63 大蛇の見た夢
黒井は一直線に駆け出した。目指すは大蛇を挟んで床に落ちている剣―ではなく、開け放たれたボスの間。大蛇の牙が黒井の頭を噛み砕かんと襲ってくるが、それをかがんで避ける。大蛇の牙が空を切る音を背後で聞きながら、黒井はただひたすらにボスの間を目指す。
噛み砕こうとした黒い頭がひゅんと下に下がり、鋭く毒を持った牙は空を切った。大蛇は少し苛つきながら小さく遠ざかる背中を見つけた。勇者の成り損ないのくせにちょこまかと...。4人いた人間も3人倒れ、残すは1人。長く生きた大蛇から見れば、10数年生きただけの人間はちっぽけにしか見えず、武器もない魔力も残り少ない奴など簡単に殺せるちっぽけな存在でしかなかった。しかし、武器を取りに行くかと思いきや、先ほどまで自分が眠っていた中へと入っていく人間に一抹の違和感を覚えながらも、そちらへと進む。さぁ、勇者を名乗る不届者をどう殺そうか。ああでも、と大蛇の思考は一瞬遠くへ飛ぶ。
(あの方の気配がしたような気がした...。)
そして大蛇はボスの間に広がる光景に驚き取り乱した。小さく小汚い人間の手に握られているそれに目が奪われる。いや、実際に見えているのは狭くモノクロの世界だが、人間の握っているそれから放たれる魔力が、オーラが、鮮やかに輝いて大蛇の深く沈んでいた記憶を刺激した。
黒井は何かに呼ばれるようにして入ったボスの間で、それを見つけた。まるで最初からそこにあったかのように静かに佇む剣。直感で分かった、これが、これこそが、ディアンの言っていた聖剣なのだ。剣はあくまで厳かに地面にささっている。少し目を逸らせば見失いそうな、でもどこか神秘的な...。黒井は剣を握り、ゆっくりと引き抜いた。抜くのに大した力は要らなかった。剣はするりと簡単に抜け、ずっと昔から使っていたかのように黒井の手にフィットした。体力も、魔力も残っていないはずなのに不思議と体の奥から力が湧き出てくるようだ。
(これなら、白木たちを助けられる...守れる...!)
大蛇が体を引きずる音が聞こえる。もうすぐそこだ。さっき剣を構えた時は、みんなが倒れたことへの罪悪感と責任感で一杯一杯になっていたことに気づく。恐怖も不安もいっぱいだった。でも今は...
(なんも怖くない...みんなを守れるのは俺だけだから...何だってやってやる...!)
剣を正面に構え、入ってきた大蛇を睨む。さあ、最後の闘いだ...!
と思ったが...大蛇は動く気配が一切ない。固まったまま黒井をいや、剣をひたすらに凝視している。そして大蛇は苦しそうに体を壁や天井にぶつけ始めた。頭を大きく振り、反動で鱗が剥がれ落ちるほど体をぶつけている。黒井はもう剣を構えることをやめ、どうすればいいか必死に考える。とにかくあれをやめさせないと...そうじゃなきゃ今にも天井が崩れてしまいそうだ。振動も酷いからあっちで倒れている3人にも被害が及ぶかもしれない。あーでも鱗剥がれるくらい暴れてんのに止まんないってことは、攻撃しても止まらないよな...。それに出来ることならばあまり傷つけたくはない。やはり肉を斬り、血が流れ飛び散る感覚には中々慣れないものである。熟考した結果、とりあえず大蛇の体に飛びつくことにした。
(やれることなんて少ないしな、夏目みたいに歌で何とかできないし...。てか耳聞こえないんだっけ?)
そもそも黒井はそんなに頭がいい方でもない。考えるより体を動かすほうが好きな男子だ。先ほどの熟考も精々10秒ほど。熟考と言うほどでもないが、黒井なりに頭をフル回転にして考えていた。そして行き着いたのが、大蛇の体に飛びつくこと。...うん、微妙だ。黒井自身も微妙だよなぁとは思ったが、他にできることもないし、でも何もしないよりはましだろうという考えからだった。
しかし飛びついたはいいものの、あまりに大きく揺れるのでしがみつくのに必死で中々進まない。剣を置いてきてよかった...と思いつつ鱗に爪を引っ掛けながら一つ一つ確実に登っていく。ずいぶん長いことかかったような気もするが、時間感覚の狂ったこの場所ではよく分からない。1番大きな出っ張りを見つけた黒井は、とにかくそこに両手で掴まる。自分の体を引っ張り上げ、座ると視界がひらけた。どうやら大蛇の頭の上まで辿り着いたようだった。
「うぉっ!!」
安堵するのも束の間、大蛇の頭の上は酷く不安定で、ジェットコースター並に揺れまくる。黒井はこの時ほど絶叫系得意でよかったー!!と思ったことはない。その時、黒井は自分の手元で何かが光るのを見た。そう言えばこれだけ鱗より一段出っ張ってるな...よく見れば、これは大蛇の黒い鱗ではなく、土埃などで黒く汚れてしまっていることが分かった。黒井はうずうずとする自分の気持ちを止められないことを知っていた。
(こんな時にやることじゃないよな...うーでも気になる!)
ちょっとの好奇心、足りない自制心。それが黒井と、白木たちの運命を変えた。
自分の手が真っ黒になるのも気にせずに、黒井は出っ張った部分を拭う。意外とすぐにそれが何なのかはわかった。菱形をした両手いっぱいの大きさの宝石だった。まるで夜空のような、ディアンの瞳のような宝石だった。黒と藍色がグラデーションを作り、オーロラのように波打っていて、その上に白い輝きが散りばめられている。あまりの美しさに瞬きも忘れてしまう。そして黒井は宝石に意識を吸い込まれた。
ハッと目を開けると、そこは暖かな光に包まれた森の中だった。風に流れて土の匂いと葉の擦れた音が聞こえてくる。ディアンにさっき連れてかれた神界とか言う場所ではない、あそこには鮮やかな森も、風も、匂いも一切なかった。するとガサガサと茂みを掻き分ける音がした。黒井が警戒していると、そこから背の高い男が出てきた。
「え、デカいディアン?!背たかいけど顔ディアンじゃん!!」
驚いて声を上げるが、ディアンはそれを無視した。というより、聞こえていないようだった。はぁん、俺のこと見えない的なあれね?と一人納得している黒井をよそに、ディアンは膝を曲げ、地面に屈んで何かを掬い上げた。ディアンの両手には20cmほどの白蛇がいた。人に踏まれたのか、真ん中がペシャンコになってしまいもう死んでいるように見える。しかしディアンはすくっと立ち上がるとそのまま消えた。え?!と黒井は焦ったが、黒井も一緒に転移したようで、今度は色とりどりの花が広がる草原に立っていた。すでに歩き出しているディアンを黒井は後から追いかける。ディアンはすぐに立ち止まり、少し屈んで誰かに話しかけた。
「フィアナ、この子を治して...。僕じゃ治せないよ。」
ディアンの言葉に顔をあげた、フィアナと呼ばれた女性はふわっと花が開くように笑った。
だいぶ遅くなりました、すみません!
長くなりそうだったのでデカディアン回分けます。
そう言えば今更ながら、夜の契約についてなんですけど。夜はフェンリルと契約した時点で、フェンリルの支配下にある全てのシルバーウルフに命令ができる、もとい契約している状態です。いやほんと今更なんですけど、書いてなかった気がして...。よければブクマなどなどお願いします!




