66 束の間の休息
「つまり...神様はもう一柱いて、黒井くんはその神様に会った...ってこと?」
大蛇に登った時に、鱗で切ってしまった傷を器用に手当てしなが清水が黒井の話を簡潔にまとめた。怪我なら回復魔法を使ってしまえばいい気がするが、清水が言うには、まだ魔力が回復途中で今の状態で魔法を使うのは危険との事だった。追加で、回復魔法を使うより自然治癒に頼った方がいい理由をつらつらと述べられたが、正直難しくて、いまいち理解できなかった。治るならなんでもいいかーと黒井は適当に流し頷いた。
「でもぉ、神様がもう一柱いるなんて習ってないよねぇ。そんな話どこにもなかったしぃ。」
ベッドに横になっている一護も話を聞いていたようで、困ったように眉を上げながら溢した。一方白木は、毒が抜けていくのと同時に眠りについたので、すぅすぅと規則正しい寝息を立てながら眠っている。清水がこっちの腕も見せて、と黒井の腕を捲りながら話を続ける。
「愛菜ちゃんの言うとおり、少なくともこの国では神様はフィアナ様だけってなってるね...。だいぶ古い文献も読んだけど、フィアナ様のことしか書かれていなかったし、一度神殿の人に聞いてみた方がいいかも。どうせならアイリスに話を聞いちゃった方が早いかな。」
「アイリスって誰だ?」
「黒井くん...この国の聖女の名前くらいは覚えときなよ...。どうせ元の世界に帰れないんだから、重要人物は覚えておいて損はないと思うよ。」
「あぁ!そういえば清水は聖女様にも教わってたんだっけ?遠目で見たことあるような気がする...ピンクの髪した可愛い子だよね?!」
「うんそうそう、その子だよ。」
適当に相槌を打ちながら、清水は黒井の傷に包帯を巻いていく。それほど傷は深くないようで良かったと、肩を撫で下ろす。清水は魔力切れで倒れ、次に目覚めた時には目の前に涙腺の崩壊した黒井がいたので内心とても心配していたのだ。一人であんなバカみたいに強い敵と対峙したのだ、口にはしないが、清水は心の底から感心した。いつもはあんなはっちゃけてるのに...と地味にバカにしていたので今回のことで黒井の株がだいぶ上がった。黒井の知らぬ間に。
「とりあえず暫くの間は冒険は延期だね。正直、一年も無いから早く進みたいけど、ちゃんと休むのも大事だしね、ここのご飯も美味しいしね。」
「...まいっち、ご飯いっぱい食べたいだけじゃない?最近賢者のまいっちしか見てなかったから、食いしん坊のまいっち見れて嬉しいけど...。」
ふふ、と笑いながら一護が体の向きをこちらに向ける。上級ポーションを飲んだとはいえ、骨はまだきちんとくっついていないので、白木のように寝てほしい、切実に。という清水の心も知らず、横になっているのに飽きたのか一護が上半身を起こした。
「そういえばぁ、私は大蛇に魔法解かれたから動けたけどぉ、まいっち達はどうやって動けたのぉ?」
「あ、そういえば動けなかったんだっけ?気づいたら動いててビクったわー!」
アハハー!と笑いながら黒井が腕をぶんぶん振り回す。おー動けるね、と清水がその様子を確認してから答える。
「あぁ、あれはね、大蛇の魔法ってことは分かったから急いでそれを打ち消す魔法を構築してたの。ほら、魔法生成のスキルがあるからさ。あれ便利なんだよね、魔法はイメージだって言うけど、やっぱり既存の観念に囚われがちだし、新しいものは生み出しにくいから。魔法生成があるだけでも結構楽なんだよね、ま夜ちゃんみたいな魔法は使えないけど。」
えーすげー!!と両目を輝かせる黒井と、まいっちってぇ意外と理詰めだよねぇと苦笑する一護。すると突然、黒井があー!!!と叫んだ。一護と清水は驚いて、体がびくっと反射した。
「どうしたの?ダンジョンに忘れ物でもした?」
「いや、思い出したんだよ!ほら、言ったじゃん、俺過去の回想みたいの見たって。そん時にさ、フィアナ様が天使生み出してたやつ!あれ、誰かに似てんなって思ってたんだけど....夏目だ。」
