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炎国の騎士と北の夜明け  作者: 紘麻 涼海
第七章 内乱時代
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七、巣立ち

 カルツァへの弾圧は衝撃的な出来事だった。それ故に国内各地へ知れ渡るのも早かった。この伝聞は驚きや帝国騎士団の戦力への畏怖だけでなく、反発感情を抱く者を生み出すことにもなった。ディーゼンを慕っていた貴族たちだけではない。一般の民や騎士にまで、それは広がった。

 特に帝国中部以北では感情だけに留まらなかった。旧国出身の騎士が、領主の騎士団を脱退することが増え始めた。

 フェデルマに降伏して併合された国の中には、領主の管理下に置かれることになった旧王家が残っている場合がある。権力はすべて剥奪しているが、王家の血を残してやったほうが、その地の統制がすんなりといくことも多いからだ。騎士団を抜けた彼らが集うのは、そういった旧国の旗や旧王家の名の元である。

 それは、領主が危機感を覚えるほどの動きへと発展していった。

 中央の狙いは外れたのだ。

 ベネレストの時代のようにはいかなかった。一度泰平の世を知った今の時代では、「反乱」を圧倒的な力で制圧してみせても、人々は黙して従うのみにはならなかったのだ。

 むしろ強い反感を抱く人間によって、内紛が起こる大きな可能性を生んでしまっている。

 これは大陸全体を覆う、フェデルマがきっかけだったという東方の「政変」の波が、ついにこの国まで跳ね返ってきた証拠かもしれなかった。

 





「武力行使は今のところ回避されているようですが、領主の館が抗議活動で包囲されてしまう事件などが起きています。旧王家を盾にしようとして、より反発を煽ってしまったようです」

「このままでは、カルツァ卿とともに反対したお二人の領だけでなく、いつどこで蜂起が起きても不思議ではないな……」

 

 ガレフが眉間に深いしわを寄せた。

 帝都の屋敷から来ていたグレッド家の従者が、できうる限り得た情報を、ガレフに報告しているところだった。

 

「フェデルマまでこれほどの混乱状態になってしまうとはな。また帝国騎士団が制圧に向かったら……もう、終わりのない報復合戦になりかねないぞ」

「それは、させない」

 

 ちょうどメイドが紅茶を乗せたワゴンを運ぶために開いていたドアから、旅の装いのシンザとリューベルトが入ってきた。

 

「シンザ、リュート……帰ったのか」

「今戻ったところだ。ガレフ殿……カルツァに行かせてくれたこと、感謝する」

「ん? ああ……」


 リューベルトの様子が違っていた。彼が何を見てきたのか、ガレフには想像がついていたが、不用意にどうだったとは聞けなかった。それほど義弟の顔つきは変わっていた。

 

「また制圧って……兄上、俺たちがいない期間に、今度は何があったんだ」

 

 従者はシンザたちにも同じことを報告した。

 いわゆる新派側の貴族は中央に対して強い不信感を示し、旧派側の領地ではその領主と民が対立する。または、圧政に服するくらいならば旧国の復興を、と口にする者が現れる。もはや国中で、ふとしたきっかけで刃を交えかねない、張りつめた状況である、と。

 聞いていたシンザはやりきれない思いで、ため息とともに頭を振った。

 

「一年前の今頃は、国内は平和だったのにな……こんなに急速に、ここまでひどい状態になるとは、想像もしなかった」

「大陸東部の小国なら、政権が入れ替わって一旦区切りがつくのかもしれないな。フェデルマの場合は、図体が大きすぎてそうはいかない」

 

 これだけの領土を統治してきた国家だ。そう簡単には倒れない。民衆側も出身や考え方が多様なため、たとえ政権打倒の反乱軍を組織しようとしたとしても、単純なひとつの志にまとまるものではない。

 しかし各地で闘争が起こされれば、鎮圧が間に合わなくなるところも出てくるだろう。それが積み重なり、いつか政権が倒される日が来るとしても、そこまでには相当の時間がかかり、たくさんの血が流される。

