59 清水の考察
時は少し遡り、夜がセヴェルに向かうより少し前。勇者一行はようやく村らしいものを発見し、やっと宿で休める...!と足取り軽く歩いていた。女子二人はすでにお風呂の話をしている。黒井は彼女たちの話を何となく耳にしながら何とかしなきゃな、と考えを巡らせる。
(風呂もそうだけど、森の中でトイレとか嫌だよなぁ。正直そういうの抵抗しかないし、何より森も可哀想だしな。)
うんうんがと1人頷く黒井を、白木は首を傾げながら話しかけた。
「どうかしたのか?黒井。」
「あ、いや。ただこれから森の中で野宿とか当たり前になるんだろうなーって。ほらトイレとか、風呂とかさ。正直文明発達しまくってる俺たちには辛すぎるじゃん?」
黒井の話に同意するように頷く一方で驚いた顔をする白木。黒井が何だよーとふざけて絡む。
「いやなんか黒井ちゃんと考えてんだなって、思ってさ。」
「何だよそれ、俺が何も考えてないとでも?」
「いやいや、そうじゃなくてさ。昨日なんかも急にいいこと言いだしたりしてさ。なんて言うか、元の世界にいたら黒井がこんなにいい奴だって気づかなかったなーって。お前、ずっと俺たちのこと一番に考えてくれてるじゃん、自分だってキツいはずなのに。」
これは褒められてる...?と一瞬思ったが、いやこれ褒めてるな!と嬉しくなり顔が綻ぶ黒井。
「いやー学年一のモテ男にそんなこと言われると嬉しいですなー。」
茶化すように言う黒井に白木も笑いながらやめろよ、と肩を軽く押す。まるでいつものやり取りだが唯一違うのはあまりにも長閑で西洋チックな風景。どこにいても、自分たちは変わらない事にふと気づき、黒井は嬉しくなって村までの残りの道を突っ走った。
村に着くと、近くにいた村人が黒井に気付き、その丸い瞳をさらに丸くしながら勇者だー!!!と叫び村中を走り回った。ゾロゾロ出てくる人々は皆、瞳を輝かせ口々に祝いの言葉を述べている。そんな中、一人の年老いた老婆が杖をつきながら前へと進み出た。ザ・村長の風体そのものの老婆はやはり、自分が村長だと名乗る。
「わざわざこんな村までお越しいただき感謝します、勇者様方。是非是非ここで疲れを癒して下さい。みんな、宿の用意だよ、ほら急いで!」
村長の言葉に女子二人は目を輝かせお風呂ー!と宿まで直行して行った。その後を白木と黒井は苦笑しながら歩く。歩いてる間も周りに村人が集まり、あまり前に進めずにいたが、陽キャを発揮した黒井を囮に白木はさっさとその輪から抜けて宿に向かった。黒井は一人取り残されながら暫く人々と楽しく話していた。
「お、黒井遅かったな...ってどした?」
装備を脱ぎ、ゆるい服装に着替えて寛いでいた白木は、黒井のキラキラとした瞳を見て少し不安になる。黒井が最初にここに来た時の様な目をしているので、何か変なことを言い出すんじゃないかと嫌な予感がする。
「なぁ、みんなでダンジョンに行こうぜ!!」
「ダンジョン?この近くにあるのか?」
「あぁ、村の人に聞いたんだ!よく腕試しに冒険者も来たりするから、俺たちにも行ってみたらどうかって!なぁ行こうぜーいいじゃーん、なぁなぁ。」
なぁなぁ星人になった黒井は白木を左右に揺らす。揺れる頭で白木はこれは行くって言うまで駄々こねるな...と遠い目をする。
「オーケーオーケー、でも女子に話聞くのが先。それと、俺たちが今魔王討伐に向かってるってこと忘れんなよ?」
白木の言葉に黒井は目を輝かせ、やったー!とその場で大きく飛び跳ねた。近所迷惑だからやめなさい、と落ち着かせ、白木は黒井を連れて女子達がいるであろう部屋に向かう。
「あれ、いないな。あ、風呂行ってんのか。」
「あれぇ、白木くん?何してるの?」
「一護!清水もいる?ちょっと相談したいことがあって....。」
その時白木は一護たちが風呂上がりで赤味が差している頬を見て、なんだかいけないものを見ているような気がして目を逸らした。
(おっかしいな、前いた時はこんなこと...。いやよく考えたら四六時中一緒にいることなかったわ....。)
悶々と考える白木の反応に、一護はがーんとあからさまに落ち込む。なんか目逸らされたぁと泣く一護に清水がよしよしと頭を撫でる。一人状況を把握していない黒井は、よっしゃー!ダンジョンいこーぜ!と叫んでいる。シンプルにうるさい。
下にある食堂に移り、腹ごしらえをしながら黒井の話を聞いていた一護は顔を渋らせた。
「うーんでもぉ、それだと遠回りになったりしなぁい?一応魔王倒しに行く途中だしさぁ。」
それに対し清水は黒井並みに乗り気だ。
「少しくらい平気だと思うな。それにダンジョンにしかいない魔物をかいるかも。そしたら経験値にもなっていいんじゃない?ダンジョン行こうよ、どうせなら。」