「「へ?????」」
怪我など無いかのように大きく身振り手振りをして説明する黒井に、清水と一護はただぽかぁんとしていた。
(夜ちゃんが...天使???いや、そうと決まったわけじゃ....。)
「んーでも確かにぃ、何となくイメージつくかもぉ。」
おっとりとした物言いで一護が黒井の話に肯定した。なんで?と清水が聞くと、一護は困ったようにうーんと唸りながら話し出した。
「実はぁ、前の世界にいた時にねぇ、なつめっちと話したことあったのぉ。帰り道でぇ、いつもみたくなつめっちヘッドホンしてたけどぉ、急に前から小学生がなつめっちにぶつかっちゃってねぇ。気になって声かけてみたらぁ、なつめっちヘッドホン外してさぁ、めっっっちゃ可愛い顔してありがとぉって言ってねぇ。その時のギャップがさぁもぉやばくてぇ、あの時のなつめっちは天使だったのかもぉ!」
「えーいやいやいや。そんな事で天使って...。」
「んーでも確かに珍しいな!だってほら、夏目っていつもギャルギャルしてて、その癖静かでさー。授業中はヘッドホン外してるけどそれ以外ずっと付けてんじゃん。俺らとは絶対関わりません!みたいな感じでさ。」
「確かにそうだけど....。」
「それにぃ、その後もなつめっち、別れ道までずっとにこにこしててさぁ、私とぉいっっっぱい話したんだよぉ?でも次の日会ったらぁ、挨拶しても冷たかったしぃ。ほんとに別人ってくらい違かったんだもん...。あの時にぃ衝撃で天使ちゃんが出てきたってしたらぁ、説明つくと思うんだけどなぁ。」
「うーむむむ....。」
愛菜ちゃんの話を聞く限り、確かに夜ちゃんは違う顔を持っているのかも知れない。天使...かは分からないけれど、もし天使...人間から超越した存在なのだとしたら、あの歌姫の人智を超えた能力にも説明はつく。この世界は魔法の世界とは言うが、夜ちゃんのようなぶっ飛んだ魔法は中々ない。時間を戻すような魔法や死者を甦らせる、といった自然の摂理に逆行するような魔法はない。あったとしても、それは禁忌とされていて行使することはおろか、知ることすらも禁じられている。だからこそ歌姫の能力は、他のどんな魔法よりも異質に見えた。だって、歌っただけで人間の気持ちを操って、自分のイメージ通りのものを生み出すって....。
「...確かに夜ちゃんは天使...かも?」
「だろー!!!それにさ、今は色落ちして黒だけど、前金髪だったじゃん?あの金髪に天パ具合がさ、もう完璧にあの天使そっくりだったのよ!いやーなんで気づかなかったかなぁ。」
清水が賛同の意を示すと、黒井は嬉しくなったのか、瞳をキラキラとさせ満面の笑みになった。
「ま、夏目が天使かもーってだけだしぶっちゃけ俺らには関係ないからな。何でもいいか!」
急に冷静になり出した黒井についていけず、清水は???となった。さっきまであんなに天使天使言ってたのにどうしたことか。
「でも、天使だろうが人間だろうが、仲良くしようぜ。夏目と。あいつが何者だろうが、夏目ってことには変わりないからさ、色眼鏡かけないで話したいよな。」
その言葉に、清水はハッとさせられた。さっきは急に冷たいな、とか思ったが、これは黒井なりに気を遣っているのだろう。そこまで考え回らなかったなぁと思いながら、改めて黒井の顔を見る。やっぱりいつもと同じ気楽そうな顔。でも彼は彼なりに考えているし、辛い経験もあったのかも知れない。高校以前の黒井がどうだったのかは知らないが、少なくとも今の黒井は元気でいつでも明るくて、いざとなったら頼りになる勇者だと言うことは知っている。それで十分だろう。
「はやくなつめっちに会いたいねぇ。」
一護の言葉に清水は深く頷いた。
一旦勇者チームはここまで!次のお話はマーシャたちにしようと思います。




