32 森の王フェンリル
夢を見ていた。とても暖かくて、非現実的な夢。夜は弟妹たちと一緒に遊んでいる。それを微笑ましく見つめる両親。優しい口元、穏やかな表情。
(ああ、これはありえない夢だ。)
そう思うと、夜の意識は現実世界へ引っ張られた。パッと目を開けると、視界は白いもふもふで覆われている。
(何だこのふわふわ....まさかまだ夢?!)
真剣な顔でもふもふをもふもふしていると、ふふ、とくすぐったそうな声が聞こえた。驚いて顔を上げると、それは大きな狼だった。狼にしては体が大きく、立て髪もふわふわとしている。その狼は口を開けずに声を直接夜の脳内に届けた。
<笑ってしまってすみません、あまりにくすぐったくて。私はこの森を治めているフェンリルです。この度は我らを救っていただき、感謝します、天使様。>
これが噂のフェンリルか!と感慨深いものを感じていた夜は最後の言葉にん?と不思議に思った。
「今、天使様って言った....?」
<ええ、あなたは天使様ですから>
意味がわからない。歌姫の次は天使ときた。これはどう言う事なのだろう。あれか?救ってくれたから天使様!!的なノリか?いやそれなら救世主とか....
と夜が思考を巡らせていると、フェンリルは大きな顔を夜に寄せ、夜の瞳を覗き込んだ。
<成程、あなた方人間は歌姫が何なのか知らないのですね。貴方もまだ完璧に天使としての力を発揮できていないようですし....。>
「待って、ほんとに分かんない。説明してもらえる....?」
夜のその言葉にフェンリルは嬉しそうに瞳を細めた。
<ええ、もちろん!恐らくこの調子だと、世界の創造の話からきちんと伝わっていない可能性がありますね。まずはそこから話しましょうか。>
フェンリルが姿勢をすっと正す。夜もつられて正座する。フェンリルの話はゆっくりと始まった。
この世界は創造神フィアナ様によって作られた。海しかなかったこの星に大地を作り、自分たち神の住まう天界を作り上げた。そして豊かな実り溢れるこの大地に生命は誕生した。
フィアナ様は彼らがより楽に暮らしていけるように、と自身の力を生物に分け与えた。その力が魔法となってこの世界を満たした。
初めは少なかった生物も気づけば沢山溢れ、フィアナ様は彼らをすぐ側で見守れるように、とフィアナ様の使いである、天使を生み出した。天使はフィアナ様に忠誠を誓い、その目と耳で見聞きしたものを、その大きな翼でフィアナ様の元まで届けた。
ある時、天使の1人が人間と恋に落ちた。深すぎる干渉は良くないとされていた天使たちは、それに驚愕し、今までのように行末を見守った。彼らの間には1人の子供が生まれた。その子供は人間より遥かに強い力を持っていた。
欲深い人間はその力を欲し、子供と天使を捕らえた。人間界に留まっていた天使たちも捕獲され、逃げ出さぬよう天使の羽をもいだ。人間は強い子供を生み出しこれが、後に王族貴族と呼ばれる人間の誕生だった。
その狩猟から命からがら逃げ出した2人の天使は、天界へと逃げ延びフィアナ様に伝えた。フィアナ様はその現実の哀しみ、怒り、純粋なその心を黒く染めた。1人の天使はフィアナ様の邪気に当てられ、魔族として堕天し、もう1人の天使はすんでのところで異世界へと逃げた。
「....もしかして、その逃げ延びた天使の末裔ってこと?」
<ええ、そうです。魔族として堕天した天使様は後の魔王として人間を滅ぼすようになったのです。人間により羽を失った天使も堕天し、その多くが魔王の配下となりました。>
フェンリルは悲しそうにその蒼い瞳を伏せた。
ちょっと長くなってしまったので、後編ということで次に続けます。