清水の言葉に黒井はうんうんと全力で頷く。一護は白木をチラリと見やり、白木くんは?と尋ねた。
「正直俺は一護に賛成だけど...ダンジョンに行ってみたい気持ちもある...。」
難しい顔をしながら言う白木に一護はそれなら...と呟いた。
「白木くんがそう言うなら、私も行ってみたい...なぁ。折角だしね、こんな経験滅多にないしね。」
途中で変なことを言ったと気付いたのか早口になる一護に気づかず、満場一致の声が上がって黒井は飛び跳ねた。
「よし行こう、今すぐ行こう!」
「はぁ?今じゃないだろ、早くて明日だよ。今日は情報収集でもしてよーぜ。風呂入ったばっかで汚れるのは嫌だろうし...。」
そう言って気遣うように一護たちを見る白木に、一護はぶんぶんと首を縦に振る。
「そうかぁ明日かぁ。じゃ、俺らで情報収集してくるから、お前らは部屋で休んでてよ!」
そう言って白木の腕を引っ張りながら黒井は外に飛び出した。後に残された二人はぽかぁんとそれを見ていたが、目が合うとどちらともなく吹き出した。
「あはは、黒井くんってあんなに冒険好きだったんだねぇ。ここに来なかったら知れなかったなぁ。」
「白木が一護の風呂上がりに興奮したってこともね。」
清水の爆弾発言に一護は顔をかぁっと真っ赤にさせ、もう!っと清水の肩を思い切り叩いた。思ったより強い力に非力な清水はうぉっと変な声を上げた。
「あぁごめん!大丈夫ぅ?」
「だいじょぶだよ...。でもね、魔法使いに物理は良くないよ、愛菜ちゃん...。」
どっかの誰かさんと同じことを言う清水にごめんねぇと謝る愛菜。
「そういえば夜ちゃんは大丈夫かな...。」
「なつめっち?確かにね...。第二王女様だっけ?ほんっとに驚いたなぁあの時は。まさか実の父親に閉じ込められてたなんてねぇ。」
「それもだけど...。あの歌、歌姫って正直聞いてもピンと来なかったけど、あれはヤバいと思う。見たでしょ?歌一つで草や花を生み出して人々の関心を一気に持っていってた。一種の洗脳みたいでさ...。夜会の時のランタンもそうだし、無から有を生み出すのってすっごく難しいことなのに...。」
「それにあの子の傷も治してたしねぇ。歌うだけであんなことが出来るなんてびっくりだよねぇ。」
「...多分だけど、あの力は私たちの扱っている魔法とは別の次元な気がする...。属性関係無さそうだし、何よりあれは夜ちゃんのイメージと感情だけでできてた気がするんだよね。」
「イメージはそうだけどぉ、感情ってどう言うことぉ?」
一護が首を傾げるのをみて、清水はあたりを見ながら声を潜めた。
「あの時の夜ちゃんは、楽しいとか嬉しいとか幸せにしたいとか、そう言う気持ちで一杯だった。だからその気持ちが歌に乗って、聞いていた私たちにも伝播していた。てことは、夜ちゃんが嫌いとか、ムカつくとか...殺したいとかって思って歌ってしまえばそれが現実になっちゃうと思うの...。」
殺す、と言う言葉に一護は驚く。清水も自分の言葉に少し顔を顰めながら話を続ける。
「つまりさ、夜ちゃんは歌ひとつで世界を滅ぼすこともできちゃうんだと思う...。ほら、そういう歌もあるじゃん?私たちの世界には...。普通の魔法でそんなことは出来ない。魔力量が膨大になってしまうし、そんな魔法はないからね...。でも、夜ちゃんの歌はその時の夜ちゃんの感情でも左右されてるから、少しでも負の感情が込められれば、その歌は人を殺す物になると思う。」
清水の考察に一護は少し顔を青くしながら、そうだねぇと頷いた。
「でも、なつめっちはそんなことしないよぉ。だってぇ見ず知らずの王女を助けてぇ、道に飛び出した女の子のことも笑って助けてたもん。大丈夫だよぉ。」
その言葉に清水は軽く頷きながら立ち上がる。部屋戻ろっか、と言うと一護も立ち上がった。
(その優しさがもしかしたら凶器になるかもしれない...。一番は夜ちゃんが危険な目に遭わないことだけど...。)
しかし、夜のいる場所は狡猾で汚い人間ばかり。どうかあの優しい夜ちゃんが、そんな奴らの餌食になりませんように、と心の中で祈る清水。もし、なにかされてそれに反抗した時夜はもしかしたら...
「人を殺しちゃうかもしれない...。」
ぽそっと呟いた言葉は一護には聞かれなかった。魔物を狩るのは被害を防ぐため。でも人間を殺したらもう人間には戻れない。一線を超えた人間はどこかが狂ってしまう。
(歌姫って諸刃の剣だなぁ)
清水の考察はまだまだ続く。しかし今は黒井たちの帰りを待つのみだ。
もしハリスに襲われた時、夜が歌っていたら...どうなっていたかは神のみぞ知るってやつですね。今後も四人の冒険メインですが、ちょくちょくマーシャや夜の話も挟むつもりです!




