそうな瞳を夜は向ける。


「そういうの、僕じゃない時に頼んでください。僕は歌とか、子守とかそういうんじゃないんで。」


 読書を再開しようとして、開いた本にラファエルが手を差し込む。その顔はイタズラ好きの少年にしか見えず、今日はもう読書は無理だな、と意識を飛ばした。


 目を開けると、不思議そうに目を丸めた外国人が見つめていた。


「やぁ、もしかして君もさっきの子とは違うのかな...?」


「うん、よるは今おきたから、さっきの子とちがうよー。」


「今度は随分幼い話し方だな、君何歳?」


「んー?わかんない...そんなことより、お腹すいた!ご飯食べたい!」


「えぇーご飯?そんなの僕に頼むなよ、人間のご飯の作り方なんて知らないし、僕達に食事は必要ないから普段から食べてないんだよ。あーもう、そんな犬みたいな顔するなよ、メリル、ご飯だって、できる?」


「勿論でございます、ラファエル様。よる様、すぐ御用いたしますね。」


「やったー!ありがとう、めりる!」


 喜び、椅子を飛び降りてメリルの周りを飛び跳ねる様子は正に犬そのものだ。歌姫用に作った眷属、メリルは人間の知識を詰め込んだ、所謂侍女とかいう存在である。ダークチョコレートの髪に、淡い桃色の瞳をしたメリルは、人間の母親のように優しく夜を撫でながら図書館から出て行った。食事をするのに図書館は向かないだろうと、夜を食堂へ連れていく。歩き出したラファエルの手を夜は掴みながら着いて歩き出した。ラファエルは驚いて、その手を振り払った。きょとんとした夜はもう一度掴もうと、ラファエルの手に飛びつくも、するりとすり抜けられた。


「むー、なんで繋いでくれないの!!」


「逆になんで君と手を繋がなきゃいけないんだ。」


 心底不思議そうに返され、夜は言葉に詰まった。


「う、ごめんなさい...嫌だったんだね、もうしないから...許して」


「ん?別に嫌だなて言ってないだろ、分からないんだよ、なんでそんなに繋ぎたいのか。僕は人間じゃないんだ。人間の気持ちなんてわからないよ。」


「えーと...ちっちゃい子は大人の人と手を繋ぐんだって。それがふつーなの。...たぶん。」


「ふーん、そうなのか。王様の体に入ってても知らないことだらけだなぁ。ま、いいよそういう事なら手を繋いであげる。」


 それまでシュンとしていた夜はいいの?!!と目を輝かせ、ラファエルの手を握った。えへへーと言いながら嬉しそうに夜が手を振るから、ラファエルのても一緒にゆらゆらと揺れる。


「...人間の手は温かいね、血が巡っているからか。」


「らふぁえ..?ら..ラファーの手は冷たいねぇ!気持ちいい。」


 ラファエルと言えないようで、早々に諦めた夜はラファーと呼ぶことにしたようだ。そんな風に呼ばれたことは一度もなかったラファエルは、何だか変に居心地悪く感じた。


「なんだ、ラファエル、おまえいつからそんなデカい子供の面倒を見るようになったんだ。」


 突如として窓から現れたアラクネは、ドスっと何かを床に放り投げた。その塊はうぅと呻きをあげている様子からするに、人間のそれもまだ幼い子供であるようだった。


「君こそなんだい、その汚いの。てゆーか、もしかして魔力を分けたのか...?」


 よく見れば下半身は脚ではなく、蜘蛛の丸みを帯びた腹部のようになっている。頭からは触角のようなものが生えかけ、その変化のせいで痛みを伴っているようだった。


「こいつは私の命令を断ち切ったガキだ。こいつのせいで計画は飛んだし、あいつには怒られた。怒られるのは嫌いなんだ、大体私はちゃんとやっていた、こいつが切ったのが悪い。だからとっ捕まえてこき使ってやろうと思ってな。ちょっと魔力をあげてみたが...まあ死ぬ時は死ぬさ、痛みに悶えながらな。」


