54 異国の夜に
「!お姉ちゃん!」
「マーシャ、メアリー!ただいま!」
無事に国からの要請を達成でき、王城に戻るとマーシャとメアリー、空にエメそして....
「マーシャ、その美人さん....誰?」
エメの隣にはエメより長く綺麗なアクアマリンの髪をそのままにした美女が立っていた。
「まぁ、もしかしてあなたが歌姫?初めまして、水の精霊王のラピスって言います。よろしくね。」
微笑み、差し出された手をほとんど無意識に夜は握り返した。水の精霊王というだけあって冷たく柔らかな触感が握手越しに伝わった。
(ちょー好みの美人....)
「あら、ありがとう。そう何度も美人って言われると照れちゃうわね。」
そう言って少し頬を染めた彼女の言葉に夜は気付かぬうちに口を滑られたのかと驚き口元を押さえた。
「うふふ、違うわよ〜。あのね、手握っているでしょう?触れていると考えが伝わってくるのよ。」
ウィンクを決めるラピスに夜は慌てて手を離した。相手の考えが伝わることはあっても、自分の考えが伝わることは中々ないので不思議な気分になる。
(うーんやっぱり心読まれるってキモいよな....。)
ということで、龍や家族にこの力は一生話せない。この秘密は墓場まで持って行こう...。そんな事を考えていると後ろから声をかけられた。
「皆様お揃いのようですね。おやあなた様は確か...第二王女のマリア様では?そちらのお二方は?」
「「風・水の精霊王だ・よ」」
その答えにそれまでうるさかったランスロットの心の中が一瞬静かになる。そしてまたすぐにうるさくなったが、顔を見れば驚いていることは一目瞭然だった。
「ということはまさか...精霊の愛子なのですか?こんな貴重な方を監禁していたなんて...ヒビス王国は何をしていたのか...。」
溜め息を一つ吐くと、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべマーシャに視線を合わせた。
「こうしてお話しするのは初めてですね、マリア王女。私はこの国の宰相ですので、何かあればすぐ言ってくださいね。」
そう言うと、仕事があるのでとさっさと行ってしまった。夜は睨みつけているキリヤを軽くはたきながらマーシャに話しかける。
「マーシャ、あいつのことは気にしないで。話しかけなくていいからね?」
「...うん。なんかあの人怖い....。」
眉を寄せ、メアリーの後ろに隠れるようにしながらそう呟くマーシャの頭を優しく撫でる。
「さ、もう日暮れてるし、ご飯まだでしょ?みんなで食べに行こっか。」
夜の明るい声に皆も笑みを浮かべ、部屋に向かって歩き出した。
食事も済み一同一息ついた頃、マーシャは眠そうな眼を擦りながら頭をゆらゆらと揺らしていた。この世界、通信機器がないので必然的にやることも無く、就寝に就くのが早い。尚且つ今日新たな精霊王と契約したのも相まってマーシャは限界なのだろう。歯を磨かせ簡単に入浴させて寝かせるに限る。
それをメアリーに任せて自分は空と翠のブラッシングを行う。綺麗な毛には手入れが欠かせないのだ。丁寧に体毛に沿って毛を撫でる夜に空はもっとやってー!とお腹を見せた。今日は外に出ていた翠の体も時間をかけて梳いていく。本来の姿に戻っているため、少々時間と手間はかかるが、夜にとっては最高の癒しの時間だ。
「あら、気持ち良さそうですね。こちらももう寝てしまいましたよ。」
すでに丸くなって寝ている空を見てクスッと笑ったメアリーがベッドにマーシャをそっと下ろした。翠もうとうとしていて今にも眠りに落ちそうだった。
「何だか私も眠なくってきちゃった。軽くお風呂に入ったらもう寝ちゃおうかな。」
「それがよろしいですよ。何せ明日はナツメ様の晴れ舞台ですから。」
