41 イリヤの決心
昼食の時間になってもまだ日記を真剣に読んでいる夜をみて、イリヤは躊躇した。
(もうお昼休憩だけど、どうしよう....。うーん、お昼誘ってみたら、来てくれるかな...。)
そんなことを悶々と考えて夜の方へ近づくと、気配を感じてか、夜がばっと後ろを振り返った。驚き、びくっと肩が動いてしまう。
「すみません、お腹が空いてしまって。続きは昼食後でも?」
夜の微笑みに見惚れて気づいたら言葉が滑り落ちていた。
「は...はいもちろんです!あの、よければ一緒にお食事とか....。」
言った後で、間違いに気づく。彼女がこんな出来損ないと一緒に食べたい筈がないじゃないか....!そんな気持ちに気づいてか気づかずか、夜は微笑み承諾した。嬉しさのあまり夜の手を掴み、食堂へと足取り軽やかに向かってしまった。
(ああ、浮かれちゃってるなぁ。でも歌姫様とずっと話してみたかったんだよねぇ。)
傍から見ても浮かれてスキップしているイリヤは何を話すかで頭を悩ませていたが、食堂の手前で夜が遠慮がちに食堂を嫌がったことで現実に引き戻された。
(そういえばいつも食堂に歌姫様はいないよね...。ああ、また間違えちゃった...。)
食事だけ取りに行き、夜と一緒に裏庭に回る。夜はイリヤから食事を受け取るといただきまーす、と聞いたことのない言葉を言ってから食べ始めた。イリヤは中々食べられずにいた。冷静になってみると、今イリヤはあの夜と2人きり。心臓が、心臓がもたない....!
「歌姫様は、なぜ歌姫についてお調べに?」
聞きたいことは山ほどあった筈なのに、出てきた言葉はこれだけだった。ああ、なんて気が利かないんだろう....。しゅんとしてると、夜はイリヤの質問に答えてくれたどころか、ナツメと呼ぶのを許し、自分の名前を聞いてくれた!落ち込んでいた気分はすぐに上がり、イリヤと口走りそうになるのをすんでのところで止める。
(イ....イ....うわ出てこない。)
夜がイ?と首を傾げる。何か言わなきゃ、何か...!頭をフル回転させ、出てきた名前はイリヤの護衛騎士の名前だった。夜は特に違和感も覚えず、イルマ様ですか!と笑顔で返してくれた。
......なんかイルマが呼ばれているみたいだ、ずるい
遠くで見守っていたイルマは、イリヤの心情を正確に把握し、逆恨みだけはやめてください...!とテレパシーを送ったが、もちろん届くはずもなかった。
「なぜ、あなたはそんなに元の世界に帰ろうとするんですか....。歴代の勇者たちはそんなこと一切なかったのに....。」
ふと気になって尋ねてみた。今まで召喚されて人々の中で元の世界へ帰ろうとした人は誰一人としていなかった。何が、この少女をそこまで突き動かすのか知りたくなった。
「私には待っている家族と恋人がいるんです。」
家族、それに......恋人。
(恋人がいるんだ......。)
心臓が掴まれたようにギュッと縮み、ズキズキと痛む。喉元が熱くなり、涙が溢れそうになるのを何とか堪える。胸の痛みも、ぐちゃぐちゃな感情も、全てイリヤにとっては初めてのことで、これが恋だと分からなかった。胸元を抑えるようにしていると、夜がイリヤに問いかけた。
「不躾ですが、あなたはどうしてそんなに私を?今までお話しした事はなかったと思うのですが。」
そうか、歌姫様からしたら僕は一介の司書だ....。自分でもどうしてここまで彼女のことが気になるのか分からなかった。夜の真っ黒な瞳に呑まれそうになる。思考がうまく纏まらず、それでも何か言わなきゃ、と焦るように口をハクハクさせる。そうして、イリヤにとって長く感じられた沈黙は夜によって破られた。
「ごめんなさい、意地悪なこと聞いちゃって。私、イルマ様と話してみたかったんです。よく面白そうな本を読んでいるから、良かったらお勧めとか教えてくれません?」
夜は笑顔を浮かべて話を変えた。まるでイリヤの心を読んだかのようだ。それともそんなに顔に出ていただろうか?イリヤは何だかホッとして、夜の話に乗った。それからは食事をしつつ、好きな本やお勧めの本について話した。
それでも、心のどこかで夜の問いに答えなければ、と思っていた。今はまだ自分の気持ちが分かっていない。このままでは彼女の疑問に答えられないだろう。
(もっと、学ばなきゃ。もっと自分を理解しなきゃ。)
イリヤは密かに決心を固めた。いつか、彼女に自分の気持ちを伝えられるように、この心に名前をつけるために。
イリヤはまだこれが恋だとは気づいてないです。気付けるのはまだ先になりそう....。夜にはすでに恋人がいるので、一応フラれたみたいな感じですけど、イリヤが恋心を自覚してないのでノーカンってことで!
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