51 お話ししましょ
「出てきてくださり感謝致します。私は今世の歌姫、夏目夜と言います。あなたにお話ししたいことがあって呼びました。」
夜が深くお辞儀すると、精霊はふんっと腕を組み不服そうに頬を膨らませた。器用な精霊だ。
「そんなのは知ってるわよ。あなた水に触ってたでしょ?私は水を通じてなんでもわかるの。あなたの考えも気持ちも全部伝わってきた。あんまりにも五月蝿いから出てきてやったのよ。」
「す、すごい。ほんとに本物の精霊だ....!」
いい反応するなぁ、あの従者。キリヤは至って真顔だって言うのに。いや、少し驚いている。目がいつもより大きくなっている。ランスロットは、というと...特に変化は見受けられないし、相変わらず同時進行で別のことを考えていてうるさい。寧ろここまで考えられなきゃ宰相なんて務まらないのかもしれない。
「何よ、信じてなかったの?ほんと、あなたたち人間って愚かよね。見えなくなった途端に私たち精霊を蔑ろにして、遂には自然まで汚して。とんだ冒涜よ!私たちがいなければ、魔王に敵うことすらできないくせに!!」
従者の個人的な感想は精霊の怒りに油を注いだだけだった。何とか鎮めなければ、もっと酷いことになるかもしれない。
「精霊様、今回の件人間を代表して私から謝罪させて頂きます。」
夜が改まって謝罪し、深く礼をすると精霊は余計怒りを爆発させた。
「あなたね!!!あなた、何もしてないじゃない!!どうしてあなたに謝られなければならないの?!そんな適当な謝罪なんて私は求めてない.....!」
精霊の心は聞こえてこない。気持ちが分からないだけでこれだけ大変だとは...普段聞こえすぎるが故の弱点だった。それでも、怒りに震えているのは見て取れる。
(ああミスった...。)
だがここで引くようではバイトで接客など出来ない。今回悪いのは人間側。これは圧倒的な変えられようもない事実だ。
「そうですね、あなたの気持ちも考えずに不躾な発言をして申し訳ありません。よければ一緒にお話をしてくれませんか?私はあなたと話したいんです。」
「ふん。ようやくまともな事を言い出したわね。いいわ、話とやらをしてあげる。言ったでしょ、あなたの気持ちは五月蝿いくらい聞こえたって。」
あの時の気持ちは伝わっていたのだ...。それが無性に嬉しくて自然と頬が緩む。
「そうですね...まずあなたのことを教えてくれませんか?」
夜の発言が斜め上だったようで、精霊は一度怒るのも忘れてきょとんとした顔をした。
「変な子ね...あなた。まあ話をするって言ったもの、付き合ってあげるわ。」
そう言うと、ふわふわと浮いていた精霊は夜の顔と同じ高さまで下がり、話し始めた。
「私はこのリカー川を治める中級精霊なの。生まれたのはずぅっと昔、この国ができるより前のことよ。こらそこ!年を数えない!」
例の従者が指を折り数え始めたのを見て、精霊がツッコミを入れる。本来は陽気な気性なのだろう、心なしか楽しそうに見える。
「初めはもっと小さかったのよ、この川も。だから最初は低級でね、でもここで暮らす人たちが私を見つけて、それから信仰っていうか私に対する人の気持ちがたくさん集まって。気づいたら、中級精霊にまでランクアップしてたのよ。それに伴って川も大きくなったし、森も豊かになっていった。すっごく幸せだった。」
懐かしそうに目を細める精霊に、夜は人間のようだと思った。きっと人と一緒に生きてきた名残なのだろう。
「この国になる前は今より話しかけてくれる人が多くて。街へ出る精霊たちはみんなイタズラ好きだから嫌われがちなんだけど、私は好かれていたの。川の守り神みたいなもんだったしね。この川、一度も氾濫したことないのよ?すごいでしょ。」
えへんと胸を張る精霊が可愛らしくて、空気が和む。可愛いは正義だ。だが、楽しそうに話していた精霊の顔は段々と暗くなっていった。
「でも、この国ができてから段々と精霊を見える人が減っていったの。私のことも忘れちゃって。ああ、今あなたたちが見えているのは歌姫のおかげね。歌姫の歌に私が応えたから、歌を聴いていたあなた達も見えるの。もっと高位の精霊なら自分で姿を現すこともできるけどね。」
「いやぁ、自分の歌の影響力が怖いよ。」
夜が冗談めかして言うと、従者だけが笑ってくれた。あんた.....いいやつ好き。
