40 side イリヤ
あれは出来損ないだな、誰かがそう言った。ヒビヤ国の第二王子として生をうけたイリヤは生まれつき体が弱かった。体の大きさに見合わない魔力量が彼の体を蝕んでいたのだ。初めは、その魔力量から宮廷魔術師ユルグにも勝ると期待されていたイリヤだったが、魔力が多いだけのポンコツだとバレると周りはすぐに手のひらを返した。イリヤは魔法や剣術といった実技系がてんでダメなタイプだった。
それなら、とイリヤは学業に専念した。幼いながらに地政学、歴史、言語学などと王族にとって重要な学問を必死に学んだ。しかしここでも彼が認められることはなかった。実の兄という、大きすぎる壁があったからだ。何をやらせるにも完璧な兄を超えることは、イリヤには不可能だった。
それでもイリヤは誰かに認めてもらうために一生懸命だった。毎日毎日何かに必死になって生きていた。そんなある日だった。あの言葉を聞いたのは。
「第二王子はダメだな、完全に第一王子の出来損ないだ。」
「ああ、まさか魔法を使う才能もないとはな。魔法が使えなければ、大量の魔力があっても無意味だ。」
出来損ない?無意味?......僕は一生認められないんだ。
7歳にしてそれを理解したイリヤは無気力になった。勉強も、魔法も。一時は全てが嫌になって死のうとまで思った。それでも、死ぬ瞬間に襲った死ぬことへの恐怖と生への渇望によってそれは未遂に終わった。イリヤは死ぬことすらままならない自分がどこまでも醜く思えて、それでも死ぬこともできなくて、本の世界に逃げ込んだ。
本はイリヤを現実逃避させるのにピッタリだった。体が弱いせいで外に行きづらいイリヤも、本の中なら勇猛果敢な勇者になれたし、好きに旅をする冒険者にだってなれた。塔に囚われた姫を助ける完璧な王子にだって。気付けばイリヤは図書館に入り浸り、父はそんなに好きならと、イリヤに司書の役割を与えた。
それからはとても穏やかな時間が流れていた。好きな本に囲まれ、自分を噂する人もいない。ストレスが減ったことで寝込むことも少なくなった。段々と兄について悩むことも減り、イリヤはただ本に没頭していた。
しかし、普段からあまり人が来ない宮廷図書館にある時から1人の少女がやってくるようになった。ブロンドの髪に強気がちな瞳。司書らしく彼女に話しかけるべきか、と迷っていたが彼女は自分には興味がないようでこちらを見ることは一度もなかった。その程よい距離感がイリヤにとって心地よくて、本をめくり表情をころころと変える少女を気づけば目で追っていた。
出来損ない王子とはいえ、貴族の名前や顔は把握している。それでも彼女は見覚えがなかったので久しぶりに兄の元へ訪れた。緊張気味にノックをすると入れ、と中から声が聞こえた。そっと扉を開けると兄は少し目を丸くした。
「イリヤか。久しいな、何か用か?」
「お久しぶりです.....。あの、最近図書館を訪れる方がいるんです。ブロンドの、女性なんですが。僕の知らない貴族で、何か知りませんか?」
意を決して尋ねてみる。兄は少しぽかんとした顔をした。そうして少し笑うと、教えてくれた。
「彼女は先の儀式で召喚された歌姫だ。本好きかもしれないが、強気な奴だ。お前が第二王子だとバレれば、すぐに噛み付くかもな。権力者を嫌っているのが態度に出ている。」
仲良くするなら、司書として仲良くしろよ、と忠告を受け、イリヤは外へ出た。
(兄様、意外と優しかった....。)
イリヤはまだドキドキする心臓を落ち着かせるように深呼吸をして図書館へ向かう。
(仲良くなりたいな....。本について話したい。)
そう思っていたが、イリヤは話しかけられず結局2ヶ月以上ずるずると引きずっていた。お披露目式の夜会では遠目に見るだけで終わってしまい、一度挨拶したきりだった。図書館では、夜が宮廷魔術師のユルグとよく一緒にいるのを見かけて、その度に彼より劣る自分なんかと話してくれないんじゃないか、とぐだぐだ考える内に1日が終わってしまうのであった。
そんな折に、王族のみ閲覧可能のエリアで見たことのない蔵書を見つけた。とても古いものだが、保護魔法がかけられているそれは、ヒビス王国召喚された歌姫たちの日記であることが分かった。これだ!これなら話す口実ができる!と思い、急いで父に直談判した。最初は渋っていた父も、イリヤの珍しい頼み事と必死な様子に折れて、図書館の中でのみ読むことを許可した。
嬉しくて、彼女の役に立てるんだと舞い上がって、久々に1人でやってきた夜に声をかけた。心臓はずっとバクバク言っていて、彼女にも聞こえてしまいそうで、訝しげな顔をする夜に慌てて本を押し付けた。
(おかしくなかったかな、心臓の音聞こえてなかったよね...?)
でも、そんな心配よりずっと大きな感情がイリヤの心を占めていた。
(僕のこと知ってた....!でも王子って気付いてないみたい、よかったぁ。)
今まで話したこともないイリヤを認知していた。これだけで、イリヤは昇天しそうなほど嬉しかった。本を捲る音だけが図書館に響く。ちらりと横目で見ると、彼女は真剣な表情で日記を読んでいた。
(僕は言葉が理解できなくて読めなかったけど、すらすら読んでる...すごいなぁ)
イリヤが理解できないのもそのはず。日記は全て日本語で書かれていた。実際は、日本語だとしても古語で書いてあるため夜にも読みにくいはずだが、言語理解のスキルのお陰でスラスラと読めていた。そうとは知らず、夜の横顔にうっとり見惚れるイリヤ。
(もっと、お話ししたいなぁ。)
イリヤの願いはすぐに叶えられた。
イリヤ視点ちょっと長いです、まだ続きます。そろそろラピス王国に入りたいのに、イリヤに足止めを喰らっています....。精進します。




