61 突然の戦い
大蛇はゆっくりとその大きな頭を、黒井に近づけながらシューシューと何やら声を発している。黒井はやべ、まずったと言う顔をし(実際口に出し)大蛇が近づくにつれじりじりと後退りした。しかし、黒井の左手は白木の右肩に乗せられたままなので実質白木の背中に隠れた程度だった。あと30cmもないほど大蛇が近づいた時、大蛇の頭がピタリと止まり声も止んだ。そして急に頭の向きを変え、一直線に一護へと向かう。一護は突然のことにびくり、と大きく肩を動かし両目に涙を浮かべた。大蛇が一護の目の前で止まると、腰が抜けたのか一護はヘナヘナとその場に座り込んだ。
「あれ、動ける...?」
一護はきょろきょろと自身の体を見ながら、白木たちの方へ目を向ける。黒井はあれーそういえばお前らんで動かないんだ?などと言いながら白木の肩を叩く。
(体が動かねえんだよ!何でお前動けんだよ...まじで)
白木は心の中で呆れるが、相変わらず体は動かない。大蛇と目が合った時から動けなくなったことを考えると、おそらく大蛇のスキルの影響だろう。白木が動けない体で考えていると、大蛇のシューシューという音だけが聞こえてきた。だが一護は黙りこくっているのか声が聞こえてこない。そちら側を見ることができない白木は、この謎の現状にひたすら頭の回転速度を上げる。
(まさか...蛇と話してるのか?!)
「え、一護蛇と話してんの?!」
白木と同じ考えに行き着いたのか、驚いた黒井が大きな声を出す。一護は困ったように黒井たちの方を見ながら口を開いた。
「うん...あのねぇ、意思疎通っていうスキルのおかげなのぉ...。それでねぇ、この蛇ちゃんさっきから黒井くんに話しかけてんのに帰ろうとするから急いで出てきたんだってぇ。」
俺ぇ?!と驚き自分を指さす黒井に、一護はぶんぶんと頭を縦に振る。
「なんて聞いてるんだ?」
「えっとねぇ、お前にとって勇者とはなにか、って聞いてる...。」
突然の問いに黒井は驚き固まった。そして腕を組むとうーんと考え込んだ。暫く悩んだ末にようやく黒井は口を開いた。
「...困ってる人を助けること...かな?うわぁなんかすっごい馬鹿っぽい答えかも...。」
自分で自分の言ったことに納得していないのか、また腕を組んで考え込んでいる黒井を尻目に、一護はひゃぁ!っと空気を吸うような悲鳴をあげた。ぱ、っと黒井が顔を上げると大蛇は牙を剥き出しにしながら、今にも一護に襲い掛かろうとしていた。
「一護!!」
黒井は鞘にしまっていた剣を取り出し、物凄い勢いで大蛇を斬り付ける。刃が硬い蛇の鱗に1cmほどの溝を作ったが、それ以上は進まない。黒井が剣を引き抜き、ぱっと距離を取ると、一護は既に隠密を使ってどこかへ逃げたようだった。
(よかった、間に合った...。)
と思うのも束の間、大蛇が壁の方へ尾を一振りすると、バシッと何かにあたり、そのまま壁に叩きつけられる一護の姿が見えた。うぅ、と呻きをあげる一護に大蛇が更に攻め入ろうとする。
「防壁!!!」
清水の声と同時に一護を守るように土の壁が現れる。次の瞬間、壁に蛇の尾が勢いよくぶつかり壁にひびが入る。清水は壁の向こう側にいる一護の元へ駆け寄り、動けないでいる一護に肩を貸しながら「疾風!」と呟き風に乗って蛇の追随する攻撃を避ける。どうして...と呟く一護に清水はひたすら前を見ながら答える。
「この蛇、きっとピット器官があるんだ...。愛菜ちゃんを見つけた時魔力を使ってる感じはなかった。サーモグラフィー的なあれだよ、それで隠れている愛菜ちゃんを見つけたんだと思う...。」
大蛇から遠く離れたところまで何とか一護を連れて行き、容体を確認する。一護は体内で内出血が起こっているらしく、腹部に複数の痕が見える。少し押すと一語はあぁあ!と声を上げた。
「骨折れてるかも...。愛菜ちゃん、ここで休んでて。動いちゃダメだからね?」
一護を壁に持たれかかせ、治癒、免疫向上、などぶつぶつと呟く。一護はうっすらと目を開き、清水をまっすぐに見つめる。
