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召喚されましたが、帰ります  作者: 犬田黒
第三章 ラピス王国
55/73

53 水の精霊王

少し長くなってしまいましたが、読んでくださると嬉しいです!

  通路を進んだ先は広く大きな空間になっていた。そして、その中心に座る髪の長い女性(そのように見える)。綺麗なアクアマリンの髪は(くるぶし)まで覆う水の中に浸かってしまっているが、気にする様子はない。それまでずっと黙っていた風の精霊王・エメラルドが言葉をこぼした。


「アクア………。」


 その言葉に反応して、座り込んでいた女性の顔がすっと持ち上がった。切れ長の目に深い海の色を宿した瞳はめったに来ない客人に驚いたようだった。


「ウェル…?」


 彼女の声はどこまでも澄んでいて、静かに響き渡った。エメは音もなく彼女に近寄り、その大きな背で彼女をすっぽりと隠してしまった。


「久しいな…こんなところにいたのか。」


「ウェルこそ。この国に来ると思わなかったわ。私の結界で守られているから、風のあなたは入ってきにくいでしょう?」


「ああ、今は新たな愛子と契約を結べたからな。彼女のおかげで難なくこの国には入れた。」


「あら………そう、それじゃああなたは新しい名前ができたのかしら?」


「実はそうなんだ。エメラルドという。エメと呼んでくれ。」


「エメ……ふふ、可愛らしい名前になったものね。」


 会話する姿はエメによって遮られて見えないが、話し声だけは聞こえてくる。二人とも久しぶりの再会に喜んでいるようだ。


「………いた」


「え?」


「初めて聞いた。彼女の楽しそうな会話を、笑い声を。いつも静かに涙を流すだけだから…。」


 そう答えた王はどこか嬉しそうにその顰めた顔を緩めた。そして突然胸元を押さえ、体勢を崩した。すんでのところで空がクッション代わりに間に挟まる。マーシャとメアリーが駆け寄ると、王は苦しそうに胸元を掻きむしりながら呻き声をあげている。


「大丈夫ですか?!今すぐ医者を呼ばないと!!」


「待ってメアリー。それよりもっと簡単な方法がある。」


 焦るメアリーを横目にマーシャはすっと立ち上がると精霊王たちの元へと足早に歩いていく。談笑中の精霊王達も異変に気付いたのか、こちらを窺っている。


「エメ、私彼女を解放したいの。どうしたらいいかな。」


 突然の言葉に一瞬驚いたエメだったが、すぐに状況を把握した。


「アクアを解放するには、古い契約を破棄する必要がある。本来なら初めに契約を結んだ者と契約を解除するべきだが、彼は亡くなっている。最も手っ取り早いのは新たに契約を結び古い契約に上書きすることだな。」


「おーけー、それで行こう。契約は名を与えるだけでいいの?」


「いや、今回は状況が違う。マーシャ、君の血もしくは体液が必要になる。それで直接彼女に刻印を描くんだ。そうすれば、彼女を縛っているこの鎖も解けるだろう。」


 鎖、と言う言葉にメアリーは今一度水の精霊王の姿を見てみた。よく見ると、彼女の真下には魔法陣が刻まれ、そこから水でできた鎖が彼女の手足を縛っていた。あれが、彼女を縛り付けるもの、最初の契約者が残した呪い。


「待って。話を勝手に進めないで。私はそんなこと望んでないわ。」


 水の精霊王の言葉にエメは驚きをあらわにする。


「何を言う。君はずっとこの地に縛られていたではないか。いい加減解放されるべきだ。」


「それはあなたの意見でしょ。私は彼にこの国を守るようにと言われたの。だから悪いけど、この魔法陣を解除しないで。」


「ですが、それでは王は苦しみ死ぬことになりますよ。」


 マーシャの冷静な返答に、水の精霊王は苦しそうな顔をした。


「そうね....でもそれは彼らが選んだ道よ。本来の寿命より短くなるのも、私の魔力に押しやられて精神と肉体が痛みに苛まれるのも全て彼らの選択。私には関係ないわ。それに、彼らだって命と引き換えにこの国を守れるのなら本望でしょう?」


「それこそあなたの勝手な意見です。彼らに一度でも聞いたのですか?彼らが何を思っているのか、本当に知っているんですか?」


 水の精霊王は途方に暮れた顔をした。それまで大人びて見えた顔は迷子の子供のように見え、彼女自身どうすればいいのか分からないようだった。


「.....彼女の解放を頼む....精霊の愛子....。」


 苦しい表情を浮かべながらも、言葉を何とか絞り出した王はマーシャではなく一心に水の精霊王ばかりを見つめている。


「彼女は....彼女はもう十分この国に尽くした......。それにこんな痛みを我が息子に受け継ぐわけには....いかんのだ....。」


「王の言うとおりです。それに、アクア。あなたのご主人はあなたが解放されることを願っています。」


「へ.....?」


 マーシャの突然の言葉に水の精霊王は呆けた顔をした。マーシャは彼女の首にかかっているロケットペンダントから覗く絵を指差し言った。


「その絵、あなたの契約者でしょう?彼に会いましたよ、私にあなたの解放を頼んだんです。」


「うそ....。ほ、ほんとうに?本当にノアだったの?」


「ええ、確かにこの顔でしたよ。それに今思えば体が透けて見えていたし....。」


 きっと幽霊ってやつです!と得意気に言うマーシャを前に水の精霊王は大粒の涙を溢した。


「あ、会いたかった。ずっとかれが来てくれるの待ってたのに....。人間はあまりに短くて、儚くて....う....うぁぁぁああああ」


 最後は言葉にならず大声をあげて泣く彼女にエメはどうしたらいいのか分からず右往左往している。マーシャはそっと彼女に近寄り優しくハグをした。いつもメアリーと夜がしてくれるように。彼女が安心できるように、優しく包み込んだ。