 そしてその後のフェデルマが、現在の形を保っていられるとは思えない。全土は大混乱の末に、きっとバラバラになるのだろう。独立を果たした地域間での対立闘争も起きないとは限らない。

 この間に敗者は奴隷のような扱いを受け、巻き込まれる弱者は踏みつけられるのだ。


「……ガレフ殿」


 話の間ずっと黙っていたリューベルトが口を開いた。とても静かな声だった。


「私は、帝都に戻る」

「……! リュート……!?」

「たとえ、フェデルマの民が、今の国家の……いや、今の皇家の統治を望まなくなっていても」

 

 不思議なほど、リューベルトの瞳は凪いでいた。

 

「父が築いた平和なフェデルマのことは、まだみんなの記憶の中にあると……支持してもらえると思っている。私がリミカを説得し、去年から起こしていることをやめさせる」

「リュート、だが……帝都城はルイガンの手の中なんだぞ」

 

 妹のリミカに皇帝としての力を行使させ、国を一年前の状態まで戻そうというのなら、帝都を追われた時よりも、リューベルトとルイガンの対立は明確になる。皇家の血を引く成人男性の政敵とは、ルイガンにとってこの上ない厄介者であろう。一度リューベルトの生命に手を出したあの男が、何を考えるだろうか。

 一方でこちらが持つディーゼンとレスカ暗殺の証拠の茶葉は、ルイガンを直接指し示すものではない。リューベルトの証言を裏付けるだけのものだ。

 あれから六年も経過した今、姿を隠し続けた元皇太子と、実際の権力者である宰相のどちらを信じるかは、家臣たちも悩ましいことだろう。最悪の場合、味方はつかない。あまりこちらに分がある行いとはいえないのが現実だ。

 リューベルトはほんの少し笑みをこぼした。


「帰るなり殺されたりしない。城の内部構造もよく知っている。皇家の居住区画なら私のほうが詳しいはずだ。あそこは敵襲への対策も施されている」 

「リュートに手は出させないよ。俺がな」

「シンザ、お前……一緒に帝都へ行く気なんだな」

 

 頷くシンザの目に、迷いはなかった。

 

「グレッド家はリュートを……いいや、リューベルトを支持する。それでいいんだろう、兄上」

「もちろんいいさ。六年前から、父上だって俺たちだってそうだった」

 

 彼が民を想う皇子である限り、助ける。支える。

 そして今は、末の弟……家族なのだから。

 

「だが本当なら、フレイバル卿やカーダット卿を待って、味方をしっかり作ってからのほうが、より望ましいんだがな」

「それが正論なのはわかっている。だが今この時も、どこかで武力行使が為されようとしているかもしれない。立ち止まっていることは、もうできない」

「そうか……でも、ヴィオナのことは待ってやってくれよ。レグスから帰ったら、弟が二人とも帝都へ旅立っていたでは、かわいそうだからな」

「ああ。もちろんだ」

 

 グレッド家騎士団はここのところずっと、エドリッツ家と協力して監視するザディーノと並行して、レグスの丘でセームダルのことも注視している。今はヴィオナが赴いているが、明日中には団長ジュルクと交代して戻ってくることになっている。

 今生の別れにするつもりはないが、どういう結果となっても、リューベルトがリュートとしてイゼル城で暮らすのは終わりになる。最後の夜は、全員揃って食事を取りたいものだ。

 それに、シンザにも大切な準備があった。

 出発は明後日と決まった。






 ガレフも歯がゆい思いだった。本来ならば、グレッド家一同で帝都へ乗り込みたいところだ。

 しかし、現況で国境を留守にすることは不可能だった。リューベルトの闘いも国を左右するが、その間に他国の武装勢力に乗り込まれることもあってはならない。リューベルトのことは、シンザと、帝都に常駐している騎士団員たちに託す他になかった。

