64 夢は終わる
「見せて...。大丈夫、まだ息はあるからすぐ良くなるわ。」
フィアナが白蛇に触れると、白蛇の体が白い光に包まれた。光が収まると、白蛇はきょとんと顔をあげ、キョロキョロとディアンとフィアナの顔を交互に見た。
「うん、元気になったみたいね。ディアンに感謝するのよ?私はディアンのように地上へは降りないから、あなたが死にかけていても気づかなかったわ。」
白蛇は訳知り顔で深く頷き、フィアナに一礼するとディアンの腕を伝って肩までスルスルと上っていった。ディアンはその姿に嬉しそうに笑みを浮かべ、人差し指で白蛇の平らな頭を撫でている。
「それにしても、この子どうしてこんな怪我を?」
「...フィアナだってわかってるでしょ、人間だよ...。ねえフィアナ、僕前から思ってたんだけど、やっぱり人間なんて―― 「ディアン。」
それまで嫌悪感でいっぱいだったディアンの顔が、さっと青くなった。楽しそうににこにこと笑っていたフィアナの顔は全くの無になり、ただ静かな怒りだけが瞳に込められていた。黒井も額に冷や汗をかいてしまい、何だか居た堪れない気持ちになった。
「―確かに人間全てが善だなんて私は言わない。でもね、もしかしたらこの子のことだって気づかなかっただけかもしれない。人間は不完全なの、だからこそこの世界は成り立っている。それはどの世界でもそうなの。私たちだけが掟を破ることは許されない。...知ってるでしょ?」
「...うん、ごめん。もう2度と言わないよ、どこで誰が聞いてるか分からないしね...。」
しゅんと頭を下げたディアンを見て、フィアナは困ったような笑みを浮かべてそっとディアンの頭を撫でた。
「ディアン、私を一人にしないでね。もう地上に降りないで...お願いよ。バレてしまったらどうなることか...。」
「それなら、僕やこの子の代わりに人間を見守る子を地上に送るのはどうかな?」
「あら、それは...いい考えかも。蛇ちゃん達でもいいけど、人間に受け入れやすい子が近くにいる方がいいわよね。あ、それなら!人間に近い形にしましょう!それからどこへでも行けるように翼もつけてー、あぁ、仲間がいると尚のこといいわよね!」
一人盛り上がり始めたフィアナは、すくっと立ち上がり踊るようにくるくると手を回すと、その動きに呼応するように人間の形が出来上がっていく。そして150cm程度の背に、後ろに大きな翼をもった金髪の人間、いや天使が生まれた。その隣にも同じくらいの大きさの天使が生まれた。ほとんど一緒だが、髪の色が曇ったようなグレーをしている。2人とも目は閉じられていて、まるで人形のようだ。
(うーん、なんかこんな感じの顔見たことあるような...ないような...。)
「仲間っていうなら、こんなのはどうかな。鋭い牙と爪に、鋭敏な聴覚と嗅覚をもたせて...そうすれば、人間からも身を守れるだろう?」
「わぁ〜!とっっても素敵!可愛らしいわぁ、シルバーウルフに似ているし、その子たちの上位互換ってことにしちゃいましょ。フェンリルなんてどう?こっちの子はー、フィルギャ!」
そんな感じで決めるん??と黒井は一瞬ツッコミそうになったが、ディアンはそんなフィアナの適当具合に慣れているのか、いいねーなどと相槌を打っている。いいのか、ほんとに。
「さて、人間を見守るのに人間みたいな子たちを送るのは初めてだからね、最初は試運転的な感じになっちゃうけど...。ひとまず、人間を中立に見れるように感情はない方がいいわね、でも蛇ちゃんみたいにならないように私の力を少し分けましょう。何かあったらすぐ分かるように。それならディアンも安心できるでしょ?」
「ああ、ありがとうフィアナ。」
「それじゃあ、あなたはアリアドネ、あなたはクロノ。主・フィアナの名の下に貴方達に命じます。地上に赴き、人々の生活を見守りなさい。決して深く干渉せず、常に中立でありなさい。その翼で世界を渡り、私たちに見聞きしたものを伝えなさい。」
フィアナが金髪の天使と灰色の天使に交互に声をかけると、天使の両目が開かれた。ガラス玉のように、ただ見たものを反射しているその瞳が真剣なフィアナの顔を捉える。その瞬間、2人はすぐさま膝をつき、深々と頭を下げた。
「「我らが主・フィアナ様。このアリアドネ・クロノが命尽きるまで貴方様の命を忠実に実行いたします。」」
「うん、お願いね〜。このフェンリルちゃんとフィルギャちゃんも貴方達の仲間だから、一緒に連れてってね!」
2人は頷くと、翼を広げ、地上へと降りていく。その後を、狼と狐が追っていく。フィアナとディアンはその後ろ姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
「そう言えばディアン、その蛇ちゃんはどうするの?地上に戻す?」
「...いや、僕のお供にしようかな、地上に戻すのも不安だし...。もし、きみがいいならだけど...。」
不安そうに蛇を見つめるディアン。蛇はディアンの気持ちを読み取ってか、嬉しそうにシュー!と声を上げた。
「あぁ、ありがとう、嬉しいな。それじゃあきみの名前は...リューズ、どうかな?」
その瞬間、蛇の額とディアンの額が輝き、ディアンの瞳のような宝石が浮き上がった。
「きゃー!いいわね、契約!!!私もそういう子作ろうかしら...ってアリアドネ達がいたわね!」
花畑に笑い声がこだまする。フィアナもディアンも幸せそうに微笑んでいる。しかし次の瞬間、その光景は一気に崩壊した。
遅くなってしまいましたが、読んでくれると嬉しいです!まだ続くので少し短いですがここで区切りました。