「大丈夫、彼はいつもあなたのことを考えているよ。

ちょっと会いにいくのが難しいだけで。いつでもあなたの側にいるよ。」


 子供のように泣く水の精霊王を慰めるように、言葉をかける。綺麗なアクアマリンの髪を流れに沿って撫でて彼女が落ち着くのを待つ。暫くして、彼女はしゃくりを上げながらもマーシャの肩に埋めていた顔をあげて未だ潤む瞳でマーシャを見つめた。


「本当にあの人はそれを望んでるの...?」


「頼まれたの。私しか助けられないって。私はあなたを助けたい。彼に頼まれていなくても、助けたい。だって、ずっとこんな所に独りは寂しいでしょう?」


 そう言って困ったように笑うマーシャをじっと見つめて水の精霊王は静かに頷いた。


「うん、寂しいわ...。私、外に出たい。ノアのいた世界をもう一度見たい。人間にもう一度触れたい....。」


「それじゃあ決まりね。あなたを解放するわ、アクア。」


「マーシャ、王がこれを。契約の証であるロケットペンダントです。」


 息も絶え絶えの王に代わりメアリーが契約の印であるロケットペンダントをマーシャに手渡す。水の精霊王はそれを見つめ、また涙で瞳を濡らした。


「これ、私とお揃いだわ...。ノアのペンダント...。ずっと受け継がれていたのね.......。」


 マーシャはそれを水の精霊王の掌に握らせ、自分は指先を噛みちぎった。そして血で滴る指で彼女の額に契約の印を描く。


「私はヒビス王国第二王女マリア・ヒビス。あなたのその綺麗な瞳からラピスラズリの名前を授けます。」


 マーシャがそう言葉を紡ぐと、血で描かれた印は刻印となってラピスラズリとマーシャの額に表れた。そして一瞬のうちに消え、同時にラピスラズリを縛っていた魔方陣が消え去った。鎖の消えた手足をラピスラズリは嬉しそうに見つめている。


「これが解放...自由なのね....。何年振りかしら?」


 嬉しそうに笑顔を浮かべるラピスラズリに、エメも嬉しそうに顔を綻ばせた。


「痛みが消えた....。」


「精霊王との契約が消えたため、契約の代償であった生命力の吸収が止まったのでしょう。今後は体調も良くなるはずですよ。」


 マーシャの言葉に王は安堵の顔をした。


「正直我が息子が王になるのは些か早計だと思っておったのだ。これでもう少し、あやつの成長が見られるな。だが....」


 それまでの嬉しい雰囲気は王の一言で一気に失われた。


「だが、これで我が国を守っていた精霊王の結界は無くなってしまったのだな?」


 それに気まずそうにラピスラズリが頷く。


「ええ、まあ。この国を守るのはノアとの契約中の命令だったから。その契約が失われた今、私がこの国を守る必要はない....。」


「私たちの国では聖女が結界を張っています。ラピス王国でも聖女はいるはず...。」


 マーシャの言葉に王は悲しそうに首を横に振った。


「それが恥ずかしい話、これまで聖霊王に守れてきたためこの国全体を守れるほどの結界を張れる聖女はいないのだ....。」


 ふむ....と考え込むマーシャにラピスラズリが助言した。


「それなら、その聖女の育成をするのはどうかしら?聖女たちが育つまで私がこの国を守ってもいいわよ。」


「良いのか、ラピス?」


 エメの心配そうな問いかけにラピス(長いので省略)は笑顔で頷いた。


「ええ、ノアが愛した国ですもの。それに魔王の脅威がさっていないのも事実。この国が自分たちで守れるようになるまで引き続き私が守りましょう。まあ、そうしたら私はこの国から出れないのですけどね。」


 といって可愛くウィンクを決めたラピスに王は顔を輝かせた。


「おお!そう言っていただけると助かる!して、愛子殿は...。」


 マーシャの顔を見て王は驚いた。先程まで大人顔負けに話していた少女はぷくっと頬を膨らませ、年相応の顔になっていたからだ。


「....むぅ。ラピスを解放できたのに.....。」


「あらあら、私の主は可愛い人ね。でもいいのよ、だって今度は縛られる訳じゃなくて私の意思で守るのだから。まだこの国にはいるのでしょう?主人様。」


「うん....。マーシャって呼んで...?ラピス...。」


 まるで水のように冷たく繊細なラピスの手がマーシャの柔らかな髪を優しく撫でる。先ほどマーシャがしてくれたように。その光景はまるで親子のようで、メアリーは少しばかり見入ってしまった。

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