39 イリヤの初恋
司書こと第二王子イリヤに連れられて、夜たちは食堂へ向かった。今までは断固として人がいるところで食べなかった夜は少し不安を覚えていた。
(うぁあ、もう声がたくさん聞こえてくる.....)
声は四六時中聞こえてくるが、近づけばどんどんそれは大きくなる。特に食堂なんて所は、たくさんの話し声や食器の音で溢れていて、すでに騒がしいのにそこに心の声。もうカオスである。元の世界にいる時もなるべく静かな所で龍太郎と2人食べるのが常だった夜は食堂への耐性が一切なかった。
端から見ても顔色の悪い夜に気付き、イリヤは食堂の一歩手前で立ち止まった。
「だ、大丈夫ですか?どこか体調が....」
「あーその、できれば静かな所で食べたいなーなんて」
へへっと苦笑いをする夜にイリヤは少し待ってて下さいと言って先に中へ入って行った。邪魔にならないよう横にずれて待っているとすぐにイリヤは出てきた。手には食事が2つ乗せられている。
「裏庭の方に回りましょう。そこなら人もいないですよ。」
果たしてこれがあのアルベールの弟とは、誰が想像できただろうか。ここまで優しく気遣えるイリヤに涙まで覚える夜。
(うちの双子よりしっかりしてる.....!)
勝手にイリヤと比べられた双子は、元の世界で同時にどデカいくしゃみをしていた。
「「こりゃあ姉ちゃんが噂してますな」」
そうドヤ顔をキメる2人に同級生は何のこっちゃと首を傾げていた。
さて、裏庭へと回ってみると確かに人もおらず、食堂からそれなりに離れていて気持ち楽になった夜は、イリヤと一緒にベンチに腰掛けた。イリヤから食事を渡され、素直に受け取って食べ始めた。イリヤが食べずにいるので不思議に思っていると、夜に話しかけてきた。
「歌姫様は、なぜ歌姫についてお調べに?」
「ああ、元の世界に帰るためです。これまでの歌姫から何かヒントが得られないかなぁと思いまして。それと、夏目で結構ですよ。そういえば、お名前は?」
夜の答えにイリヤは少し悲しそうな顔をした。元の世界に帰ってほしくないらしい。いつの間にこんなに懐かれたのやら見当が全くつかない夜。
「ナツメ様!僕の名前はイ...」
「イ?」
第二王子とバレないようにしないといけないのに、早速バレそうなイリヤ。イリヤは慌てて頭をフル回転させてなんとか名前を絞り出した。
「イ....ルマです、イルマ。」
ー危ない、バレる所だった....。
と胸を撫で下ろしながら安堵のため息をつくイリヤ。イルマ様ですかーと営業スマイルを貼り付けた夜は、知ってるんだよなぁ〜〜と思いながら食事を続けた。イリヤも食べ始めたが、またすぐに手を止め夜に問いかけた。
「なぜ、あなたはそんなに元の世界に帰ろうとするんですか....。歴代の勇者たちはそんなこと一切なかったのに....。」
「私には待っている家族と恋人がいるんです。」
夜の言葉にハッとしてイリヤは顔を上げた。夜の顔はどこまでも真剣そのもので、本気で帰るつもりなのだと嫌でも分かってしまう。ふと、夜もイリヤの方に顔を向き、その夜のような黒い瞳をじっとイリヤに向けた。
「不躾ですが、あなたはどうしてそんなに私を?今までお話しした事はなかったと思うのですが。」
これにはイリヤも面くらい、顔を真っ赤にさせバッと顔を背けた。
ーうわぁそうだよね、歌姫様からしたら不思議だよね....。
ここで一つ、知っておくべき事がある。第二王子イリヤは優秀な兄アルベールを持つことで幼い頃から、アルベールと同じレベルを求められた。しかし、体が弱く病気がちな彼は周りの求めるレベルにはなれなかった。意外とアルベールは自分の弟妹を愛していたが、これまたエドワード辺境伯と同じパターンで、伝わっていなかった。つまりイリヤは、王族として求められる周りの圧と非の打ち所のない兄による圧のダブルパンチに負けて本へと逃げた残念王子であった。
そんなこんなで、ひっそりと宮廷図書館の司書として穏やかな日々を過ごしていたイリヤの下に現れたのが夜だった。人付き合いをあまりしてこなかったイリヤは女性への耐性も皆無で、ここまで本に興味を示す女性に会うのも初めてだった。気づけばいつも目で追ってしまい、苦手な兄にも話しかけるほどイリヤは心を狂わされていた。本人はこの気持ちを整理したかったが、初めてのことで何も分からなかった。
そう、つまり、恋である。
夜の家族構成について言及していませんでした...。
一応今は、母、夜、朝&夏(双子の弟)、雪
と言う感じです。全員父親が違うので、顔はあんまり似てなかったり....。年齢とかは今後ぼちぼち公開ということで。
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