29 令息エイダンの苦悩
伯爵としても、騎士としても名高い父を持つエイダンは、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。
学問や礼儀作法は勿論のこと、民を守るため剣技も磨いた。ただやれば良いだけではない、エイダンは父親と全く同じ能力を求められた。
本来なら嫌気が出して全てを投げ出したくもなるが、エイダンは決してそんなことはなかった。第一に貴族が完璧であることは当然のことであるからだ。そして何より、エイダンは父を強く尊敬していた。そんな父の叱責は有り難く受け止めたし、厳しいのは愛情の裏返しと思って彼は精進した。
しかし、ここ最近そんな父の様子がおかしい。元々、一年前に母が亡くなってからどこかおかしかったが、あれは悲壮からくるものだ。だが、今はどうだろう。勇者たちのお披露目式に立ち会った父は、帰ってからもずっと意識を遠くへやっている。
今まで人を褒めたことのない父が、歌姫とか言うやつをずっと褒めている。あの歌は素晴らしい、だの、夜会での立ち回りも少女とは思えない、だの。
父が人を褒める姿をみたエイダンは、大きな衝撃に包まれた。初めての感情で胸が一杯になった。
そう、エイダンは生まれて初めて嫉妬をしたのだ。名前も顔も知らない異世界の少女に。
自分は一度も褒められたことがないのに、自分より幼い(であろう)それも女が!!!
この衝撃は彼を一週間ほど再起不能にした。そして更に衝撃は大きくなる。
「あの歌姫が、我々の領地に...?」
「そうだ、ここ最近の森の様子は我々では手に負えない。歌姫様なら何とかしてくれるやも...。」
まただ、また歌姫。しかも今度は“様”まで!!!
.....いいだろう。そこまで父が褒める歌姫とか言うやつ、俺が見極めてやる...!
とこんな経緯で夜を恨んでいたエイダン。夜からすれば何とも傍迷惑な話である。
そんなこんなで現れた夜にエイダンは上から目線で弱点を探す。初めて夜を見て思った感想は、小さいな...だった。それもそうだろう、なんせ日本の平均身長を下回る夜は、男性の平均身長180のこの世界では随分小さく見えた。
夜の顔は変わらず笑顔だが、エイダンの考えを読んだかのように額をぴくっと動かした。エイダンはそれには気づかず、後ろで息を殺すように立っている騎士を見やる。
(中々鍛え抜かれているな...。流石は王宮の騎士だ...。)
そんなことを思っている間にも、父と歌姫との会話は進む。
「お腹も空いてることでしょう、晩餐を用意してありますので、このまま食堂へ案内させていただきます。」
「助かります。正直とてもお腹が空いていて...」
(食い意地のはった姫だな...。)
そう思い、歌姫の方を見ると、ばちっと目が合った。慌てて逸らす。
(なんだ....今何か...変な気が...。)
夕食を食べている間も、エイダンは夜から目を離すことはなかった。だが変なところはこれと言って見つからない。むしろこんなにも幼い(そう見える)のに、父の話をしっかり聞いている。好ましい態度である。
ところが...父がエイダンに森の案内を任せようとすると、夜は断った。
「いえ、森へはエイダン様とエドワード辺境伯、あなたにもお願いしたいです。」
(何なのだ、この態度は...。父が俺に任せようと言うのに、俺では心許ないのか...?)
怒りが静かにエイダンの心に灯る。
「....申し訳ないのですが、明日も仕事が色々と...。」
「あら、たくさんの被害者が出ている森でなにが起こるのか、自分の目で見なくていいんですか?」
「あなたの治めるこの地でなにが起こっているのか、辺境伯としてきちんと責任を持って同行すべきでは?」
夜の謎の圧に押され、父はそこまで言うなら、と根負けした。
(父が押し負けた...?)
「それでは明日はピクニックですね。」
先程まで圧を出していたとは思えないいい笑顔で微笑む夜。エイダンは父と目配せをして会話する。
(何ですか..彼女は、本当に歌姫?)
(ああ、そうだ、そのはずだ。)
18年も一緒にいれば目で会話ができるらしい。夜は益々笑みを深めた。
(不安だ...。)
エイダンはそっと溜息をついた。
少し長くなってしまいました...。エイダン視点もう少し続きます..。
あと、いいねありがとうございます!初めてつきまして、驚きのあまり声が漏れてしまいました...。嬉しいです!!




