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召喚されましたが、帰ります  作者: 犬田黒
第四章 勇者一行の行く道
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67 ノアの提案

 その日ラピス王国の王は体の芯が凍えるような冷気に起こされた。今は夏でカラッとした空気が気持ちの良い夜風を運んでいたはずなのに、見慣れた寝室には冷気が漂っていた。あまりの寒さにぶるりと体を振るわせ、国王は夏物のブランケットを手繰り寄せた。鍛えた筋肉は寒さに緊張し、小刻みに震えている。夏物では寒さが凌げないな...と思案していると気づけば目の前に水の精霊王が佇んでいた。水のように透き通った体からは殺気が溢れ、見慣れた哀しそうな瞳には冷ややかな蔑みが現れていた。突然の登場に国王は一瞬反応が遅れ、次の瞬間には自身の頭を柔らかなベッドに押し付けていた。理性による反応ではなく、生存本能による反射。国王は、精霊の愛子に危険が訪れていることを悟る。同時に、自分自身にも。何かを間違えればすぐにでもこの冷気が温めようと必死に拍動する心臓を止めることだろう。


「私の主人が襲われている。お前の信頼を置く者によって。しかし私は慈悲深い水の精霊王。それにこの国は私の愛した人間が慈しむ国...。私の言っている意味が分かるわね?」


 国王は体から血の気が引いていくのを覚えながら、震える唇から言葉を搾り出す。


「....どのような罰も受ける所存であります....。」


「そう、なら悪いけどこの国の守りからは手を引かせてもらうわ。私、自分の主人を傷つけられるのって1番許せないの。それと、これは今まで力を貸していた吉見だから教えるけど....魔族が潜り込んでいるわよ。」


 さようなら、という言葉が聞こえたと思うと、冷気は一瞬にして消え、カラッと乾いた風が流れ込んできた。国王は、背中から汗が流れ落ちてからゆっくりと顔を上げる。すでにそこには誰もおらず、国王は逸る心臓に手を当てながら長く息を吐き出した。


 (...宰相を捕らえなければ.....。)


 長年の苦労から解放されたと思えば、聖霊の愛子の危機に、魔族の出没。おそらくこの状況では歌姫も襲われていることだろう、と立ち上がりながら考えをまとめる。扉をあけ、外に控えている衛兵に宰相を捉えるよう命じ、歌姫とヒビス王国第二王女の安否を確認するよう伝える。すぐに衛兵が魔法で伝達を終えると、歌姫の泊まっている部屋に向かった。国王もすぐに出れるよう、軽く汗を拭き服の着替えを済ます。長年振るってきた愛剣を手に取ると、外で待機していたもう1人の衛兵と共に反逆者の元へ向かう。ちらりと空を見上げれば満点に輝く星々が目に入った。


 (一難去ってまた一難とはこのことか....。ようやく王座から退けると思ったんだがな....。)


 王の吐露は夜の耳に届いただろうが、命の危機が迫っている時に、妙齢のおじさんの心の内をまともに聞く余裕はなかった。


            ********

 

 メアリーは背後から遠のく戦いの音に、頼みましたよ..!と念を送りながら城外へ出る道をひたすらに走る。隣を空が同じ速度で駆けて行く。マーシャはぎゅっと小さな手をさらに小さくしながらメアリーに抱きついている。子供のいないメアリーでもこれには母性が湧くと言うもので、こんな緊迫した状況にも関わらず自分がマーシャに許された存在であることに自然と口が緩む。いやいや、ダメよメアリー!しっかりするのよメアリー!可愛いけど今じゃない!お守りするのよ、このお方を...!と心の中で自分に叱責しつつ、軽く口元をペチペチと叩く。


 背後からは追っ手が来る気配はない。おそらくキリヤが止めてくれているのだろう。あぁナツメ様は無事だろうか、無事であってくれ、傷ついてたらキリヤを殺すしか...おっと淑女にあるまじき言葉遣い気をつけなくては...。などと頭の中で自己と会話しているあたりメアリーもだいぶ焦っている。訓練を受けているとは言え、実践経験はそう多くない。マーシャ1人なら守れるが、自分が死んでは元も子もない。最善は2人で生きて帰ること。それが無理でもマーシャだけは死んでも生きて国へ帰す。それがメアリーの遂行すべき任務であった。


 (死を覚悟なさい、貴き命のために自らを捨てなさい。死を覚悟なさい、貴き命のために自らを捨てなさい....)