 ヴィオナも同じような心境なのだろう。昨日話を聞いた時は、突然のことに驚きやら悲しみやら怒りやらが、ないまぜになって終始しかめ面をしていた。今日いざ弟たちを見送る時間になると、何だか苛立っているように、彼女はほとんど口を開かない。

 城門で立ち止まったリューベルトが、こちらを向いた。

 改めて見ると、ここへ来た頃とは比べものにならないほど、彼は立派な青年になっていた。


「ガレフ殿、ヴィオナ殿、ナリー殿。この六年間本当に……本当に世話になった。『家族』に加えてくれたことは、どれほど感謝の言葉を尽くしても、とても足りるものではない。私の勝手で出ていくことになってしまったが……国内の憂いは、きっと私が取り除いてみせる」

「もうっ、……それでは最後の別れみたいじゃない」

 

 ヴィオナはまるで自分の肩を抱くように、腕組みをしていた。

 

「今度会うのは、きっと帝都になるんでしょうね。皇子様に戻っても、あなたは私にとっては変わらず家族の一人よ。だから、敬語を使い忘れても怒らないでちょうだいね?」


 少し無理に茶化して笑うヴィオナに、リューベルトも意識して笑顔で返している。

 侯爵家当主としては、きっと礼をして皇子の出立を見送る場面なのだろうが、ガレフはリューベルトと強く抱擁を交わした。


「リュート。別れの言葉は言わないし、なんの儀礼もしないぞ。国境のことは心配せずに行ってこい」

「ありがとう。私も、儀礼はしない」

「リューベルト様、シンザ……くれぐれもお気をつけて」

「そうよ、シンザ。リュートもあなた自身も、しっかり守らなくてはだめよ」

「わかってるよ、母上、姉上」

 

 リューベルトとシンザは馬に跨った。

 湿った別れを長引かせると、二人も出発が辛くなりそうだと思ったのだろう。そんなのはこの面子には似合わない。

 

「行ってくる。みなも、元気で」

 

 ガレフはリューベルトに向かって、ああ、と頷き、ヴィオナは控えめに手を振った。ナリーはゆっくりと頭を下げた。

 

「グレッドの代表として、お前に任せるぞ、シンザ」


 ガレフの言葉を、シンザは口を真一文字に結んで受け取った。


「行ってきます」

 

 シンザが先に馬の腹を小突き、リューベルトも続いた。

 城から街へ下りる緩やかな坂を進んで行く二人は、顔を伏せるために外套のフードを目深に下ろしていた。

 

 


 

 

 見納めになるかもしれない街の風景を、リューベルトはフードの下からよく見て胸に刻み込んでいた。

 六年間、それほど自由に街を歩いていたわけではなかった。リエフ領など外に行く時にただ通ることが多かったが、時折シンザやセスが案内がてら散歩や見回りに連れて回ってくれた。

 その程度だけれど、リューベルトはこのイゼルの街が好きだ。どうかいつまでも、このまま美しくあってほしいと願っている。内乱の波に飲まれることなく、セームダルやザディーノとの争いも平和的に治められたらいいと思う。


 城壁の門をくぐる前に、思わず手綱を引いた。

 歩いてきたほうを振り返ると、街並みのずっと向こうの丘の上に、小さくなった城が見える。

 

 ——さようなら……

 

 ロベーレから帝都、そしてイゼル。

 ここは三番目の故郷だ。すべてを奪われた彼に、新しくすべてをくれた場所だった。

 

「何だよ、リューベルト」

 

 シンザが気がついて、少し先で馬を止めた。

 

「しんみりとなんかするな。皇子になっても、視察だとか何だとか理由をつけて、里帰りにくればいいだろう。いくらでも滞在させてやる」

 

 いつもの調子で、何でもないことのように言うシンザに、リューベルトもいつものように笑顔になれた。

 

「ああ、そうだな」

 

 二人は城壁を抜け、イゼルの街をあとにした。


 

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