「晴れ舞台?ああ、そういえば歌を歌うんだっけ。忘れてた、明日だったか。」
夜の反応に呆れたような顔をしながらメアリーが相槌を打つ。
「そうですよ!ナツメ様の素晴らしさをこの国に広める時なんですから!」
そう言って胸を張るメアリーに夜は苦笑を返した。
「素晴らしさ、ねぇ...。私はあなた達が思ってるような聖人じゃないよ?まだ世間知らずな15歳だよ。」
「聖人じゃなくてもいいんです。ナツメ様の歌に救われる人もいるんですよ、マーシャのように。」
メアリーの視線の先でぐっすり眠り込んだマーシャの胸が微かに上下するのが見えた。うーんと言いながらこちらに背を向ける。そんな些細なことであぁ、私たちは安心できる存在なんだ、と嬉しさが心に溢れる。
「救えたのかな...。」
夜の消え入りそうな声にメアリーの明るい声がそれを掻き消した。
「もちろん!マーシャだけじゃない、ナツメ様はたっくさんの人々を救っているんです。このメアリーが保証します!」
メアリーの言葉に夜は顔を上げた。この世界に来て、歌姫だとか訳のわからないことを言われて、家族も恋人も離れ離れで、帰れないとか言われて....。心は酷く正直でそれに追随する体も正直で、気づけば夜の両目から涙が溢れていた。目元と喉元が熱くなって、これは止まらないなぁとどこか静観する自分がいる。
(私、ずっと誰かに認めて欲しかったのかも...。)
親に愛情をもらった記憶はなくて、毎日蹴られて殴られて。ご飯がないのは当たり前だし、それでも弟妹たちと生きるためにはお金も食べ物も必要で。年齢を偽って働いたお金の殆どは、親に取られてそれでも何とか弟妹を育てて。学校でも心の声に反応したらみんなに気味悪がられていじめられて。それでも泣いたことはなかった。泣いてもどうにもならなかったから。龍が隣にいれば、それだけでよかった。私を無条件に受け入れてくれたのは龍だけだったから。でも....
でも、誰かに認められたい。頑張ったねって、あなたに助けられたんだよって、もう十分働いたよって、誰かに褒められたかった。愛情が欲しかった。長女だから下の子達を守らなきゃいけなくて、大人は頼りにならなくて。年齢詐称してるからバイトで他の人と話すことは殆どないし、学校の先生も私のことを嫌っててて...。
思考がどんどん悪い方向へと流れていた時、ふと気づくと視界が真っ黒に覆われていた。最初は何なのか分からなくて戸惑ったけどすぐにそれがメアリーの胸だと気づいた。メアリーが自分を抱きしめているのだと....。
ーきっと辛かったんだわ。
「え?」
夜の呟きは小さすぎてメアリーには届かない。ただぎゅうっとさっきよりも強く夜を抱きしめる。
ーそうよね、急にこの世界に来てまだ15の子供が世界の命運託されて。ずっと我慢してたんだわ、私ったら侍女のくせに気付けないで。
ー今はこんなことしかできないわ。でもいつかもっと仲良くなれたら、話してくれるかしら。ナツメ様の元の世界でのことを。まるで友達のように...そうしたら
ふっと腕が外され、メアリーの優しい顔が見えた。
ーそうしたら私はきっとこの方の心の重荷を背負える。背負いたい。それまではあんな言葉しか贈れないわ。
「ナツメ様、お風呂に入って寝ましょう。明日も早いですから。」
「メアリー。」
「はい、何ですか?」
「ありがとう、メアリーが言ってくれたこと、すっごく嬉しい。だから、ありがとう。」
まだ、メアリーに元の世界のことは話せない。話すのが怖い。だから今は、あなたの言葉に救われたんだよ、って。それが伝わるように、涙を拭って笑って見せるのだ。メアリーも微笑み返したその時、ドアの外で物音がした。
2日空いてしまってすみません。次ちょっとシリアスというか、バトル?です、きっと。




