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召喚されましたが、帰ります  作者: 犬田黒
第四章 勇者一行の行く道
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69 裏切りの夜

 ...頭がぼんやりする。頭でも打ったのか、ぐらぐらとした感覚が続き気持ち悪さを覚える。うっすら瞼を開けたはずだが、どうやら真っ暗なところにいるらしく、視界からは何の情報も得られない。まだ瞳が暗闇に慣れていないのだ。早く順応しなければ。しばらく目を開いたままぼーっとしていると、徐々に暗闇の中に陰影ができてきた。目が慣れてきたのだろう、ヨルはそっと頭を動かしてみた。


「いっっつぅぅ.....。なにこれ何でこんな頭痛いの...?」


 1人ぼやきながら体を持ち上げようとする...が金縛りにあっているかのようにピクリとも動かない。手足に全く力が入らず、何かに押さえつけられているかのようだ。まずい、とじっとりとした汗が背中を流れる。


「あれ...てか私1人...?雪たちは....?!」


 唐突にこの静けさに異常を感じ、ヨルは雪、朝、夏...!と声をあげる。普段ならすぐに返事をくれる3人の声が全く聞こえない。それどころか、一緒に毎晩寝ているはずなのに3人の体温も感じない。


「うそうそうそ...。私が寝てる間に、あのクズがなんかしたの...?ああもう!!!動けよ、からだぁああ!!!」


 思いっきり叫んだ瞬間バチっと音がして、ヨルの体は自由になった。試しに腕を持ち上げてみると、さっきまで金縛りにあっていたとは思えないほどスムーズに動いた。


「何だったの...?て、そんなことより雪たちだよ!」


 急いでベッドから飛び降り、目の前にあった扉を勢いよく開けた。またも真っ暗な廊下をヨルは雪たちの名前を叫びながら走り始めた。途中で誰かにすれ違ったような気もするが、そんなものに構っている暇はない。雪たちがいないということの方がずっと異常なのだから。体をがむしゃらに動かす。筋肉痛がひどい、前日に運動でもしたのだろうか?いつもより息が上がるのも早く感じる。特に背中が重いし痛い...また殴られたのだろうか?いや今はそれより雪たち...。


「うわっ!」


 突然視界が一面真っ黒に染まり、ドンっという鈍い音と共に体に衝撃が走った。ヨルは受け身を取れず尻餅をついた。


「いった....。なに...?」


「何とはひどいなぁ。君をあの地獄から救ったのは僕なのに。」


 そう言って不敵な笑みを浮かべた悪魔のようなその姿にヨルは息を呑んだ。ヨルを覗き込む血のように真っ赤な瞳は、愉快なものでも見るように細められている。闇のように真っ黒な髪が瞳に落ちて妖艶な雰囲気を醸し出している。そして何より驚くべきは、その背後にある二対の大きな翼。鴉のようなその翼は丁寧に折りたたまれているが、存在感が半端ない。


 (え、いやいやいや、ファンタジーじゃないんだからさ。うん?なにこれまだ夢見てる?もしかして、いやでも生えてんなぁ、てか耳もとんがってね?うん?あれか、巷で聞くコスプレとかなんとか...)


「夢じゃないよ?夢な訳ないだろ、君不思議だなぁ。それとも歌姫ってみんなそうなの?まるでさっきまでの歌姫と別人みたいだよ。ほら、この頬見てよ。真っ赤だろ?君がやったんだよ、覚えてない?」


 言われてみれば、確かに真っ白なその顔の左頬は真っ赤になっていた。少し腫れているようにも見える。しかし残念ながらヨルにはこれっぽっちも記憶がない。ただ言われてみれば、この右の拳の痛みは人を殴った後のような気も...しなくも....なくも....ない...?


「あれ、もしかしてここ日本...じゃなかったりします?」


「ニホン...って君がいたとこ?悪いけどここは異世界だよ、天使さん。」


 てんし...?天使ってあのランドセルの...?いや、いやいやいや...。うん、理解不能。これは()の出る幕じゃないな...。


 (バトンタッチだわぁ...。)