 護衛用の訓練を受けている時の互訓を何度も何度も心の中で反芻する。しかしそれもマーシャの呟きによって途切れた。


「あ、にゃんこ。」(にゃんこ?!) 「アゥン?」


 にゃぁんと確かにネコの声がする。思わず止めた足に猫の柔らかな毛並みが優しく擦り寄ってきた。月明かりが照らす夜によく映えた美しい黒い毛並みが光沢に輝き、まあるい空色の瞳が楽しそうに揺れた。気づけばマーシャはするりとメアリーから降り、ネコに話しかけていた。


「ねえ、ネコさんの言ったことと違ったよ。私、血で紋章書かなきゃいけなかったんだよ。....痛かったよ?」


 何をネコ相手に...と思っていると、ネコはするりと少年の姿に変わり、いやぁと黒い癖毛を掻いた。


「まさかそんなことをしないといけないなんてにゃぁ。あ、ネコ語が取れぬ...。」


 恥ずかしそうに頬を赤らめた少年は、突如現れた水の精霊王に抱きしめられうぎゅっと声を漏らした。


「あぁノア!!!やっっっっっっっと会えた!!!!どうして私に会いに来てくれなかったの?酷いわぁ、先に今の主人に会いにいくなんて!!」


 むぅと頬を膨らます精霊王に、マーシャはかわいいなどと頬を突いているが、またしてもメアリーは1人取り残されている。....え?何この状況、でじゃぶってやつですか...?ソラ...あぁそんな遠い目をしないでお願い....ナツメ様....たすけてぇーーー!!!!


 そんなメアリーの叫びも夜に届いていたかもしれないが、命の危機がー以下略。


「いやぁ、僕も会いに行きたかったんだけどね。いかんせん、僕は地縛霊みたいなもんですから、ここに来るのにずいぶん力を使ってしまってね、この通り見た目が幼くなってしまったよ。」


 無事にラピスの締め技から抜け出せたノアが頭を掻きながらのほほんと話す。今にもノアに襲いかかりそうなラピスをマーシャが鎮めながら、どうしてここに?と問いかけた。


「だって君、狙われてるだろう?安全な逃げ道を提供しようと思ってね。偉かろう、偉かろう。褒めてくれてもいいよ?」


 きゃるんと可愛こぶるノアにきゃぁー!!とラピスから黄色い声が上がる。いやまじで何これ。と冷めた目をするメアリーにまぁまぁとマーシャが宥めつつ、ノアのいう“安全な逃げ道”について尋ねる。


「これだよ。」


 そう短く答えたノアが地面を軽く叩くと、そこから綺麗に穴が広がっていき、人一人分の地下通路が現れた。空が尻尾をブンブンと降っている...。ほっちゃダメだよ?


「これは....。」


「僕がここにいた時に作っておいた隠し通路。と言っても、何百年?覚えてないや、まあ古いもんだから、ぼっこぼこだろうから、そこはアクアあー今はラピスだよね、に綺麗にしてもらいながら行くといいよ。」


「いろいろツッコミどころ満載なんですけど....?」


 メアリーの呆れた顔をどう解釈したのか、まあねと胸を張るノアを全無視してマーシャはラピスに尋ねる。


「ラピスはここからヒビス王国に私たちを連れていけないの...?」


「出来ないこともないけど....その場合水を使うからヒビス王国まで繋がっている水路を辿らないと行けなくなるわね。でもみんなが通れるほどの幅でそんな水路ないし、何よりずぶ濡れになるわよ...?」


