47 王への謁見
「歌姫様一行のご入場です。」
荘厳にそびえる門が静かに開かれる。迷子のマーシャが見つかり王城に戻ると、すぐに王との面会に呼び出された。本当は、まだ傷の残るマーシャを異国の地で大勢の人の前に連れて行くのは気がかりだったが、お世話になる手前顔を見せないわけにはいかない。
行くよ、と呟き前に歩を進める。その後ろにマーシャ、メアリー、キリヤが続く。豪華な広間はヒビス王国と変わらぬ広さだが、どこか厳かな雰囲気がある。白磁の壁に大理石の床、モノクロのようだがそこら中に散りばめられているラピスラズリが青く綺麗に輝いている。赤い絨毯の先には王座に1人とその側にもう1人。どうやらハリス第一王子はいないようで、ほっと安堵の息を吐く。
夜がカーテシーを取ると、後ろの3人もそれに続く。面をあげよ、の言葉にゆっくりと顔を上げ、軽く息を吸い込んだ。
「お初にお目にかかります、ヒビス王国から参りました、歌姫の夏目夜です。後ろにいるのは、ヒビス王国第二王女マリア、侍女のメアリーそして護衛騎士のキリヤ。此度の件が解決するまでお世話になります。」
壮年の王はどこか青白い顔を少し動かし、真一文字に結ばれた口を開いた。
「其方が歌姫か。我が国の窮地に駆けつけていただき感謝する。今日はゆっくりとしていってくれ。明日には例の川へ行ってもらう。」
「かしこまりました、それでは今日はこれで。」
(よし、何とかなった....。)
「王よ、発言の許可を。」
それまで黙っていた王の側に着いていた男が口を開けた。王はちらりとそちらを見ると、軽く手を振り許可を出した。感謝します、と礼をするとその蛇のように細い瞳孔を夜にじっと向けた。気持ちの悪い悪寒が背筋を走る。
(こいつ....心の中が気持ち悪い)
たまにいた、多くのことを同時に考える人間。そう言う人は大抵心の声が重複して聞こえてきて、本心が中々聞こえてこない。先ほどから聞こえていた雑音はこの人から聞こえていたのだ。
「私はこの国の宰相、ランスロット・サンチェス、以後お見知り置きを。」
にいっと唇が弧を描き、目が細められる。ヒビス王国の宰相はもっと恰幅が良く人の良さそうな顔をしていたなぁなどと思い出し、目の前の男に耐える。
「サンチェス様、こちらこそよろしくお願いいたします。」
なんとか接客スマイルを出そうとするが、大きくなった雑音に少し顔を顰めてしまった。ランスロットは抜け目なくそれを見ているが、夜は気づいていない。
「話というのはですね、ぜひ歌姫様に我が国の国民にも歌を披露してほしいのです。何せ、勇者方のお披露目式へはハリス王子しか参列できず、我々は聞くことが叶いませんでしたから。」
どうでしょう、と夜の顔を伺うランスロットに、夜は全力で拒否りたかった。一刻も早く断ってこの場を離れたかったが、頭の中のアルベールが断るな!と焦ったような顔をして必死に止めてきたので、大人しく了承した。
(外交関係に溝ができても大変だしね...。)
自分のせいで誰かに被害を与えるのはいい気がしない。自分1人の我慢で済むのなら安いもんだろう。何より、この国の民も歌姫の歌を望んでいることは声からひしひしと感じていた。歌姫の歌がこの世界では救いになるのだ。自分にできることなら、やろう。
そうして話はとんとん拍子に進み、明後日みんなの前で歌うと言うような話になって無事解放された。案内された部屋もまた、シンプルに纏められているが、一つ一つが高価なもので出来ていて壊さないかヒヤヒヤしながらそっとベッドに腰掛けた。こちらの要望で、マーシャとは同じ部屋をお願いしたのでベッドは二つ置かれていた。マーシャは落ちそうな眼を擦りながら体をひらふらと揺らしている。考えてみれば、6時間のフライトに休む間もなく、城下町での散策そして王との謁見。まだ幼いマーシャの疲労感は夜の倍以上もあるのだろう。
「マーシャ、体を拭いて着替えて今日はもう寝よう。」
そう言うと、こくりとだけ頷き一言も発しないマーシャの体をメアリーが抱き上げ、暖かく湿らせたタオルで軽く体を拭いた。服を変え、ベッドに横たわらせると、すぐに寝息が聞こえてきた。夜はメアリーと目を合わせ、どちらからでもなく小さな笑い声をあげた。
「かわいいね。」
「とっても。」
会話が聞こえたのか、うっすら微笑むマーシャが可愛らしくて、愛おしくて、夜はその小さな頭をそっと撫でた。
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