48 アルベールの苦難
王の執務室へと繋がる回廊を1人歩いているアルベールは、冷たい風に少し震えた。夏とは言え、北寄りに位置している王都では長袖を着ても涼しいくらいの気候だった。特に日当たりの悪いこの回廊はより寒気を感じさせる。あるいは、これから行おうとしていることに対しての武者震いか。冷たく長い回廊を進みながら、アルベールは過去の記憶を思い起こしていた。
父王は突筆して何かに秀でていたわけではないが、良き王としてヒビス王国を治めていた。強いて言うなら、アルベールの母であるアリアナと大恋愛の末に結婚したと言うことくらいか。その母も、6年前に病気で亡くなった...はずだった。真相は、2人目の妹であるマリアの出産の産後が悪かったということ。そして魔力なしで生まれたマリアを父は王族として相応しくないとして、古い塔に閉じ込めた。
だがこれにアルベールは強く違和感を覚えていた。確かに、王侯貴族の子で魔力なしの場合、使えない者として排除されてしまうこともある。しかし、父はそんな愚かな王ではない。部屋から出させないにしても、塔に監禁し、虐待を行うなど考えられなかった。
今でも覚えている、あのぼろぼろの服とも言えない布を纏った少女のことを。手足はひどく細く、少し力を入れれば折れてしまいそうな程だった。常に太っただのダイエットだだの言っているユリアと比べても圧倒的に貧相な体をしていた。
(あんなの....一つ間違えれば死んでいた....。)
王族とは、民のため、国にために命を賭けるもの。それが自分の娘を殺そうとしていたとはいい皮肉だ。物思いに耽っていると、回廊は終点を迎え、目の前にはこれまた冷たさを感じる扉が立っていた。少し服を整え、ノックをする。
「父上、アルベールです。」
「入れ。」
中から低い声が聞こえてきた。これまで業務が忙しく父に話しかけるタイミングが中々なかったが、ようやく出来た時間だ。久しぶりに親子の会話というやつを存分に楽しむべきだろう。
「何用だ、アルベール。」
「単刀直入に言います、父上。あのマリアという少女は....
アルベールがマリアという名前を口にすると父王の顔は一瞬で怒りに染まった。
「あれは生きていてはならぬのだ!!!アリアナを殺した上に魔力なしの忌子が王族として生まれてきた....これは恥ずべきことなのだ!アルベールッッ!!!」
父の剣幕にアルベールは呑まれそうになる。その顔は真っ赤に染まり、眉が吊り上がり唇はわなわなと震えている。
「しかし....母上は産後の肥立ちが悪かっただけなのでしょう?これにマリアは....
「その名を!!口にするな!!!!あれはダメなのだあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれは!!!!!!!!!!」
最早壊れた玩具のようにあれは...と言い続ける王のそばに駆け寄り、アルベールは側仕えを呼びつけ医者を呼ぶよう託けた。
王の瞳は何も写しておらず、呼びかけにも何も反応を示さない。まるで狂人にでもなったかのように同じ言葉をぐるぐるとぐるぐると繰り返している。
(これでは...これではまるで....「呪われているようだ...」
心の中の声は音として口から飛び出し、父の呻き声が残る部屋に静かに落ちた。その瞬間、父の体は黒い闇に覆われた。すぐに父の体から距離を取り、その黒い靄の動きから目を離さぬようにする。それは徐々に人の形を取っていき、医者と側仕えが駆けつけた頃には完全に人の姿となって現れた。人の形をしたそれは、背中に黒い大きな羽を持ち、長くとがった耳に夜を煮詰めたような黒い髪がかかっている。異様なまでに美しい顔をしたそれは、人の良さそうな微笑みを浮かべた、と同時に隣に立っていた側仕えと医者が倒れた。
「やぁやぁ、お初にお目にかかるね、僕は君のお父さんの体に入ってた魔族だ。悪魔とでも呼んでくれ、アルベール君?」
剣を抜き、相手に標準を合わせ構える。アルベール付きの護衛騎士も庇うように前に進み出たが、瘴気に当てられてかすぐに倒れる。
「やだねぇ、僕は君と2人きりで話したいのに、次から次へと邪魔ばかり。それにしても相変わらず辛気臭い部屋だねぇここは。昔は花も飾ってあったんだけどな。」
「貴様、父に何をした。いや、いつから父の中にいた?」
「いい質問だね、うんいい質問だ。そして君が聞くのも当然の権利だね、でも僕に答えない権利もあるんだよ?」
笑みを深め、ふわっと浮くと倒れた父を足蹴にしてアルベールの方へ一歩ずつ進む。
「本当はさぁ、もうちょっと隠れてた方が良かったんだよね。でも君呪いだって、当てちゃったじゃん?僕は呪いみたいなもんだからさぁ当てられたらやっぱり、出てこないとね。面白くないよね、そうじゃないと。」
一歩ずつ進むごとにアルベールも一歩ずつ下がる。唯一の救いは後ろが長い回廊であること。下がる場所はいくらでもある。
「あいつにヒビス王国で王を見張れって命令された時はクソめんど〜〜とか思ったんだよね、実際面倒だし。それに僕はこんなに美しいのにそれに見合う器は中々いなくてね、まあ居るわけないんだけどさ。ずっと人間の中にいるから、体凝るわ、首痛いわで散々なわけよ。で、君は僕をどうするのかな?君の父親を苦しめていた僕を。」
それまでベラベラと喋っていた魔族は、急に黙ると興味津々と言った様子でアルベールを見つめた。アルベールの額から汗が垂れ、床に落ちる音が聞こえる。剣の持ち手を構え直し、震える体を何とか耐えさせる。
「決まっている、捕まえて、情報を聞き出す。」
「いいねぇ!戦いは好きだ!あーでももう時間だ。」
「は?」
「ごめんねぇ、君と遊びたかったんだけど、上の命令に逆らっちゃうとアレだからさぁ。それに....」
魔族はもうアルベールを見ておらず、その大きな黒い羽を羽ばたかせ空へと舞い上がった。
「歌姫の方が面白そうだ。」
一人後に残されたアルベールは衛兵を呼び、倒れている人々の救助と未だ潜伏しているかもしれない敵の捜索を命じた。魔族の飛び去った方角は夜たちがいるラピス王国だ。精霊王に守られている国に魔族が入れるとは思えないが、何か嫌な予感がする。
(無事でいてくれ、ナツメそれにマリア...)
アルベールの祈りは夜の耳には届かなかった。
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