 そう言ってニッと口角をあげるアラクネにうんうんそだねーと適当に相槌を打つ。


「あれ、でも君、確か次の仕事を任されてたんじゃなかった?確か魔物のスタンピードを起こさせるとかなんとか...。」


「ふん、そんなものとっくのとうにやってきた。スタンピードを起こしたあいつらは今王都に向かっている。今夜中には王都も魔物の海だな。」


 ふ、ふははははははははは!!!!と笑うアラクネはどう見ても働きすぎて壊れた人間にしか見えなかった。そんなこと本人に言えば、殺されること間違い無いのでラファエルはそっとお口チャックした。その時、右手から温かく少し骨ばった感覚がすっと離れた。


「え?」


 夜は苦しんでいる少年の横に座り込むと、右手を少年の額に、左手を変形している少年の下半身に当てると静かに歌い出した。聞いたことのない言語が夜の口から紡がれ、手から徐々に光が広がっていき、少年の体を包み込んだ。


「は、何をしている、こいつ?やめろ、やめろ!!」


 アラクネが夜を引き剥がした頃には、少年の体はアラクネの魔力に順応し、別の生命体として生まれ変わっていた。呼吸は安定し、今は眠りについているようだった。


 しばらくの間、沈黙が続いていた。アラクネは状況を読み込めずに混乱しているようで、体から糸を吐き散らしている。ストレスを感じた時によくやる行動で、このままでは夜を殺しそうな勢いだ。


「はいはーい。お腹空いてる子は、食堂ね。ここまっすぐ行こっかー、そんでアラクネ、君はこの少年連れて自室へ戻ろう、それがいい。君疲れてるだろう、最近こき使われてたし、休憩をとった方がいい。休憩、休むんだ、君は僕らと違って睡眠が必要だろう?」


 休憩という言葉にアラクネはぴくっと体を震わせ、ラファエルの顔を見つめたかと思うと、急に糸が切れたかのように倒れ込んだ。それを軽く片手で支え、アラクネだけを自室へ転送する。


 さて、この少年をどうするか...と見ていると、ラファエルの服をくいっと誰かが引っ張った。振り返れば、そこには哀しそうに暗い顔をした夜が立っていた。


「よるは、また間違えた...?」


「ん?なになにどゆこと?」


 夜の瞳には大粒の涙が溜まっていて、今にも溢れんばかりになっている。


「よる、いつも間違えちゃうの。いい子いい子してほしくて、でもいつも違うって、悪い子ってゆわれるの、また間違えちゃった?なおすのダメだった?もうよる分かんないの...わかんない....うっうぅぅうう」


 遂に泣き出した夜にラファエルは頭を抱えた。


「えーこういう時ってどうするんだ...?あぁもう、これだから人間はめんどくさいんだよ、こんな時に限ってメリルいないし...あぁーもう、よし僕も一緒に泣いてみるか。」


「何してるんです?ラファエル、うるさいですよ。」


 混乱してきたラファエルが奇行に走る直前、ウリエルが通りかかった。その手には本が握られ、図書館に向かう途中であるようだった。


「ウリエル!ちょうどいいとこに、歌姫を食堂に連れてってやってくれよ、僕はこの謎の生物を片付けるからさ。」


 じゃ、よろしくーと言うと、ラファエルは少年の頭を掴み、窓から外へ飛び出した。1人残されたウリエルは、嗚咽を抑え涙を流す少女をじっと見つめた。


「やれやれ、いつも厄介ごとを残す...。おいで、一緒にご飯を食べに行こう。」


 手を差し出すと、少女はおずおずと手を掴んだ。こちらの表情を窺っている夜に、ウリエルはニコリと微笑みを浮かべて見せた。


「お腹が空いたんだね、食堂に行こう。メリルが用意してくれているそうだから。」


 ゆっくりと歩き出したウリエルに夜もついて歩く。気づけば涙は止まり、泣き腫らした赤い目元を見て、ウリエルは何処からか出した冷たいハンカチを差し出した。ありがとう、と小さな声が聞こえてきた。ウリエルと夜はさほど身長が変わらない。言動は幼くなっているが、見た目は15、6歳の青年期真っ盛りの女性なので、ウリエルはなんとも言えない違和感を覚えていた。