 ラピスが空の方へちらりと見やり、マーシャは空が夜に洗われた時の様子を思い出した。幸せそうな顔が一瞬にして恐怖で強張り、いつも元気な尻尾は股の間に仕舞われ、ふわふわの毛並みは水に濡れると一気に萎み、普段毛量で誤魔化されていた本当の空の姿にツボるメアリーと静かにフェードアウトする翠。あの後無事に翠も洗われていたなぁと思い出しながら、尻尾が下がってきた空の背中を軽く撫でながら答える。


「そっか、ありがとう、ここはノアの良心に頼るのが1番だね...。」


 マーシャはメアリーの手を遠慮がちに握りながら、顔を伺う。メアリーの意見を聞こうとしているのだろう、なんて優しい子!この子こそ女王に相応しい!などと親バカ全開を自己完結させながら、メアリーは優しくマーシャの手を握り返す。空が勢いよく尻尾を振りながら2人の周りを楽しそうに走り回る。ノアはその光景を微笑ましそうに見つめ、そっと2人の背中を押した。


「もう行きな、この道は城下町の外れにある大衆食堂の裏につながっているから。そこを真っ直ぐ進めばカーデン商会っていう小ぢんまりとした店があるからそこに行って。ドアを3回ノックして『ノアの方舟』って言えば中に入れてもらえるよ。ただし、変な条件をつけられるだろうけど...。」


 正直他に当てのなかったメアリーからすればこの情報はとても有り難かった。同時に何でそんなことを...?と訝しむ気持ちもあるが、その不思議な少年は精霊王にもマーシャにも気を許されているのだ。彼の言うことは信じるに値するだろう。しっかりと少年の目を見てメアリーが頷くと、ラピスを先頭に3人と一匹は隠し通路の中へ歩みを進めた。一瞬チラリとマーシャが振り返ると、ふわふわの黒い尻尾がピンと立っているところだけが視界の端に映った。


 あまりかからずに、外へ出れた3人と1匹はノアに言われた通りに真っ暗な路地を進んでいく。どれほど歩いたか、途中で疲れて歩けなくなったマーシャを背に乗せていた空が歩みを止めた。目の前には『カーデン商会』と蛍光色に光った文字が印字された看板があった。コンコンコンと軽くノックし、「ノアの方舟」と呟くと、中からガチャリと鍵の回る音がし、扉が開いた。中は蝋燭の火しか光源がないようで、扉を開けた人物のシルエットがぼんやりとしか見えない。一歩引いたように立つその人物が、中々入らないメアリーたちに顎で中へ入るよう促す。メアリーが先に進みその後に空が続いた。全員が入るとすぐに戸は閉められ、低い声が室内に響いた。


「要件は?」


「私たちをヒビス王国へ安全に連れて行って欲しい。金はいくらでも。」


「金はいらない。...精霊王の魔力で作られた魔石10個が条件だ。」


「へ?」


 それまでシルエットしか見えない相手に警戒していたメアリーは予期せぬ条件についぽかんとしてしまった。確かにノアは変な条件と言っていたが....だいぶ斜め上の条件がきた。当のラピスもあらまぁなどと言いながら、手を頬に添え興味深いものでも見るようにじっとシルエットを見つめている。


「おかしいわねぇ、今この人間には私の姿が見えないはずなんだけど...すっっっごく目が合うのよねぇ。」


「しゃ...しゃべったー!!!!!まじのガチの精霊王じゃないですか!!!!!!とんだVIP来ちゃったよ、もぉー!!!!」


 先程の低い声はどこへやら、甲高い声を出しながらシルエットがくねくねと踊り出す。その様子をおかしそうにラピスが眺めながら、あなた名前は?と問いかける。くねくねダンスがぴたりと止まり、シルエットは丁寧に体を折りお辞儀する。


「お初にお目にかかります。自分はカーデン商会の現会長・アララトと申します。以後お見知り置きを、皆々様。」

お久しぶりです、気づけば3月終わってましたびっくり!今後もゆっくり投稿してくつもりなのでまた読んでくれると嬉しいです。

思ったより長くなったのでマーシャサイドまだ続きます..。

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