58 聖人
ランスロットの顔はみるみると青くなっていき、冷や汗をダラダラと流している。呼吸が浅くなり、苦しそうに頭を抱えたランスロットに王が静かに語りかける。
「ランスロット...私は其方がサンチェストの一族だから宰相にしたのではない。其方の能力を買ってのことだと言うことを理解しているな?これ以上私を失望させる前に、その下手くそな演技を辞め、全てを洗いざらい話すのだ。」
王の言葉にそれまで呻いていた声がピタリと止み、ランスロットはすっと顔を上げた。その顔はどこまでも冷静で、先程までの表情が全て演技であったことが嫌でも分かる。ランスロットという男の気持ち悪さについつい、アルベールは顔を顰める。こんなやつがいる所にナツメやマリアを送っただなんて、と今更後悔が募る。そういえば...とふとアルベールは疑問に思ったことを口に出す。
「何故歌姫が天使であると分かったのだ。このことは王族でさえ知られていない、『忘れられた歴史』だ。それを何故...。」
その問いにランスロットは目を輝かせ気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「良くぞ聞いてくれました!これには我々サンチェストの一族がどう呼ばれるようになった理由が関係しているのですよ!」
「サンチェストか....意味は聖人だったな。それがどう...」
そう言い掛け、アルベールはある考えに行き当たる。ユルグから聞いたフェンリルが話したと言う『忘れられた歴史』。それによれば、天使と人間の子供の力に欲をくらませ地上にいる天使を1人残らず捕らえたと言うことだったが、まさか...。アルベールの表情から正解に辿り着いた事に気づいたのか、ランスロットはより笑みを深め両腕を天高く広げる。
「そう、我々が天使を捕まえるよう提案したのだ!そのおかげで今の社会は成り立っているのだ、我々がいなければこの世界の貴族も王族も存在し得なかった!」
そこまで一息に言い切ると、ランスロットは腕を下ろし、一呼吸おいた。そしてすぐに恍惚とした表情をするとまたベラベラと話し始めた。
「我々の偉大な発案に人々は聖人と呼び始めたのだ...。本来ならば王族となっても間違いないが、あくまで支える役割についたのも、全てこの国を思ってのこと!だが...」
ランスロットの顔が苦々しそうに歪められる。先ほどまでの表情が嘘のようだ。
「だが、一度滅び、また建て直されたこの社会でサンチェストは徐々にその勢力が失われていった...。人々は過去の我々の栄光を忘れ、当主も腑抜けたやつばかりになった。だから気づかなかった、歌姫が天使だということに。逃げ延びた天使がいたことに...。だが、歌姫殿は人の心を聞けたようで。私の心の声に一々反応していてなぁ。何より中級精霊に天使だと言われていた。だがあれを聞くまでは確信は持てなかったのだ...。天使の象徴である輪も、羽も彼女は何も持ってなかったからな...。ああ、あれがチャンスだったと言うのに、あの魔族め...。」
ランスロットの表情はすぐにころころと変わっていく。今では怒りに満ちた顔をしていて、歌姫を攫ったあの魔族を思い出しているらしい。
「ウリエルもだ...。あいつが我らサンチェストを復興させるのに手助けをすると言うから、受け入れてやったものを...。あんな魔族如きに丁寧な態度を取ってやったと言うのに...!汚らしい魔族の癖に私の天使を横取りしていきやがった...!!!!」
「おい訂正しろ。ナツメはお前の物じゃない。大体さっきから聞いてれば、お前は自分のことしか考えてない自己中野郎じゃねえか。こんなのを宰相にしてたのかよ見る目ねえな。」
ハンッとバカにした笑いを、王は大人しく受け入れた。
「此奴にはそれ相応の処罰を与える。少なくとも王族としての権利は剥奪され、貴族として生きていけなくなると思え。」
「ハァ?とんだ生ぬるいオウサマだな。そこはこうだろ。」
そう言いながら首を親指で横に切る動作をするユルグ。それにハリスが顔を真っ赤にし、無礼者!と声をあげる。ユルグは挑発するようにハリスを鼻で笑う。
「ハッ、そうなるくらいの事をしたって自覚しろって言ってんだよこっちは。だいたいお前ら歌姫を襲っただけじゃなく、うちの第二王女サマまで狙いやがって。どう落とし前つけるんだアァ゛?」
もはやヤンキーのそれにしか見えないユルグをアルベールが今になってやめさせる。不敬に不敬を重ねまくっているが、王が気にする様子は全くない。
「此度の件の非は全て我が国にある。誠心誠意を持って償わせていただく。」
「ではまず歌姫の救出を。魔族はどこへ飛んでいったのだ、見ていただろう?」
「ああ、あの方角は魔王城だ。おそらくそこに連れて行かれたんだろう...。だがそれなら勇者たちが向かっているだろうし、私たちが無理していく必要はないのでは...。」
ハリスの弱気な言葉にユルグが睨んだ。今にも殴りかかりそうなユルグを抑えてアルベールは話を進める。
「勇者たちの本来の役割は魔王討伐だ。それに、歌姫が魔王城であっち側に寝返る可能性もある。何せ誰かさんが彼女を襲ったからな、そんなことをされれば誰だって殺したくもなるだろう。」
アルベールの物騒な言葉にハリスは体を震わせた。それに対してランスロットは未だあの魔族に怒りを募らせているのか、話を聞いていないようだった。
「では我が国からは歌姫救出のため援軍を出そう。勇者たちと合流させる。それと第二王女は今どこに?」
王の突然の問いにアルベールは眉をぴくりと動かした。既にメアリーからの伝令は届いて、現在商人の馬車に乗り帰路の道を辿っているとの事だったが、これを教える事がアルベールには、いい事だとは思えなかった。
「無事だ。あなたたちが気にすることではない。今最も危険なのは歌姫なのだ。そちらを優先して頂きたい。」
アルベールの返答に王は暫し探るようにアルベールを見つめていたが、すぐに諦めて承知した、と呟いた。
「いつまでも国を開けているのも良くないでしょう、行きと同じように飛空艇で帰って下さい。そして歌姫の救出軍を頼みます。それと、こいつらは暫くこちらで預かります。」
アルベールの殺すような視線に耐えられず、下を向いていたハリスがそんな!と言いながら顔を上げる。ランスロットはいまだにブツクサ文句を垂れていて話を聞いている様子はない。
「当然だ。お前らは我が国の人間を襲った罪人。そちらの状況が整うまではこちらで預かり、それ相応の処罰をさせる。異論ありませんね、王?」
アルベールの言葉に王は諦めたように頷いた。
「勿論だ。何より我が国はこちらより魔法が劣っている。魔族の侵入さえ気づかなかったのだ、こちらの歴代最高と謳われる魔法使い殿に監視してもらった方が、私としても安心だ。」
父に懇願するように見つめていたハリスはすぐにそれが意味を為さないことを理解し項垂れた。王はすぐにその場を後にし、一人ラピス王国へと戻った。王が部屋を出てすぐ、ユルグは二人をそれぞれ魔法の誓約で自由を縛った。
「これから俺がずーっと監視してやるんだ、感謝しろよ?このクズ共。お前らがしてきた事の重大さをその身に刻みつけてやるよ。」
ユルグの言葉にハリスは泣きそうになりながら、これから起こることに恐怖した。一方でランスロットはユルグの言葉をフル無視しながら未だに魔族への恨みを連ねていた。
後日譚はここまでです、一応!この後は勇者たちに視点を当てようと思ってます。よろしければ、いいねやブクマお願いします!