「まいっち...蛇ちゃんいってた...そんなもの勇者って認めない...うぅ...って...。」
痛みに呻きながら必死に伝える一護に清水はありがとう、と小さく答える。そして少し俯きながら言葉を絞り出した。
「ごめんね...今の私のMPじゃ愛菜ちゃんを完全に治せない...。本当にごめん...。」
清水は涙を流しているようで、ポタポタと雫が落ちる音だけが聞こえてくる。一護はうっすら微笑みながら清水を軽く押す。
「はやくいってぇ...。まだ戦ってるから...まいっちがひつよーだよ?」
清水は勢いよく袖で目元を拭くと、一護を守るように土でできたドームを作り上げる。そしてそのまま大蛇と戦っている黒井と白木の元へ駆けて行った。2人は大蛇の攻撃を交わすのがやっとのようで、攻撃できずにいる。
「突起、硬化、貫け!」
清水の詠唱に地面から鋭く大きな突起が生え、大蛇の体を貫いた、かと思えた。しかし突起は蛇の鱗を破れず、耐えきれなくなり砕けてしまった。
「ああ、もう!魔力の練度が足りない!てかあいつ鑑定しても見えないじゃん!うちらよりずっとレベル上じゃん!!そもそもボスの間入ってないのになんで出てくんだよ?!この黒蛇が!!!」
怒りと不安と恐怖と悲しみとが混ざり合って爆発した清水は、大蛇に向かってひたすらに叫び不満をぶつける。その様子を黒井はぽかんと見ていたがすぐ我に帰り一瞬攻撃の止まった大蛇めがけて剣を振り下ろす。剣はやはり大蛇の鱗を少し抉っただけでその先の柔らかいはずの肉に到達しない。悔しさに顔を歪ませていると白木が黒石を突き飛ばす。
「うぉ、なんだ?!」
見ると大蛇が口から毒を、黒い目掛けて吐いたところだった。黒井が被るはずのそれは白木にかかり、王からもらった装備を最も容易く溶かし肌へと侵食していく。
「ぐぅあぁぁぁぁあ....!」
痛みに動きを止め顔を歪める白木を、今度は清水が引っ張り大蛇の続く攻撃から何とか逃れる。
「黒井!座ってる暇ないよ!!蛇はサーモグラフィーがついてるから隠れてもすぐバレる!でも耳はないから声は聞こえてない...と思う!あと私のMP残量やばい!!」
そう叫びながら近くの壁まで何とか白木を引きずり、解毒用の魔法を施す。しかし少ないMPでは完璧に毒を浄化できず、白木の肌はどす黒く染まる。
「俺はいいよ...それより....早く黒井を助けて...。」
息も絶え絶えになりながらそう言う白木に最後の足掻きで治癒魔法を施し、一護と同じようにドームを作ってやる。
「ほんと、似たもの同士だよ、君たち。お似合いじゃん。」
こんな時に言うことではないだろうが、同じことを言う2人が幸せになってほしいと切に願う。そして1人なんとか耐えている黒井の元へ駆け寄り、清水は援護を始めた。攻撃が当たっても硬い蛇の鱗を貫けずにいる黒井の剣は、よく見るとすでに刃こぼれしてしまっている。清水は剣の強度を上げるよう魔法を唱え、同時に大蛇への攻撃も行う。しかし、MPが足りないのと、圧倒的なレベルの差に清水の魔法は大蛇に届かない。大蛇に少しでも傷をつけようと、とにかく大量の魔法をできる限りぶつける。その瞬間、地面が揺れ、清水はどさっと床に倒れ込んだ。揺れたように思えたのは、MP切れによる貧血だとすぐに悟る。倒れた清水を庇いながら戦うことは不可能、と判断した黒井は攻撃の手を緩めない大蛇からなんとか避けながら清水を抱えて白木のドームまで走る。ドームは人一人分しかなく、清水を入れることはできない。
「地べたでごめん、清水。ここまでほんとにありがとう。休んでてくれ。」
清水を地面に横たえると、黒井はすぐさま駆け出して行った。
(こんなことになったのは俺のせいだ...みんなを助けなきゃ、こいつを倒さなきゃ!)
黒井が決意を固め大蛇目掛けて飛び掛かると同時に大蛇の口がぱっくりと開かれる。そして次の瞬間、黒井は意識を失った。
今の4人のレベルは大体20前後です。対して大蛇は50以上。力の差は歴然ですが、多分黒井くん頑張ってくれます。