「それで最近急に川が汚れるようになってさ。もうぶちギレ案件だよね。今まで溜まってた怒り大爆発、もうどうなっても知らなーい!って感じ。ああ、なんか話したらスッキリしたかも。」
ふっ....計画通り。女の子は話してなんぼだよね、話を聞いてもらえるとスッキリするし、とうんうん訳知り顔で頷く夜。
「まあそれとこれとは別よ。私も川があったほうが嬉しいけど、まだ怒ってるもん。誠意を見せてもらわなきゃ、誠意をね。」
.....うん、まあそうですよね。さて、どうやって誠意を見せるか。夜がうーんと考え込んでいると、背後で誰かが動く気配がした。
「皆さん、出てきて下さい。」
ランスロットの掛け声でわらわらと人が出てきた。今までどこに隠れていたのか、屈強な男性が続々出てくる。
「もしかして、採掘場で働いてる人たち...?」
「ええ、念の為呼んでおいたのですが、正しい判断でしたね。」
ざっと100名ほどだろうか、集まった人々は皆沈んだ表情をしていた。そして精霊の前に一列に並ぶと、一斉に直角に礼をした。
「え、ちょ、ちょっと何よ、これ。」
「精霊様...!!!」
真ん中に立っていた1番背の低い男が野太い声を上げる。その声に驚き精霊が夜の後ろに隠れる。
「この度は普段の恩も忘れ、川を汚してしまい大変申し訳ありませんでした!!!!」
「「「「「「「申し訳ありませんでしたっっっっっっ!!!!」」」」」」」
謝罪と共にさらに礼を深めるおじさんたち。真ん中のおじさんなんてもう頭が土にめり込んでいた。精霊は最初驚いた様子だったが、呆れてすぐに顔を出した。
「もう、何なのよ今更。ほんと、人間っていつも都合がいいんだから。でも、その謝罪受け入れるわ。私、ここまでされて許さないような器の小さい女じゃないの。」
精霊の揶揄うような声に、夜含めおじさんたちが歓声の声を上げる。
「で、も、!」
精霊の声に静まり返るおじさんたち。何を要求されるのか恐れているようだ。
「今度また同じように汚したら、ただじゃ置かないんだから!今度はこの国中の水を無くしてやるんだから!!分かったら、もう二度と汚さないこと、いいわね?!」
「「「「「「アイアイサー!!!」」」」」」」
おじさんたちの元気の良い返事が森中に響いた。何だかおかしくて誰かが笑い始めたのを皮切りに辺りは笑いで包まれた。精霊も楽しそうにお腹を抱えて笑っている。一通り笑いが収まると、精霊は夜に感謝を述べた。
「ありがとう、歌姫。こんなにたくさんの人間と話したのは久しぶりよ。良いわね、話し相手がいるって。」
「良ければ私と契約してくれませんか?精霊様。」
気づけばぽろりと言葉が口から出ていた。驚いて目を丸めている精霊と同じくらい夜も驚きばっと手で口を覆う。徐々に水位が増している川に釣られるようにどんどん気まずくなる空気。頼む、何か言ってくれ...。
「あの、ごめんだけど、私じゃ無理。」
「え?!うそ、無理なの?!!!」
意地悪とかではなく、本当に申し訳なさそうに無理だと言う精霊。白雪が中級精霊だから契約できるって言ってたのに...としょんぼり肩を落とす夜に精霊が慰める。
「あのね、契約っていうのは同等の力かお互いに肉体を持った者同士が行うものなの。私たち精霊はいわば精神体。肉体を鎧として持っているあなたたちに精神力で劣ってしまうのよ。それにあなた天使の力の方が強くなってるし...。」
「あ、しーしーっ!それ内緒でお願いします。」
誰にも聞かれてないよな?と周りを伺う夜に精霊もキョロキョロ見渡す。誰にも聞かれていないようで、安心して話をどうぞ、と夜が促した。
「まあ話を戻すけど、つまり力だけで見るとあなたの方が強いの。今契約したら私は力としてあなたに取り込まれてしまう、精神力で負けちゃうの。精霊と契約したいんなら、上級精霊でも捕まえなさい。」
「上級精霊....。」
まあ数少ないけどね!と言って笑って言う精霊に殴りたくなる衝動を抑える。こいつ....!せめている場所くらい教えてくれたっていいじゃないか...と思う反面、いやそんな義理ないしな、と冷静に突っ込む自分がいる。
「ふぅ、とりあえず教えてくれてありがとう。また遊びにきてもいい?」
「もちろん、今回ので精霊の見方分かったんじゃない?また来て、今度は女子会ってやつしましょ。」
そう言って楽しそうに笑いながら精霊はふっと消えた。後には楽しそうな笑い声とすっかり元に戻った綺麗な川だけが流れていた。




