35 side 魔王軍
バンッッッッッッッッッとどこかで何かが壊れる音がする。音の出所は、魔王軍の本拠地、魔王城からだった。
古くから魔王の側近として支えてきたフリードリヒはその怒りを抑えられないでいた。
(なぜだ.....なぜあの時歌姫は楽譜を破ったのだ、、、、!)
しかもそれだけではない。秘密裏に進めていた北の地セヴェルの侵略。慎重に進めるためにも下級の魔族ではなく、フリードリヒに匹敵する力のあるものに任せた。無事にセヴェルの森の守護者も弱り、あとは歌姫を殺すだけだったが、逆に魔族が殺されてしまった。
(くそ.....!長い時を経て精霊の愛子の力は封じたのに....!)
人間の世界に混じり、彼は精霊の伝説を捻じ曲げて伝えていた。そのお陰で精霊の愛子は魔力なしとして排除される存在になったと言うのに....次は歌姫?!
それに今回の歌姫はどこかおかしいとフリードリヒは思った。本来なら、次期国王となる者と婚約するはずなのにその気配は一切ない。これまでは、国の中枢で出されないよう、軟禁状態で暮らしていたはずの歌姫。それが今は好き放題している。
(しかもフェンリルと契約しやがった....!)
どこまでも計画が上手くいかなくてフリードリヒは綺麗にセットした髪を崩した。
魔王の側近であるフリードリヒは、唯一今までの記憶を全て持つ存在だった。だから彼は見ていた、自分の主が何度も何度も何度も殺される様を。それを阻止するために、彼は今まで密かに暗躍していた。そして今回こそ、魔王が生きながらえるように綿密な計画を練り実行していた。それなのに....!!!!!
あまりの動揺に彼は一度歌姫の前に姿を現した。操っている子供を使って。魔族の力はそのまま魔王に影響を受ける。まだ転生したばかりの魔王は力が十分ではなかった。とは言え、魔王軍の序列3位を誇るフリードリヒの魔法をいとも簡単に断ち切って見せた夜の強さは恐ろしいものだった。
「どうすれば....どうすれば主様が死なずに済むのだ...。」
もう自我も忘れ、ただ人間を滅ぼすだけの魔王。その魔王が天使だった頃、その天使に支えてしたフリードリヒは、どうにかして魔王を助けたかった。生きて欲しかった。たとえどんな化け物に成り下がろうとも、彼にとって主は最も敬愛する存在なのだ。
ふと、変な物音を耳にし、フリードリヒは顔を上げる。呻き声のようにも聞こえるそれは徐々に大きくなっている。様子を見に行こうと、翼を広げ、窓から飛び立つ。外に出てみると、変な音は魔王城の地下深くから聞こえていることがわかった。
また戻り、地下へ潜っていく。しかし、どうにも音の出どころには辿り着けない。フリードリヒは行き止まりの部屋で隠し扉がないか探す。
しばらく探してみたが、何も見つからず、声はただ大きくなるだけだった。ふーっとため息をつき、一つ休憩と床に腰を下ろす。すると、カチッという音と共にフリードリヒの座っていた地面がぽっかり空いた。
「は、はぁぁぁあああああ!?」
そのまま落下していくフリードリヒは何とか翼を広げ急な落下を阻止した。呻き声はどんどん酷くなり、フリードリヒの耳につんざくような声が響いた。
「ぐっ.....この下か....。」
魔王様の住まうこの城に得体の知れないものがあってはいけない。危険でないかどうか、確かめなくては。その一心で下へ下へと降りていくフリードリヒ。
どのくらい降ったか、気づくと足が地面に触れていた。辺りは真っ暗で何も見えない。暗視のスキルを使ってみると、目の前に変な物体だ見えた。
よく見ると、それは人型を成していて、口のようなぽっかりと空いた穴からあの声が漏れていた。手足は鎖で繋がれ、身体をしきりに動かし拘束から逃れようとしている。それから発せられる瘴気はとても強く、魔王を超えるほどの力を感じた。フリードリヒは気づかぬ内に鳥肌を立てていた。その強さに、恨み深さに。この力はきっと魔王の役に立つ、忌わしい人間共を駆逐できる!
そう思い、近づいてみると、地面には封印の呪文が彫られていた。
「これのせいで今まで封印されていたのか...だが随分と古いものだ。これならもう時期解けてしまうな、今も綻びが見える。」
そう呟くフリードリヒに気づかず、それは鎖で繋がれた手を振り回す。すんでのところで避けたフリードリヒは暴れ回るそれの封印を解いても暴走されるだけだと悟った。
「ああ、そうだ。こいつを計画に組み込めばいいんだ。封印を解いたらどうなるか分からんが、この溢れ出る瘴気は使える。」
フリードリヒはほくそ笑むと、その瘴気を自分の体に取り込んだ。すぐに力で満ち溢れ、体は戦いを求めて震え出した。
「...素晴らしい!この力があれば!我々魔王軍は歌姫にだって勝てる...!」
フリードリヒの笑い声は高く響き渡った。それから溢れる瘴気はゆっくりと魔王城に広がっていった。魔物や魔族は瘴気に身を委ね、今までにない力を感じた。
魔王城で起こった突然の魔族たちの覚醒は後に国を揺るがす大災害へと繋がる。今はまだ冒険途中の勇者たちも、空と翠をもふもふしている夜もそれには気づかなかった。
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