 そうしてヨルの意識は薄れて、また別の意識が浮上してきた。


 目を開けると、やけに美形なのに左頬が腫れている顔がドアップで近づいていた。


「あー...そういう。おけ、一旦インプット。」


「いんぷっと...?君やっぱりさっきのと別人みたいだね。天使はそういうのないはずなんだけどなぁ、人間の血が混じってるせいか...?」


 ねぇねぇと男は、うーんと唸っている夜の額を退屈そうにつつく。


「ラファエル...何してるんです?」


「やぁ、ウリエル。いやさ、メリルから歌姫が飛び出したって聞いて来てみればこの調子でずっと唸っててさ。一回殺したら治るかな?」


「ラファエル...あなた何年人間の世界に居たんですか?そんなことしても治りません、それどころか無に帰りますよ。」


「いやいや、歌姫ってのは元は天使じゃないか。人間の血が濃くったって生き返るんじゃない?知らないけど。」


「雑談されてるところ、悪いんですけど。とりあえずあなたたち誰ですか?」


 ラファエルとウリエルの会話に凛とした声が割って入った。先程まで唸っていたはずの少女は何事も無かったかのようにじっとラファエルを見つめている。


「そういえば君に自己紹介をしていなかったな。初めまして...ではないけど僕はラファエル。魔王軍の幹部を務めてる。因みに君をあのクソ王子から救ったのも僕だ。仲良くしようじゃないか。」


 はい、人間流の挨拶。と右手を出したラファエル。夜は軽く握手をしながら立ち上がり、その説は...と頭を下げた。


「ん?君は覚えているのですか?僕の記憶が正しければ、君はあの時意識を失っていたはずですが...。」


 ウリエルが不思議そうに首を傾げる。夜を探るようなその瞳を、真っ向から冷めた目で見返した。


「今記憶の整理をしたので。あなたたちを見た記憶はありませんでしたが、その直前何があったのかは見ました。そして今置かれている状況からしてあなた達が助けたのだと思います。正直騙されていても構いませんけどね。」


「だます....?」


「ええ。どうやら僕は面倒なことに巻き込まれているようですから。歌姫とかいう意味わからん能力のおかげでね。あなたたちが僕を助けたのも、純粋に人命救助とかではないでしょうし。正直いいように使われてあの国滅ぼしちゃってもいいかなーって、まあそう言う意味です。」


「えぇーー...心外だな。僕たちが君を助けたことを口実にこき使ってやろう!って考えてるって思われてんの?ひどいよー僕そぉんな人間じみた下卑たこと、考えないよ。ね、ウリエル。」


「もちろんです、そんなこと一瞬頭によぎったくらいで、別に考えてませんよ。安心してほしいです。」


 コクコクと頷くウリエルに、ラファエルが過っちゃダメでしょーと突っ込む。その様子を見てまあ殺されはしないか、と夜は夜で頷いていた。


「それにしても、君はとても不思議です。僕が見たことのある君とは雰囲気も話し方も違いますね。これが人間の世界特有の裏と表...ってやつですか??」


「あー..いや、それとは違いますよ。まぁこの話は長くなるんで、また次の機会ってことで。それより、口実はなくとも僕を攫った理由はあるでしょう?説明求みます。」


「当然、あなたをこちらの陣営に引き入れるためですよ。」


 背後から返ってきた答えに、夜はバッと後ろを振り向く。夜より頭ひとつ分背の高いその男は、ワックスで撫でつけたかのような髪を分け、不自然なほどに口角を持ち上げていた。堕落した天使とかいうのはこうもみんな顔面真っ白で真っ黒な髪なのだろうか。面白みに欠けるな、などと若干失礼なことを思う夜であった。


「はぁ、陣営ですか。まあそれもそうか、歌ひとつで魔族を倒せるともなると厄介ですもんね。でも殺しはしないんですね、殺した方が早くないですか?」


「そんな勿体無いことしませんよ。あなたには是非ともその力を我が陣営に奮ってもらいたいのです。あなただって嫌でしょう?これ以上あの人間どもに搾取されるのは。」


「なぁんだ、やっぱり夜の力が目当てじゃないか。ま、そういうもんか。そうですねー、衣食住をちゃんと提供してくれるんなら、いいですよ。」


「我々はあなたを救ったのだからー、って、え?」


「だから、手伝いますって。僕も人間嫌いなんで。」


「思っていたより受け入れが早いですね...。それにしても人間嫌いの歌姫とは、とんだくじ運の悪さですねぇ、人間どもは。フフフ....これから奴ら絶望することでしょうね...守ってもらえると信じていた存在に裏切られるんですから....フフ...ハハハハハ....!」


「怖くないよーこれはちょっと気分上がっちゃってるだけだからー。うん、後ずさらないで?一応今はこいつがうちの指揮取ってるからさ。」


 突然笑い出した魔族に、思わず後ずさった夜の背中を押し返すラファエル。


 (うーん...早まったか?まぁでもいっか、夜が幸せなら...。あとは全部どうでもいい。)

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