 (うーん...おそらくまた別の人間になっていますね...。この現象を調べてはいますが、まあそこまで人間に関する本もないので、いまいち分かりませんね。)


 図書館とは言え、魔族の本ばかりなので、正直人間に関するものは乏しい。見つけた瞬間すぐ破棄する魔王の側近がいるせいだが...司書は泣き言を漏らしながらも、力関係には逆らえないので今のところ泣き寝入りで終わっている。


 (今度、人間の医者でも捕まえましょうかね、これからこの子が過ごすのであれば必要でしょうし。)


 ラファエルより人間を理解しているウリエルは、頭の片隅に記憶しながら、夜を食堂まで連れて行った。夜が来たことで急遽作られた食堂は、荒削りながらも広々とした空間になっている。魔族の中でも食事を楽しむ者や食事から魔力を得るものもいたので、そういった魔族たちも早速食堂を使っていた。かくいうウリエルもその例に漏れない。人間は嫌いだが、文化は興味深いので、食事なども積極的に取る派である。ウリエルのような高位の魔族が食事をするおかげで、低い位の魔族たちも気にせず食事をするようになった。


 今も食堂に着くと、多くの魔族たちが食事をしていた。入り口で立っているウリエルたちの元へメリルがパタパタと近づき、食事の用意ができました、席へ案内する。席につくや否や、夜はメリルの用意したご飯にお腹を鳴らした。パッと顔を赤らめた夜にメリルは微笑ましそうに見つめる。ウリエルは、じゃこれで、と行こうとしたが、夜の置いてくの...?という瞳に負けて席についた。


「少し多めに作っていたので、ウリエル様にもお出しいたしますね。」


 そう言って厨房の方へと消えたメリルはすぐに出てくると、両手に皿を持ち、夜とおなじメニューを出した。魚介のパスタに、野菜がふんだんに使われたスープは湯気が立ち上り、食欲をそそる香りがしている。


「いただきます!」


 と元気よく両手を合わせた夜は早速パスタに手をつけていた。


「いただきます...?」


 初めて聞く言葉と動作を見様見真似で行い、ウリエルも食べ始める。メリルの料理は初めて食したが、子供の下にあった甘めの味付けになっていた。パスタはニンニクを少なめに、トマトのソースとチーズを多めにかけることで魚を食べやすくしている。スープは野菜の甘みがメインになり、あとは塩胡椒とシンプルな味付けだ。


「うん、美味しいですね。作られて数日とは思えない出来です。」


「恐縮でございます、ウリエル様。我が主人ラファエル様は、私に多くの人間の知識を与えてくださいましたので、そのおかげでしょう。」


「人間の知識...あいつなら人間に関する蔵書を持っているかもしれませんね...。聞いてみますか。」


 そんなことを独言、ふと前を見れば、夜は既に食べ終わって眠そうにしていた。


「え...もう食べ終わったんです?」


「よる様はいつもすぐ平らげてしまうんです。あまり早食いはしないよう申し上げているんですが...。」


 そういうと、メリルは夜を抱き上げ、お先に失礼します、とその場を後にした。夜の自室へ連れていくつもりだろう、メリルにすっかり体を預けている夜はどう見ても眠っていた。


「やれやれ...忙しい人間ですね。」


 夜が魔王城へ来て数日が経過したが、他の魔族たちは未だ距離を測りかねているようだった。人間なのに、天使の羽を持ち、天使の匂いをさせながら、人間のように振る舞う夜を受け入れられないのだろう。今もチラチラと夜を伺いながら、何もないかのように会話をする魔族たち。まぁそのうち慣れるだろうとウリエルは深く考えずに、食事に集中した。

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