25 勇者の誤算
夜が真夜中の訪問者と対峙した頃、勇者一行は魔王討伐に向けて、森の中で野宿していた。最初は楽しそうに、冒険の始まりだーーー!!!などと叫んでいた黒井も今では死んだ顔をしている。周りの面々もしんどそうな顔をしていて、眠る気にもなれない。
それもそのはず、科学の栄えた日本で恵まれた生活を送ってきたお年頃の高校生たちにとって、冒険は不便の連続だからだ。
いつもどこかで感じる謎の気配。眠るまで怠れない周囲への警戒。ふかふかのベッドなどなければ、美味しい食時もない。なんなら、トイレだって!!!女子チームにとって1番辛いのはトイレの時だった。
「いいよねぇ、男子はさ、そこら辺で済ませられるもん。」
「ほんとに....美味しいのもないし、しんどい。」
一護と清水がため息を吐く。しかし、1番しんどいのは黒井だった。この日、初めて魔獣と戦った勇者黒井は、未だに切り付けた時の感触と血の流れる感じを思い出して吐きそうだった。黒井は初めて、野生の生きるか死ぬかの闘いに巻き込まれ、勝利したのだった。
(あの魔獣、本気だったな....こっちを殺しにきてた...。)
今思い出しても冷や汗が止まらない。
初めてこの世界に来たばかりの頃はよかった。小説やアニメでよく見た展開が自分を待ち受けていた。勇者に選ばれ、魔王を倒すために仲間と旅に出る。こんな夢のようなことが現実で起こるなんて!
だが、これは夢ではない。現実なのだ。勇者のはずなのに、なぜか必死に訓練を行い、礼儀作法やその他諸々の勉強を受ける。なんとなく、この頃からあれ?おかしくね?とは思っていた。
だが言い出せずにいた。そのまま流されて気付いたらこんなところで野宿をしている。夢にまで見た冒険は血と汗でぐしゃぐしゃだった。
(ちょっと待って、もしかしてこれって死んだりするのか?)
今更そのことに気づいて、黒井は恐ろしさに震えた。
(え、いや待って死ぬとか聞いてないし、大体おれ高校生だよ?おかしくね?)
ここまで来ると、もう元の世界に帰りたかった。正直、夏目が帰りたいと言ったあの時、正気かよ?と内心笑っていた。怖いのかよ、と思った。でも違った。夏目はどこまでも現実的で、自分のことは後回しで家族のことばかり考えていた。
今になって、家族のことを思い出す黒井。
(父さん、母さん、姉ちゃん、助けてくれよ...。)
そう願っても、応えてくれる人はいない。もう覚悟を括るしかない。この世界で生きていく覚悟を、生き抜く覚悟を。
(でもまだそんなの無理だ。)
黒井は1人で抱えきれないこの想いを共有する事にした。
(全員で分け合えばきっと、この世界で生き抜ける。)
意を決して、みんなに声をかける。
「みんな、ちょっといいか?」
すでに淀んだ目をした3人が一斉に黒井の方を向く。
黒井は早くもその目に折れそうになったが何とか話す。うまく話もまとめられず、吃ったりもしたが、みんなは最後まで聞いてくれた。夜はまだまだこれから。彼らの瞳には生気が宿り始め、お互いの思いをぶつけ合う。
この日、初めて黒井たち4人に覚悟が芽生えた。まだ、夜のように完璧に決まったわけではない。それでもこれは、彼らにとって大きな一歩となった。
少しのつもりが長くなってしまいました。彼らの覚悟については今後ももう少し触れて行けたらなぁって思います。
あと一応章をつけてみました。




