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召喚されましたが、帰ります  作者: 犬田黒
第三章 ラピス王国
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49 キリヤの忠誠

 朝食はラピス王国産の新鮮な魚をふんだんに使った料理が食卓に並んだ。どれも美味しいのだが、子供には少し早いみたいでマーシャは微妙な顔をしながらも何とか食べていた。食べれるうちに食べてしまうという感覚が抜けないのだろう、夜にも通じるところがあるので気持ちがわかって頷いてしまう。どんなものでも、目の前に出されたのなら食べる。腹が減っては戦はできぬ、ならぬ腹が減っては生きていかれぬ、だ。


「え、マーシャはここに残るの?」


 食後、部屋に戻り外へ行く準備をしていると、マーシャが残りたいと決死の顔で言った。そんなことで死んだりしないが、マーシャがここまで覚悟を決めて言うのだ、何か事情があるのだろう。


「それは、どうしても?今日はキリヤも外に行くからいないんだけど....。」


ーあの人と約束したから....探さなくちゃ、ここにいる間に。


 じっと固い顔のまま黙っているマーシャの心を聞けば、誰かのために動こうとしているのが分かった。それを頭っから否定するほど野暮な女ではない。


「よし、分かった。それじゃあ空、あなたはマーシャとメアリーと一緒に残って、翠とキリヤは私と一緒に行きましょう。それからマーシャ?」


 マーシャの顔に合わせて背を屈め、目を合わせる。マーシャは緊張した面持ちでじっと夜の言葉を待つ。


「決してメアリーと空から離れないこと。危ないと思ったらすぐに引き返すこと、いいわね?」


 こくり、と頷き小さな分かったという声が聞こえた。メアリーを伺うと少し困惑した様子でそのやりとりを見つめていた。


「メアリー、マーシャがやろうとしていることを止めないで。これはこの子が選んだ道だから、見守っていてほしいの。」


 そう耳打ちすると、メアリーはすぐに状況を理解して、任せてくださいと胸を張った。


「ナツメ様は気にせず公務に励んでくださいな、ここでマーシャとソラと待っていますね。」


「そう言ってくれると嬉しい。マーシャも空もいい子でね、怪我しないように。」


 そう言って、一人と一匹の頭を撫でると嬉しそうに頬を緩ませ、空は尻尾がもげそうなほど左右に振った。


<すいー!よるー!きりやー!ばいばーい!!!>


「お気をつけて、皆様。」


「....ありがとう、お姉ちゃん。」


 各々に見送られ、2人と一匹は馬車に乗り込んだ。マーシャが王城で頑張るのだ、私も頑張らなければ、と意気込んだ。


「それにしても水の精霊の怒りを買ってよく普通に暮らせるわね。」


「国がその件に関して刊行令を敷いているようですね。国民は知らないはずです。それに川は他にも流れていますから。それでも川が干上がるほどの怒りは、いずれ国に新たな厄災をもたらすかもしれません。だからナツメ様に今回の依頼が来たのかと。」


「キリヤ....なんかラピス王国に来てからめっちゃ話すね??」


 普段は「はい」「いいえ」的な感じで多くても3文字しか話さないキリヤが、こんなに話していることに素直に驚く夜。キリヤはキリヤで驚いた顔をしてそう言えば...と呟いた。


「それは...ナツメ様に慣れたからかもしれません。」


「なるほど?詳しくお聞かせ願おうか??」


 夜の変に真剣な表情が面白かったのか、キリヤは軽く吹き出した。夜がなんだよぉと歯を剥き出し威嚇のポーズを取ると、いえすみません、と苦笑が返ってくる。


「自分は兄弟が多いんです。上に兄と姉が2人ずつと下に妹が1人で。兄たちともそんなに仲は良くないんですが、姉と妹には特にこき使われましてね、どうも女性が苦手なんです。」


「ははぁ女性恐怖症的な?」


「まあそんなところです。正直ナツメ様に指名された時はどうして自分みたいな無口をって、すごく不思議で。ほら、女性の皆様は話し相手を欲しがるでしょう?自分は姉に散々言い負かされてきたので女性と話すのも苦手で。」


