46 迷子のマーシャ
「らっしゃい、そこの姉ちゃん!このイカ焼きはどうだい??うちで獲れた新鮮なイカだよ!!」
おっちゃんの掛け声に釣られ、キリヤがイカ焼きを買った。おっちゃんはいや、あんたじゃないんだけど...と微妙そうな顔をしていたが、4匹欲しいと言ったら、満面の笑みであいよ!と応えた。すでに大量の食べ物を買い込んでいるキリヤはまだまだ買うつもりらしい。買いすぎて、夜とメアリーまでキリヤの食べ物の荷物持ちになっている。
(そろそろメアリーの雷が落ちそうだな....)
「キリヤ様!!!!!あなた、買いすぎですよ!!!!ナツメ様の騎士という自覚はおありで?!もうこれ以上買うことは許しません、お金は没収です。」
そう言うと、ちょうど出したばかりの財布をさっと取られ悲しそうな顔をするキリヤ。いや、そんな雨にさらされた子犬みたいな顔で見られても私は何も出来ないよ?!
助けを求めるキリヤをスルーして辺りを見渡す。この辺りの出店には先ほどから既視感があった。
「やっぱり....神社の夏祭りみたいだよなー。イカ焼きもたこ焼きも売ってるし。」
これまでたくさんの異世界人を召喚しているおかげか、この世界での衣食住のクオリティはとても高い。中世ヨーロッパのような風貌で和食もどきが出された時の驚きと言ったら....。感動のあまり、清水なんて泣き出していた。イカ焼きを見つめ涎を垂らす空に半分分け、残りを翠にも与える。美味しそうにペロリと平らげ、2匹目を所望した空に翠が軽く噛み付いた。
「....その国を知るなら市井と食べ物からです....ナツメ様.....。」
メアリーにこっぴどく叱られたキリヤは未だ目を光らせるメアリーから挽回のチャンスを得たようだ。てか喋れたのかよ。
「この国では水不足になりつつあるようです...。水の値段が普段より5倍ほど値上がりされている。そのおかげで食べ物の値段も少々釣り上がっているようですね。」
....私の周り、食べ物絡むとなんか優秀なやつ多くないか?
そう思いつつ、キリヤの言う通り水の値上がりはアルベールに聞いた通りだった。水の精霊の怒りをかって、川が干上がったとか何とか。それでも海に面しているわけだし、海水を蒸留すれば水は取れるはず....。夜の思考はメアリーの悲鳴によって遮られた。
「どうしたの?!」
「ナツメ様...マーシャが....マーシャがどこにもいません!!!!!!」
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<....ち>
何か声が聞こえ、顔を上げたマーシャはキリヤが買い込んだ食べ物のおこぼれを食べていた。串焼きなる初めての食べ物に心躍らせ、海鮮という初ジャンルに挑戦していた時、どこからかその声は聞こえた。
<....こっち>
「どっち....?」
声の主を探そうと顔をあちこちに向けるが、一向に見つかる気配はない。そもそも出店の多いこの場所では人が多すぎて、周りは話し声ばかりだ。
「にゃぁん」
ふと鳴き声が聞こえ、下を向くと黒いものがちょこんと綺麗に座っていた。
(絵本にでてきたネコみたい....)
じっと見つめていると、ネコはくるりと踵を返し、するすると歩いて行く。途中で止まり、着いてきているか確認するようにこちらを伺っているため、何となしにネコの後に続いた。
猫はどんどん人の多い道から細い路地の方へと移動していき、気づけば見晴らしのいい丘のようなところに辿り着いた。真っ青な海が広がっている。
(空よりずっと青いんだな....)
「にゃぁん」
その光景に見惚れていると、ネコの一鳴きによって現実に引き戻される。声のした方を向くと、そこにはネコはおらず、黒い髪をした青年がいた。優しげだが、どこか悲しい微笑みが夜を思い出させた。
(そうだ、お姉ちゃん。)
随分遠いところに来てしまった。一言も言わずに来てしまったから、今頃探し回っているかもしれない。早く戻らないと、と思い来た道を戻ろうとすると、それまであった道は壁によってなくなっていた。
「あれ....?」
「ごめんね、どうしても話を聞いてほしくて。」
戸惑っていると、先ほどの青年が話しかけてきた。
「話って....。」
「大事なお願い、君にしかできないんだ。やってくれる?」
「それは....お願いによります。私にはできないかもしれない。」
「大丈夫、精霊の愛子である君なら必ずできるよ。」
突然の単語に驚き、どうしてと呟く。青年はただ微笑むだけで答えてはくれない。
「僕の願いはただ一つ、この国に縛られている水の精霊王を君が契約し直して解放してほしいんだ。」
「でも、国王と契約を更新しているんじゃ....」
「それでも彼らは精霊の愛子ではない。正直無理矢理更新しているんだよ、そのおかげで国王は皆短命だ。精霊王との契約は愛子である君なら上書きができる。」
「でも...私1人じゃ判断できない...お姉ちゃんやエメに...そうだ、エメ!」
強く願えばいつでも呼び出せるから何かあれば呼び出せと言われたことを思い出す。
(エメ、お願い、出てきて!)
「ごめんね、君の契約者にいてもらうのはちょっと困るから、ここには来られないようにしてるんだ。」
「そんな.....それじゃあどうしたら....」
「君が決めて。いつまでも誰かが君の側にいるとは限らない。君の心に従って選ぶのも大事なんだよ。」
(私の心....)
エメから水の精霊王の話を聞いた時、何とかしてあげたいと思った。私も閉じ込められる悲しさを、独りでいる辛さを知っているから。でもこんなに小さな私では何もできないかもしれない。お姉ちゃんやメアリー、キリヤそしてエメ。彼らに助けられなければきっと今も塔に閉じ込められたままだった。こんな私でも、誰かを救えるのだろうか。
「心は決まったかな?」
「私....救えるのなら救いたい。助けたい、閉じ込められている精霊王を。」
マーシャの決心に青年は安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとう....きっとそう言ってくれると思ったよ。大丈夫、風の精霊王の時と同じように、名前を教え、名前を与えるんだ。それだけで契約は上書きされる。彼女は王宮にいるから、あとはよろしく頼んだよ。」
マーシャが真剣な顔でこくりと頷くのを見て、さあ君の大事な人が呼んでる、と後ろを指さした。それまで壁だったはずのそこには新たに道が現れ、確かにお姉ちゃんやメアリーの探す声が聞こえてきた。
マーシャはそちらへ駆け出し、ふと気になって後ろを振り返ると、青年が手を振っていた。ばいばい、と呟きマーシャも振り返す。気づけば路地を出ていて、マーシャの頭は夜のお腹にぽすりと当たっていた。
「マーシャ!!!!!」
夜は驚き、声を上げながらマーシャをハグした。どこに行ってたの!と言いながら、もうどこにも行かないでと言うように強く抱きしめる。メアリーとキリヤもすぐに駆けつけ、安心したように顔を緩めた。
(あたたかいなぁ)
夜に抱きしめられながら、マーシャはその暖かさを噛み締める。塔にいるときは考えもしなかった、こんな暖かな未来があるだなんて。
(もっと、一緒にいたい)
いつも守ってくれるこの人たちを守れるようになろう。ずっと一緒にいれるように、私にできることをしよう。
そのために今は、問い詰めるメアリーと夜に弁解することが先だな、とマーシャは静かに微笑んだ。
更新遅くなって大変申し訳ありません。前回の決意はどこへ行ったのやら、気づけば1日2日と過ぎていて恐ろしいです。