 でも、とキリヤは遠くにやっていた目を夜の方へ戻した。


「でもあなたは私に騎士以上のものを求めなかった。無理に話しかけてもこないし、適度な距離感を常に保ってくれた。貴方からしたら当たり前かもしれませんがそれがとても嬉しかったんです。」


 男爵家の三男坊であるキリヤが家督を継ぐことはない。これ幸いにと家からさっさと出て騎士の道を選んだのも、男社会の騎士団でなら過ごしやすいと思ったから。それが急に歌姫のそれも年若い異世界の少女の騎士に選ばれたのだ。不服、よりも不思議が優っていたのだろう。初めて会った時から彼の心の中はなぜ自分が選ばれたのか、という疑問ばかりだった。


 今までならこのままの距離感で充分だった。護衛騎士とその護衛対象。だが、マーシャという不確定要素とラピス王国という異国の地において、キリヤの忠誠心がヒビス王国に対してのみでは夜は生き抜けない。そう、確信していた。


 相手の全てを捧げてもらうに、最も最適なものは何か。全てを押しつぶす恐怖か、人質を取ることか、返しきれないほどの恩を売りつけることか、はたまた愛を与えることか。それでもうまく行くかもしれない、だがそれでは意味がない。何故ならキリヤ自身が自ら進んで忠誠を誓わなければ意味がないから。決して裏切らない最強の騎士。この世界で生きていく上で夜が欲しかったもの。だから夜は、キリヤと同じように本音を伝える。自分は忠誠を誓うに足りる人間だと認めてもらう。


「私があなたを選んだ理由は簡単だよ。あなたは自分の仕事に真っ直ぐで、黒い噂がなかったから。それから....」


 言い淀む夜にキリヤが不思議そうな顔をする。ええい、ままよ!


「それからあなたは私の帰りを待ってくれている人に似てるから。不安だったの、この世界に来て1人ぽっちで。私を絶対に守ってくれる人はここにいなくて。あなたは気づいてなかったかもしれないけど、私はあなたの無口さに救われてたんだよ?」


「それはつまり....自分はその人の代わり...?」


「それは絶対にない。あなたとその人の似てるとこなんて無口なとこくらい。それも今では無くなったわけだけど。キリヤが彼の代わりなんて絶対にないし、キリヤはキリヤだよ。これは私の勝手な押し付け。勝手にキリヤの無口に彼を感じようとしただけ。でも、もう大丈夫なの。」


「大丈夫と言うのは...?」


「だってキリヤ、初めて私に本音を話してくれた。それって仲良くなれたってことでしょ?それにメアリーにマーシャ、空に翠、白雪だっている。大切な人がいるとそれだけ私は強くなれるの。キリヤもその中の一人。真面目で努力家でお菓子が好きな、私の大切な騎士だよ。」


 そう言って笑うと、キリヤははっと目を見開いた。


ーようやく見つけた気がする....自分の支えるべき主を...。


 無口なはずなのに自分の考えをどこまでも理解してしまうナツメ様。自分より年下で異世界に突然召喚され不安なはずなのにそれをおくびにも出さないナツメ様。そして初めて純粋に恋愛感情を抜きに自分を大切と言ってくれたナツメ様。自分はずっとこんな人を探していたのだ。優秀な兄に気圧され、使えないのだからこのくらいしろと強要する姉に、我儘ばかりの妹。自分が愛される隙間なんてどこにもなくて、愛されたいと思わなくなって、人との繋がりも疎ましくなって...。


「ナツメ様。」


「はい。」


 キリヤが馬車の中急に姿勢を正し、改まった声で言うので夜も背筋を伸ばす。


「改めて私の忠誠を貴方様に。このキリヤ・ハーベル、何があろうともあなたの最強の盾として護りましょう。」


「ありがとう、キリヤ・ハーベル。あなたの忠誠心に感謝を。そしてこれからもよろしくね、キリヤ。」


 差し伸べられた夜の手をキリヤはそっと自分の手をのせる。この時騎士としてでなく、キリヤ・ハーベルという人間の忠誠心を夜は獲得した。

一応補足でキリヤについて。

キリヤは家から出るため騎士の道を選びましたが、本人に剣の才能は特にありません。ただ家から出たいがために、毎日の修練によって王国騎士団の上位にまで登り詰めた努力の塊です。

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